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小説『衝撃の片想い』シンプル版 【第一話】②

【愛する女はいない】

トキが言葉を失っていると、
「何をびびってるんだ。まあ、いいよ。何者か知らないが、君が考えていることはだいたい分かってきた。だが、軽くなったモデルガンのことが分からない。こいつは喋らないしな」
と言う。それほど自慢げではなく、どこか自虐的だ。
「その観察力で愛され、嫌われてきた」
トキが友哉をじっと見つめた。トキは落ち着ている。
「俺の過去を知ってますアピールはもういいよ。びびってないようだな」
「びびるとはなんですか。そう、中身は未来の武器になっています。友哉様の指輪とリンクしていて、相手の悪意、敵意を見抜ける武器です。無意味に壊してはいけないものは撃てません。どうですか、私の感情も読めるようですし、やる気になりましたか」
友哉が銀座で買った、トキから頼まれた品は指輪だった。
女性にプレゼントする指輪とユニセックスのリング。後者はもう友哉が左手の人差し指につけている。
その二つの指輪を買って帰り、トキに渡すと、彼はリビングからベランダに出て、またしばらくすると戻ってきて、友哉にユニセックスのリングだけを渡したのだった。
「これをずっと外さないようにお願いします。先程、私が渡したモデルガンのワルサーPPKは今、どこにありますか」
「さあ。君が隠した?」
「念じてください。銃が必要だと」
友哉がなんとなくそう考えると、自分の手の中にPPKが現われて、手のひらに吸い付くように収まった。まるで目に見えない風船が膨らんだようだった。
「我々の世界ではモノを減らすために、…そうこの時代で言うゴミを減らすために、モノを圧縮して小さくする技術を開発してあります」
「念じると出てくるって…」
「友哉様が超能力者になったのではなく、リングの中にある技術が転送させてきたのです」
「転送?瞬間移動?」
「後で秘書にきいてください」
「これでテロリストや悪党と戦う? あんな弱々しい光線で」
「友哉様、らしくないですね」
トキが苦笑した。
「らしくない?」
「私の感情を見抜いたわりには、まだまだのようです。RDの説明が必要だとは…よほどお疲れのようですね」
「RDっていうのか。この銃の中身は」
「今の赤い光線を見れば分かりますよね。地球の地核エネルギーと同じ熱が発射されます」
「分からない。熱も微量にしか感じなかった。元気があっても分からない」
「超高温度のエネルギーをレーザーで発射します。それくらいの技術ならこの時代にもあります。ただし、相手に悪意、殺意がなければ発射しません。あの壁に友哉様を殺そうとする意識はないということですが、地震で倒れてきて、友哉様を押し潰そうとしたら撃てます。それは友哉様の憎しみや恐怖が壁を「敵」と見なすからです。また殺すだけではなく、友哉様のストレスになる人間をこらしめるために、微量の熱を発射することもできます。軽い火傷を負わせる程度ですよ。しかし、友哉様がストレスになっていない人間や物は傷つけられません」
「このリングと俺の脳と、この拳銃が繋がっているのか」
「そうです。相手を撃つ際にかかる友哉様の筋力と心理状態を瞬時に計算し、威力の調整を自動で行います。慣れれば友哉様の意思でも調整できます」
「君が俺に殺意がなくて、君が善人だったら、毒物を持っていてもそれを撃てないとか」
「そうです。毒物で人を殺すとは限りません。調子が出てきましたね。時間がないからその調子でお願いしします」
「テロリストが持っている銃、武器をピンポイントで撃てる?」
「御名答です」
「ちょっと待て」
友哉が考える素振りを見せ、トキと名乗る男も口を閉ざした。
「日本に向かって発射されるミサイルを撃てる? 地核のエネルギーなら破壊できる」
「できます」
「そんなのを携帯していたら世界征服ができるぞ」
「できます。ただ、頑張らないと無理です。遠くにいる敵の位置を確認し、敵の近くに善良な市民がいかないか確認し、それを破壊することが正当なのか、友哉様が自分で納得しないと撃てません。それに万能ではありません。例えば友哉様の恋人が飲もうとするコーヒーに毒が入っていたとします。毒に悪意がなければRDは反応しません」
