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パイプ椅子

M先輩は孤独なイケメンだった。
生徒会室の鍵を持って1年棟に1人で来ていた。会うときはいつも廊下。1度だけ鍵をもらうときに手が触れたことがある。うれしくてトイレで小躍りしたことを覚えている。

M先輩は、他の役員が面白おかしい話をしても声をあげて笑うことはなかった。みんなとの間にパイプ椅子1脚分の距離があった。私と似ている。その場にはいるけれど、先輩の周りには青い空気がある。不思議と先輩のいる空間は居心地が良かった。私という存在を許される気がした。

M先輩は頑張る人に優しかった。
体育館の片付けで、パイプ椅子を4脚運ぶ私から2脚奪っていった。1〜2脚を重そうに運ぶ女子たちの横をすり抜けて私のところに来てくれた。いつものような真顔でこっちによこせと手で合図され、私は困惑した。あのときの先輩は強引だったけれど、優しい目をしていた。

20年前の話。
私はまだあの頃の先輩のように孤独。青い空気をまとえているかしら。テレビに映る卒業式のパイプ椅子を見て思った。またあの美しい空気に包まれたい。

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忘れられない恋物語

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