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小説『衝撃の片想い』シンプル版 【第一話】③

【美人秘書の名は、女優、奥原ゆう子】



――あの自称未来人がきてから、もう一ヶ月か…
成田空港のフロアの一角に、新型メルセデスベンツが展示してあった。友哉が最新型の銀色のベンツを眺めていると、
「先生。佐々木先生」
女に声をかけられる。テレビにも出ていないしネットにもあまり顔は出していないから、友哉には、彼女が読者ではないと分かった。

成田空港に女がやってくることはトキから聞いていた。

秘書になる女性との交渉が成立した後に、友哉のスマートフォンの中にそんなメッセージが入ったのだった。
つまり、今、成田空港に現われたのはトキが交渉した秘書になる女性で確定だった。その女が現れたら、テロとの戦いは現実味を帯びてくるが、
——本当に現われたのか。困ったな
友哉はほぞを噛んだ。断るタイミングを逸しているうちに、指輪を買いに行かされ、拳銃を持たされ、今度はテロと一緒に戦う女が現れた。
髪の毛をポニーテイルにした若い女性は、丸い縁のサングラスとマスクをしていた。女の子でなければ職務質問をされそうだが、「さっき、警備の人に職務質問されました」と、彼女は言った。声は笑っていた。
佐々木友哉が、彼女を「若い」と判断したのは、白いミニドレスを着ていたからだ。デニム生地の…。

【こちらと似たデザインの白を着てます】


欧州の寒さ対策で、ミニドレスに羽織る上着を腕にかけて、持っている。
――なんだ、この女。お洒落オタクか。カップルの旅行じゃないか。
呆れてしまう。テロリストと戦いに行く様子はまるでない。
トキから指輪を渡す相手の女性は二十七歳と聞いていた。まだ、状況判断ができないのだろうか。
友哉がそんなことを考えていたら、
「専用ラウンジに行きましょう」
彼女はそう言って歩き出すと、「ドイツ経由でワルシャワまでのチケットもあります。ファーストクラスですよ」
と言う。快活な声で言った。
友哉はポケットに入れてあったサングラスを手にした。右手に鞄を持っていたから、口を使ってアームを引っ張り顔にかけた。彼女を覗くように見たかった。
「鞄、持ちますよ」
不器用にサングラスをかけたのを見たのか、彼女がそう言う。
声が上擦ったが、サングラスが怖かったのだろうか。友哉はそう思い、声色を柔らかくして、
「持たなくていい。俺のパスポート情報はどうした。しかもファーストクラスか」
と訊いた。
「トキさんからもらった。ファーストクラスはカードの特典で一名分は半額。でも仕事辞めてきたから後でいろいろ返してくださいね。先生、荷物はそれだけ?」
「着替えの下着と財布やパスポートだけ。必要な物は現地で買えばいいじゃないか」
「男の人は身軽でいいですね」
「あ、その鞄は俺が持つ」
彼女の大きなトートバックを持とうとすると、「大丈夫です。重いものは入ってません」と断った。
エレベーターの中ではどちらも喋らなかった。
――トキさんからもらった、か。どうやら本物の美人秘書のようだ。誰なんだ
――指輪? ブルガリか。俺が買ったやつだ


どこかで聞いた事がある声。
アレキサンダーマックイーンのカジュアルドレス…お金は持ってる。
トキからの情報より、やや太め。体重48から50kg。
足のサイズ、24cm。
やや茶色がかった黒髪。
歩く姿勢が良い。ダンスか特別な運動をしている。
歩くスピードに変化がない。成田空港に慣れている。

職業…。美貌を使った目立つもの。または、インフルエンサーやYouTuber…。モデル…女優…高級ホテルのセラピスト…


専用ラウンジに入り、椅子に座ると、彼女はすぐにコーヒーを二つ注文した。自由に飲み物を取ってこられるスペースもあったが、係りの女性がさっと寄ってきた。事前に言ってあったようだ。
「名前は分からないが、指輪のサイズは9号。童顔、お喋り、身長156cm…」
「体重は言わないで」
彼女は友哉の続く言葉を止めた。頭の回転が良さそうだと彼は分かった。
「顔を隠してるのは、顔を使った仕事だからか」
「鋭いですね。あまり、人に見られたくない。飲み物がきて、人がいなくなったらお見せします」
「ん? 美人さんでそれを生かした仕事をしてるのかと……違うのか。顔に傷でもあるの?」
「そうきますか。次に何を言われるのか怖いですよ」
「アウストラロピテクスみたいな顔なのか?」
「やだな、作家さんは。すらすらと笑みも見せずにそんなジョーク…」
「有名人なのか。ここは守秘義務があると思うから、スタッフに見られても平気なんじゃないか。お客さんもほとんどいない」
「うん。あらかじめ言ってあった」
彼女がマスクとサングラスを外すと、コーヒーを運んできた女性のスタッフが、「あ」と声を上げた。先程とは違う女性スタッフだ。
「奥原ゆう子さん」
女性スタッフは嬉しそうに、彼女の名前を口にした。
「この方が、片想いの彼氏ですか。頑張ってください」
無邪気に笑って、会釈をしてから立ち去った。
――ほう、女優の奥原ゆう子か。こいつは驚いた
友哉がサングラスの中の目を丸ませた。

芸能記者は苛立っていたが、ファンの女性たちからは応援されているようだ。友哉はふとそう思うが、片想いの彼が会ったこともない自分のはずはない、と思う。
しかし、友哉が買った指輪はしている。