「たまたま毒が入っていただけで、間違えてコーヒーに入れた人に悪意がなかった」
「その通りです。ですが、もしかしたら毒が入っているかも知れない、と友哉様か彼女が不安に思っていたら、反応します。リングが探知するんです。もし、毒に敵が触っていたら、そのDNAが毒に付着しているから、もっと反応がよくなります。便利な武器でしょう?ただコントロールは難しいですよ。そのリングが相手の悪意、殺意を検知もしますが、無心で人を殺す人間もいますし、戦争の善悪はつきにくいものです」
「便利すぎるモノは怖いから、これは返す。俺が発狂したらどうするんだ」
トキがずいぶん年下に見えて、しかも彼は敬語。友哉はケガを治療してもらった恩を忘れ、上から見るような喋り方をしていた。
「今の台詞が理性の塊です」
「そもそもこのアールなんとかを敵が持っていたらどうするんだ。正義とは、自分のことだ。凶悪犯が持っても、その凶悪犯の正義は殺人だぞ。イデオロギーの話だ。この銃と同じ武器が世界中に散らばったらどうなるんだ」
トキは少し辛そうな顔をして、
「戦争になりますね。あっという間に」
と声を落として言った。
「怖い。やっぱり返す」
「友哉様に怖いことがあるのですか」
「さっきから人を知っているような言い方をするなって」
「私を見て驚いたのは最初の三十秒ほど。今、脈拍が75。生い立ちから調査して知っております。ご自分が怖いのかも知れませんが、その銃を持てばテロリストは怖くないはず。しかも夢を無くした今は死んでもいいと思っておられる」
「夢?」
「一緒に夢を叶えようとした女性がいなくなりました。無欲な彼女ですか」
「またそれか。名前を言うなよ」
「思い出したくもないですか。だからもう死んでもいいと思っておられる」
「俺は自殺はしない。人には寿命がある。俺の寿命は四十五歳だと悟っただけで、死にたいとは思ってない。そして足が治った今はもう気にしてない。たった今、沖縄辺りで美女と遊ぶ夢ができたよ。しかも怖いこともある」
「それはなんですか」
「女を愛することだ。女を愛すと死にたくないと思う。つまり弱くなる。次に俺が交通事故に遭った時、女がいなければ笑って死ねる。さっきのおまえの例題は俺には役にたたなかった。恋人はもう作らないから一緒にコーヒーも飲まない。旅行も行かない」
真顔で言うとトキは、
「女を愛すと弱くなるですか。やっぱり重症です」
と言って、大きく息を吐き出した。
「やりたくないですか。テロリストや凶悪犯との、この時代で言うケンカとやらは」
「やらない。このアールなんとかを見て、やる気がなくなった。そもそも地核のエネルギーが微量だと温度が変わるのか。微量でも火傷じゃすまないはずだ。石鹸の泡じゃあるまいし」
「……」
「どうした?」
「石鹸の泡とは?」
「石鹸は大きいほど泡が沢山出る。小さくなると泡が減る。成分が変わるからだ。地核のエネルギーの成分が変わるのか」
「まあ、そんな感じです。我々の技術で」
「そうか。謎の武器を持って戦場に向かうバカはいないよ」
「ブレーンに言われてきました。友哉様がやる気にならなければ報酬を増やせと。秘書をあと三人でどうですか」
「いらない。どうせブス」
「五十億円の予定ですが、もっと…」
「五十億? バカにすんな!」
友哉が思わぬことで怒鳴ったからか、少しだけトキが後ずさりをした。
「どこからきた組織の坊やだ。テロリストと戦うのにたった五十億で足りるはずがない。何兆円と必要だ」
「こ、困りましたね。三百億でどうですか」
心底困った様子を見せるトキ。
「個人だからそれくらいあればいいか…。だけど俺は正義の味方はごめんだ」
トキのそんな表情を見ると言葉を緩める友哉。
「友哉様の愛する女がテロリストに襲われるとしてもやらないですか」
「日本でテロでも発生するのか」
「その可能性は0ではないでしょう?」
「愛する女はいない」
トキが友哉を凝視した。まるで、恋人や親友に裏切られたような顔で呆然としている。しかし、彼のその顔を見た友哉が、
「はいはい。嘘ですよ。やりますって」
と笑って言った。優しい口調で冗談めかしたが、すぐに、また「やるよ」と語気を強め言い直した。

