大人の綱引き大会
彼女は知らない道を1人トコトコ歩いていた。
地図もスマホもなく、目的地はこっちの方らしいという感覚だけで、いっぽいっぽ歩を進めている。陽射しが少しずつ夏っぽくなってきて、歩いていると若干汗ばんでくる。
しばらくすると、行き止まりが見えた。
左に行く道と右に行く道がある。いわゆるT字路ってやつだ。
左に行く道はそこそこ広くて舗装され、たくさんの人が真面目に歩いている。急ぎ足で話し合いながら歩くビジネスマンもいれば、ゆっくり歩くおばあさん、3〜4人のグループでわいわい話しながら歩く女性たちもいる。
右に行く道は、暗くて未舗装で、曲がりくねっているようで先がよく見えない。雑草もところどころに生えていてあの白い花はドクダミだろうか。誰もいないかと思いきや、1人の男性が何やらカラダをくねらせながら、不思議な動きで歩いている。いや、歩いているようだ、と言った方がいいかもしれない。踊っているようにも、泳いでいるようにも見える。時々フラリとこっちに戻ってきたり。でも恐らく彼は、右に向かって歩いているのだ。
彼女は左右の道を何度か見比べ、どっちの道に進むか?しばし悩んだようだが、右の道を歩いている男性がなにやら楽しそうで気になったらしく右に進み始めた。
進み始めてみると、他にも何人かこの怪しげな道を歩いている人がいる。女性が多いが男性もいる。みんななんとなく普通じゃないオーラをまとっているが他に共通点はない。
突然、後ろから知らない女性の大きな声が聞こえた。そんな風にふらふら遊んでで目的地に着けると思ってるんですか??こっちが正しい道って知ってるんですよね?何度もこっち通って成功してるんですよね?じゃあ今回もそれで行きましょうよ。本気で目的地に着く覚悟あるんですか??
はっきりとは聞き取れないが、そんな感じに聞こえた。その声の主は彼の連れなのか?初対面なのか??よくわからない。けれど声は真剣そのもので、彼への愛すら感じる。本気なのだ。
ふと見ると、道に一本の綱が転がっている。さっきまでは気づかなかったが、最初からあったのだろうか。右側では彼とその周りにいた女性たち、そして左側では叫んでいた女性と周りにいた人たちが次々と綱を持ち、綱引きが始まった。いったいなんなんだこれは?大人が本気で綱引き大会??
左側の道では、叫んでいた女性のまわりに人が集まってきている。人望の厚い人なのだろう。右の道を進みかけていた一人の女性が、叫んでいた女性のところに行って真剣に議論を始めた。その二人を心配して話しかけてくる別の女性もいる。みんな同じぐらいの年の頃で、表面的ではない深いつながりを感じる。みんな本気だ。
一方右側の道では、あいかわらずふにゃふにゃ踊るように綱を持っている彼を筆頭に、ケラケラ笑いながら引いてる女性、ポーズを取りながら綱を引く自分に酔っている女性、にこにこしながら道端のたんぽぽの写真を撮っている男性など様々で、こちらはこちらで各自楽しんでいるようだ。
どうやら話を聞いていると、みんな同じ目的地を目指してるようなんだけど、左の道からいくのか右の道からいくのかで真剣に綱引きをしていようなのだ。なんの仲間なんだろうこの人たちは?
彼女はみんなの様子をじっと見守っていた。他にもじっと見守っている人がたくさんいる。興味深そうに見ている人、ちらっと見て見ぬふりをしてそそくさと立ち去る人、怪訝そうな顔で見ている人、さまざまである。よくわからないけど面白そうだぞと綱引きに参加する人もじわじわと増えてきた。
そのうちに、するすると左側に綱が引かれいく。叫んでいた女性はとてもパワフルだ。応援も多い。これは左が勝つのか?と思った瞬間、驚きの光景が目に飛び込んできた。
あろうことか、彼は自分の腰に綱を巻き付けて、そのまま右回りにぐるぐるぐるぐると旋回し始めたのだ。あいかわらず、ふにゃふにゃと。
いやいや危ないし。強く引っ張られたら転んで引きずられるか、下手したら頭打って死んじゃうよ。だいじょぶなの??と彼女は心配になった。
しかし彼は、完全に委ね切っているのだ。自分の力に。旋回の力に。
強く左に引っ張られたおかげで改めて気づいたのかもしれない。自分が心の底から右に行きたいことに。そして、ただただ委ねればいいことに。
綱が彼の腰に巻き取られて徐々に右に引っ張られていく。他の人たちは唖然として引く力がちょっと弱まったらしい。見守っていた彼女もとっさに、目の前の綱を握った。その瞬間・・・
彼の旋回がぐぃんとスピードアップして、ものすごい勢いで綱が引っ張られたと思ったら、綱を持っていた全員があっという間に空に投げ出された。もちろん彼女も。彼自身も綱ごと飛んでいる。
彼女は「あれ、、?人間って空飛べるんだっけ?」などと呆然と考えながら飛んだ。こわい。けど気持ちいい。いったいどこに連れていかれるんだろう、、、、
すとんと、柔らかいところに着地した。ベッドの上だった。じっとりと生温かいぬくもりが首筋の辺りを撫でている。
夢か現実かよくわからないまま、彼女はぼんやり考えた。
彼らはいったいどこに着地したのか。目指していたところに行けたのか。それとも全然違う場所に飛ばされたのか。。。
彼女はふと、手のひらがヒリヒリする感覚を覚えて、軽く握っていた手を広げた。
白い小さな糸屑が、はらりと落ちた。
〜〜 完 〜〜
※この作品はフィクションかもしれません。
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