――未来人と言ったトキというあの男もこの女優、奥原ゆう子も怪しいな

「驚きませんね」
ゆう子は、不思議そうに友哉の顔を覗きこんだ。声も出さない友哉に、「奥原ゆう子ですよー」と手を振りながら笑ってみせた。
「かわいい子でよかった」
無表情で言うと、ゆう子は舌打ちはせずに、「ちぇ」と言った。
友哉は本当は驚いたが、今の彼はその感情が大きく動かないだけだった。
恋をしたクラスメイトが自殺しようとした時も、別れた妻と出会った時も、夢を一緒に見たあの女に恋をされた時も、小さく驚いたまま同じ感情で過ごしていた。一喜一憂しないと言うことだ。
「ワルシャワまで、君が現れた驚きを胸に閉まっておく」
「なにそれ? 大人気女優のプライドがあるから、もう少しなあ…」
真顔で言う。
「銀色のスーツの男にも言われたよ。感情がなくて頭が重症ですねって」
「トキさんですか」
「これで精一杯だ。昔からだから、トキも君も勘違いをしている。大きく笑う笑顔が素敵な男が好きだと、好きな女の子に言われたことがある」
「それで?」
「それでふられたんだ。みなまで言わせるな」
「爽やかに笑ってばかりの人と目をまっすぐ見て喋り続ける人は詐欺師。男の人なら結婚詐欺かセックスが目的。だから、その彼女はバカ。でも先生も、昔はもう少し笑顔が多いキャラだったはずです」
友哉の顔に露骨な険が出た。
「さらっと同性女子を軽蔑したのは面白いが、俺の昔とはいつ頃のこと?」
「車椅子になる前です。そのもっと前はクールだったかな。どっちが本当のあなたか知らないけど、本質はクールな方。かわいい彼女ができたら頑張って笑う優しい人ね」
「トキって男から聞いたよ。俺の過去を教えてもらっているそうだが、俺は女優さんを街で見かけたら騒ぐような男じゃない。街のロケ現場に人が群がるが、そこを素通りするタイプだ。作家だからわりと業界人だ。君ほどの超有名女優とは縁がないが、俺の小説は映画化したことがある。小さな映画館を転々とする程度の映画だがね。そこそこの女優さんとなら面識はあるし、飲んだこともある。映画監督も知っているよ。大山田監督とか」
「あら、わたし、大山田監督の映画、やってますよ」
「そうか。君は引っ張りだこだから、この繋がりは大した確率じゃない。そんなことよりも、今は君が秘書になってやる例の仕事の説明を早く聞きたいんだ」
「小説家なんだから、運命的な話を確率でまとめないでください。秘書? 違うんだなあ。彼女になる人が奥原ゆう子ですよ。それにクールなくせにアイドルが好きじゃないですか。松本涼子とかさ」
最近売れてきた新人アイドルの名前を出し、また口を尖らせた。
「確か十九歳。私よりもずっと若いもんねー。ロリコン」
女の子が言う俗っぽい暴言は気にしない友哉は考える様子を見せて、
「いま彼女って言ったが、秘書じゃないのか」
と訊いた。
「彼女ですよ。あれ、なんか話が違ってますか。お仕事のサポートはしますが、基本的に彼女です。今、彼女いませんよね。知ってますよ」
奥原ゆう子は笑みを絶やさずに一気に言った。
美貌に自信がある女というよりも楽観的な性格に、友哉には見えた。わたしの乗っている飛行機は絶対に落ちない、という頭の悪い女にも見えるが、テレビのバラエティに出演している時はもう少し落ち着いていた印象がある。確か英語も堪能だった。
――上機嫌というやつか。なんでだ? ああ、女優を休めて嬉しいのか。確かパニック障害だったか。飛行機は大丈夫なのか。テロとの戦いは?しかも…
――この女もあいつを知ってるのか?
「松本涼子?」
やんわりと訊いてみる。
「写真集を持ってますよね?」
「なんで俺の私物を君が知ってるんだ?」
「トキさんに教えてもらった。何回言えばいいんですか」
「オウムを肩に乗せておけ」
「やだな、作家さんは。そんな笑っていいのがムカついていいのが分からないジョークをペラペラと…。で、松本涼子とわたしなら、どっちと付き合います?二択」
「見た目は好みだが、君のそのルックスを嫌だと言う男が日本にはほとんどいないから、僕も好みだ。皆が大好きな奥原ゆう子だ」
「二択」
「君にしておくよ、参りました」
友哉は、彼女のお喋りが少し楽しくなり、微笑んでそう答えた。
「ありがとうございます。言葉に緩急をつけて僕と俺を使い分けますね。作家さんらしいな」
友哉は首を少し傾げた。
――伊達に超一流女優はやってないんだな。目をまっすぐに見て喋る人間は詐欺師とか、俺の知り合いの男たちでも否定するのに、さらっと言った。
「君は頭がいいな。いろいろと正解だ」
「何がですか。先生がロリコンなのが?」
「それも正解でかまわないが、詐欺師の話だよ。断られるのが怖くて、少しオドオドしながらプロポーズする男の方が、本物だ」
「そうです。まっすぐ目を見てくる男性は怖い。先生みたいに、わたしの身体中を観察してる男性も危ないけど。サングラスしてても分かります。足のサイズまで確認しましたね。そこがフェチ?」
「違う。さっきのアイドルさんと二択なら君で本当だが、君に興味はない」
「未成年かおばさんがいいんですか」
「い、いや、そうじゃなくてね。あんまり言いたくないが病み上がりだから、女どころじゃ…」
――なんて口が達者な女なんだ。まったくペースを握れない。
友哉は彼女に気づかれないように、小さく深呼吸をした。

……続く。

普段は自己啓発をやっていますが、小説、写真が死ぬほど好きです。サポートしていただいたら、どんどん撮影でき、書けます。また、イラストなどの絵も好きなので、表紙に使うクリエイターの方も積極的にサポートしていきます。よろしくお願いします。