ーーふー、鬱とかPTSDとか…そんな情報を持ってきたのに、なんでも見抜いてくるじゃないか。奥原ゆう子はこんな男がいいのか。変わった女性だ。

トキが遠くを見て小さくため息をついた。
「驚かさないでください。もう少しで泣くところでした」
「なんで、君が泣くんだ」
「私がきてよかった。別の者だと絶対に説得できなかった」
なんと胸を撫で下ろしている。
「直々にきてくれたんだね。どんだけ偉い男なんだ、君は」
「世界をほぼ統治しています」
「それは何かの間違いだ。おまえのような正常な目をした優しい顔の男が、世界を支配できるはずがない。まるでメダカを見ている少年の顔だ。妙な嘘を言うなよ。足は治ったからその薬を使った科学者だとは信じる。大手製薬会社を出し抜いたどこかの研究者が、アメリカからやってきたわけだ。俺を騙せると思うな。結局、CIAから追われている君が、僕を助けてほしいっていうオチじゃないのか」
「良かった。まるで的外れですが、その調子でずっとお願いします。ただし…」
トキは真顔になって、
「…私が帰った後に、私の使いの者が時折やってきます。この短時間で説明ができなかったことを別の者が説明にやってきますが、友哉様のその態度では、その者が怖がって話ができません。私からの使いの者たちにはもう少し温厚な態度でお願いします」
と言った。
「なんで未来人が昔の人間を怖がるんだ」
「友哉様も織田信長と対峙したら怖いと思いますよ」
「ああ、確かに…。織田信長は怖いな」
妙に説得力があり、頷いてしまう。
「人を論破する破滅願望をしばらく封印してください。友哉様を見捨てた女性は友哉様のそれが好きだったようですが、秘書になる女性は心配性なので」
「心配性? だったら、彼女と一緒にテロリストと戦ったらいかんだろ」
思わず声を上げてしまった。
「今の友哉様はテロリストよりも強くなっていますので、秘書になる女性が心配するのは最初のうちだけでしょう。秘書になる彼女は正義感が強く、しかも暇になるので、テロリストや凶悪犯との戦いに熱中するかもしれません。友哉様もお暇ですし」
「君が本当に未来人だとしたら分からないかも知れないが、この時代の秘書は、美人秘書と必ず言われないといけないんだ。それは押さえてくれよ」
「当然です。しかし、友哉様がディズニーシーという行楽地に一緒に行った女性。きっと、男からもらった物品を売らない無欲な女性ですね。彼女よりも美しい方は滅多にいませんが、それでもよろしいですか」
「秘書と元カノを比べるわけないだろう。それに、美女が多い時代だ。あいつよりも美人もたくさんいる」
「確かに、美しい女性が多いですね。我々の時代とは違います」
トキは遠くを見ながらそんな言葉を作ったが、辺りが暗くなってきて、
「そろそろ、彼女と交渉してきていいでしょうか」
と言い、手にしたスマートフォンのようなデバイスを見ながら、マンションのベランダに向かった。そして友哉の返事を待たずに、消えた。水が蒸発するように夜の闇に姿を消失したのだった。

…続く

普段は自己啓発をやっていますが、小説、写真が死ぬほど好きです。サポートしていただいたら、どんどん撮影でき、書けます。また、イラストなどの絵も好きなので、表紙に使うクリエイターの方も積極的にサポートしていきます。よろしくお願いします。