見出し画像

小説『衝撃の片想い』シンプル版 【第一話】④

【涼子を知らないゆう子】

友哉は彼女に気づかれないように、小さく深呼吸をした。
「わたしのファンじゃなかったみたいですが、そのうち好きになりますよ。そういう運命なんで。きっと律子さんも忘れられます」
あっけらかんと言い放つ。
「律子のことも知ってるのか」
少し語気を強めると、
「怒り出しましたね」
ゆう子は怖がった様子も見せずに言った。
「怒ってない。まっとうな怒りだ」
「怒ってないまっとうな怒り? やだな、作家さんは。その違いは何ですか」
ゆう子は一呼吸置いてから、
「知ってるに決まってますよ。そこが一番重要じゃないですか」
と言った。
「律子と俺の何を知ってるんだ?」
「ほぼ全部。でもそんなに難しい夫婦じゃなかったですよね。普通に結婚して、出産したらセックスレスになって先生が浮気したのかな。そして先生がケガをしたら、介護が嫌で別れた。今の日本ならよくある話ですよ」
「信じられないな」
友哉は大きなため息を吐いた。
「浮気はいいのか」
「仕方ないですよ」
「基本的に浮気はしない」
「あら?アピールしてきた」
ゆう子がニヤリと笑う。
「誰でも誤解は解きたい。君のような美人でお喋りならなおさらだ。あっという間に君のお喋りが拡散されて、不倫作家の仲間入りになる」
「褒めてけなした。ほんと、作家さんって…。まあ、暴言を吐いてた奥さんを殴ったりしない先生は優しいですよ」
「暴言?」
「自分の手でやれ、とか」
俯いて言う。
「そこまで奥さんに言われるから、男性は不倫とかしちゃう。世間はきっかけを見ません」
「男の味方の人気女優さんか。そこは嬉しい。だけど、なんで律子と俺のそんなことまで知ってるんだ。ちょっと犯罪レベルだぞ。あの銀色の奴、俺がその相手とのデートの場所も知ってた。何者なんだ、いったい」
トキのことだった。銀色のバイクスーツのような服を着ていて、「友哉様の時代で言うタイムマシンを潜る時に着る耐久スーツ」と言っていた。
「いいか。浮気じゃない。真面目な恋愛だ」
「へー。それは知らなかった」
「……?」
「どんなデートしてたんですか。なんかムカつきますね」
「世間一般的な……」
――なぜだ。松本涼子のことは知らない? だが、トキって奴は彼女を俺の恋人だと断言してしつこかった。
松本涼子と俺の関係は、この子には教えられない?
なぜ?
友哉が首を傾げていたら、
「銀色の服を着たイケメン」
ゆう子が急にだらしない顔になった。毒気を抜かれて、彼女に見入っていたら、そのサングラス越しの視線を感じたのか、
「あなたもイケメンですね。でも、わたしはあなたの顔だけじゃなく、すべてを愛し、一緒に残りの人生を謳歌します。愛こそはすべて」
と、芝居がかった言葉を作った。
「君は女優だよね?」
「はい。下手くそでしたか」
「ふざけてる。記者会見からずっと」
「見たんですか。ふざけてません。真面目になればなるほど、真剣になればなるほど、そう言われるの。だけど今のは小芝居」
「記者会見は見てない。新聞にふざけてるって書いてあった。芸能人に興味がないんだ」
「そうですか。アイドルは好きなのに」
「アイドルや女優を好きだ嫌いだは、飲み会のネタだ」
「また飲みに行けるようになって良かったですね。足、動くね」
「え?」
ゆう子の屈託のない笑顔に、友哉はまさに彼女に釘付けになっていた。
――足、動くね?心配してくれたのか。俺を? そんな女と…

