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例え最後の時が来ても蛍の光は歌わない。

今日は最後の日だと聞いた。

海と土地を隔てる術がない。

隕石落下か、はたまた陰謀の果てか、

信じられない地震の果てか。

それが何であったにしても、

逃れられない水の壁が

全ての土地を覆うのだそうだ。

私の職場は海辺の療養所。

逃げきれない患者の水底の墓標。

水に覆われない場所がない限り、
全ての場所は弔い場所になるのだけど。

少し伸びをして、猫に別れを告げて戸を開け放つ。

車は順調に職場に向かう。

全ての車はいつもの場所へ、

変わらずバスを待つ人もいる。

時に終わりがあったとしても、
私たちは変わらない。

少し違うことがあるならば、

私たちは自分たちを見届けたい。

おはようの言葉で仕事は始まる。

明日は確実にないのだけれど、

来週の薬は用意しておこう。

何があるか分からないから、今日出来ることはやっておこう。

届かない荷物が少しある。

いつ届くかの確認は、

今日じゃなくてもいいでしょう。

少し高くなった波の横、

土嚢を積んでいる自衛隊が見える。

もうすぐ堤防を兼ねたこの道は、
閉鎖されて通れない。

拡声器の警官は叫ぶ。

「高台への避難をお願いします。」

私たちの避難場所は海抜50m

予測波高は70m

しかもそれは津波ですらない。

終わりの詳細は聞かなくていい。

ただ、地面もそのままではいないらしい。

外が暗くなって明るくなった。

私たちは星を見た。

それは流れて降り注いで、

ああそうなんだ、と誰かが言った。

海は境界線を超えてくる。

笑顔の自衛官は土嚢に座る。

こちらを向いて手を振った。

バイバイはさよならの意味じゃなくて、あなたのそばにいるという意思表示。

私たちは叫ぶ。

「ここでお茶でもどうですか。」

自衛官は腰を上げる。 

警察官は海を見て
「高台への避難をお願いします。」と最後の言葉。

「ここでお茶でもどうですか。」

警察官もこちらに向かう。

ここは4階。みんなが外を見る。

歌を歌おう何がいい?

「明日があるさ、明日がある」

そんな歌が無かったっけ。

youtubeチャンネルをタブレットで合わせたら、

落ちる星と迫る水の壁を見ながら、

明日があるさ、明日がある。

お巡りさんは間に合ったかな。

自衛隊の人は間に合ったかな。

お茶でも飲みながら歌を歌おう。

明日があるさ、明日がある。

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