出会ったことがない――

「飲み物を気管に詰まらせて苦しんでいる時に、背中を擦ってもらったことはほとんどない」
「は? ラブドールと付き合ってきたんですか。もし痛くなったりしたら、擦ってあげますね」
「いや、もう痛くはならないよ。ありがとう」
彼女は、友哉が神妙に礼を言っていることに気づかずに、またお喋りを始めた。
「先生の四十五年間が勝手にわたしの頭の中に入ってしまったの。もちろん、重要な光景だけが断片的にだけど。お母さんのこと、友達のこと、仕事のこと、昔の恋人のこと、わたしと同じ名前の子が初恋だったかな。字は違うけどね。あと、元の奥さんの律子さんのこと、遊んだ女のことも。でも一番よく分からないのは、娘さんたちのことかな。今はどこにいるのかなあって」
「娘たち?」
「二人いますよね?」
――二人? なるほど、涼子を娘だと勘違いしてるのか。それならそれでいいか…
「そうだった。いろいろ驚いて会話にならないな。うん、妹なら律子と一緒にいるはずだ。いや、留学したのかな。離婚したら子供のことは分からなくなるんだ。俺の過去の映像は娘たちの顔ははっきり見えなかったのか」
気を取り直して言う。
「そっくりで超かわいい。周りの男性たちが絶賛してるし。スカウトされたり、ナンパされたり、パパ、大変でしたね。それくらいかな。先生の顔をはっきりと見たのもさっきが初めてです。寝てる時の夢と同じですよ。あれー、さっきの誰だったかなって」
「君は本当に俺の過去をすべて見たのか。まさか、セックスとかも」
「なんか男の人が一人でやるのは削除されていたようですよ。もちろんトイレとかも」
ゆう子はちょっと下を向いて、小さな声で言った。
「削除…。あの野郎。律子のことも削除しろよ」
「別れて正解ですよ。わたしと出会えたから」
「ストレートな女子だな。俺の過去を教えてもらって、俺に衝撃の片想いなんだな。それはいったん置いておこう」
と言い、両手をテーブルの前に出し、落ち着くように促すと、「先生が落ち着いてください」と彼女に言われてしまった。
「金のことや俺たちの仕事の目的も知っているのか」
一度コーヒーを口に運んで、言われた通り落ち着いた口調に戻した。
友哉には、トキから受け取る予定の仕事の報酬、数百億円があった。
「知ってます」
「お金が欲しい?」
「CMのギャラ、一本、三千万円で、今、契約してるのが十六社」
「デビュー作の印税が一億円」
「あら、素敵。次の作品のは?」
「八百万円」
「八万部ですか。今どき、すごいですよ」
「デビュー作が売れすぎただけで、お金はある。テロリストと戦う金はない」
「そう言ってトキさんから、何百億円かもらったなら、頑張ってね」
「簡単に言うな。何億あっても命は買えない」
「す、すみません…」
ゆう子が思わず言葉遣いを正した。
「いや、いい。お金の話はやめよう」
「痴話喧嘩にしたいですね」
「痴話喧嘩?」
「うん。カップルみたい。したい」
頬に手をあて、照れている芝居をしている。それを見た友哉が、
「痴話喧嘩をしたがる君に、俺も衝撃を受けている。片想い同士にしておこう」
と反撃した。
――女優は、すぐ芝居をして会話のペースを握る。それにはやられない
経験豊富な友哉は、だから、ゆう子の芝居に苛立っていた。
「お互い片想い! 目の前にいて? そんなの聞いた事がない」
笑い転げる勢いで言った。
「理論上、両想いになるのか。やめておく。君のお喋りは面白いから、生きてるうちに好きになるよ」
「なんですか。その投げやりな告白。本当にむかつく。本も一冊読みましたが、女性不信の男の人が主人公でした。女嫌いですね」
少し怒った表情を見せたら、目元が凛と張り、彼女の美しさに知性が伴った。
――美人秘書の域を超えているぞ。あのトキって奴、分かってて教えなかったのか。教えてくれていたら、テロとの戦いどうこうなんか簡単に説得できたのに、あの男、バカだな。あれで未来の世界のトップか。
トキからはこう聞いていた。
「その女性は美人で、頭の回転がよく、世話好きで少しばかりお喋りです。世話好きと言っても、その時代で女たちがやっている家事はできないようですが、男性の洋服はしっかりと整理するようです。そう、介護士や看護婦に向いている性格なのに違う仕事をしています。明るく冗談が好きで、泣き上戸。今の、冷たくなってしまったあなたにはぴったりの女性で間違いはなく、そう、あなたのために選ばれた女です。なんの心配もいりません。彼女を頼ってください」
友哉はトキの話を思い出していたが、不意に、彼女が自分の本を一冊しか読んでないことを思い出し、
「一冊? 一冊しか読んでないのか。秘書…アシスタントみたいになるんだよね?」
少し取り乱してしまった。また、奥原ゆう子のペースになる。
「うーん、秘書じゃなくて彼女なんですよ。だから、あんまり本は読みたくないな。昔の女のこととか絶対書いてる。作家の先生って皆さん、そうだから」
「一冊はなに?」
「例の大山田監督が手掛けるから、読むように言われた」
「映画化するのか。ああ、なんかそんな電話があったな」
「単行本化もされてないのに、なんの優遇ですか。雑誌のバックナンバーで読みました。タイトルは忘れたけど、霊場に行く話。恐山みたいなところに。若い奥さんが自殺して、遺書に夫を憎んでいたことが書いてあった。そのショックで他の女にもあたりちらす。その死んだ奥さんと霊場で会うんだ。若い頃の律子さんのことかと思って、すぐに読むのやめた」
「じゃあ、一冊…一本も読んでないじゃないか」
「うん。たぶん、ずっと読まない」
敬語がなくなり、そして口をまた尖らせた。また思わず、こいつはかわいい、と唸ってしまう。
しかし、トキのこともあり、何かとんでもない罠があるような気がしてならない。このままでは何から何まで良いこと尽くめだ。
――俺の過去を知っただけで、こんなにストレートに告白をしまくるのか? 他に何かあるんじゃ……


…続く

普段は自己啓発をやっていますが、小説、写真が死ぬほど好きです。サポートしていただいたら、どんどん撮影でき、書けます。また、イラストなどの絵も好きなので、表紙に使うクリエイターの方も積極的にサポートしていきます。よろしくお願いします。