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小説『衝撃の片想い』シンプル版【第三話】②

【透明な女――その名は涼子】



成田空港から横浜の自宅マンションに一回戻った友哉は、着替えや電気カミソリなど男の生活必需品だけを鞄に詰めて、新宿の奥原ゆう子のマシンョンに行った。
それにしても疲れがひどかった。旅行の疲れとは違い、まるで寿命がきたような恐怖を伴う疲れだ。
ーー極度の鬱みたいだ。奥原がスキンシップをしてくれなかったら、どうなってたんだ。本当に女が傍にいないとまずい薬だったのか。
と、悩ましく頭を押さえていた。
「腕力を使う。つまり戦う。誰かの病気やケガを治す。それでストレスになって友哉さんの血圧が下がるの。トキさんの世界ではそんなことにはならない微量のガーナラを一回使いきりでは使用しているらしいよ」
「微量……俺のは?」
「大量? 今年のマグロは大間のマグロ。あなたと二人で銀座のお寿司」
「魚か。つまらん。ちゃんと調べてくれ」
憮然とした顔で言うが、ゆう子はふざけながら、
「たいりょ~。はいはい、後でね」
子供の暴言を無視するように言う。
「町には病院がなくて民間療法的に、個人が病気を治療するらしい。女性がいなくても、その程度だったら、寝ていれば回復するんだって。ガーナラを与えられた病気の人はその病気の耐性ができて、もう病気にならなくて、強くなったその人がまた病気の人を治療する。その好循環で、今の時代で言う風邪ほどの病気の人はあんまりいないらしい。羨ましい世界ね」
二人はソファを挟んで、向かい合って座っていた。友哉がソファに座り、テレビを背をしたゆう子は床に座布団を敷いて座っていた。急に同棲を始めたカップルという様子はないが、相変わらずゆう子の露出癖はそのままだ。
ずっとパンチラになっているから、友哉は目のやり場に困っていた。
「君は……」
「君とは誰?」
「奥原……」
「奥原の名前は?」
「ゆう子。あー、分かったよ!ゆう子だな。そう呼べばいいんだな!」
友哉が大きな声を出す。
「怒らなくてもいいでしょ」
「しつこいからだ、ゆう子は」
「わあ。優しい」
ゆう子、と呼ばれて頬に手をあてた。
「かわいいのはいいんだが、ゆう子は露出狂なのか」
「あ、見えてた?」
「丸見えだよ。それくらい、女なら分かるだろ。電車なら目の前の椅子のサラリーマンから丸見えだ」
「電車、五年くらい乗ってない」
「……」
行儀が悪いのにスカートやショートパンツばかり穿いている。ジーンズやパンツを穿かない理由も、「女は足をだしてなんぼ」と即答した。しかし、友哉が真っ青なスリムジーンズの女の子が好きだと言ったら、「じゃあ、それは穿くね。あなたも黒ジーンズはやめて青いのを穿いて」と笑った。
「街に医者がいないのか。未来の世界が本当ならAiが支配しているのかと思ったが」
「ロボットくんとの戦争があったらしいよ。トキさんたちの前の時代に」
「ほう。ロボットが感情を持ったんだな」
「ハイブリッドロボット」
「ハイブリッド? まさか」
「うん。人間とロボットコンピューターのハイブリッド。アンドロイドかな。それでロボットだけの社会がある一国に出来て、そこから人間社会に侵攻してきたらしい。その時、世界を統治していたのは女たちだったんだよ。その戦争が世界の人口が減った原因のひとつだって」
「ハイブリッドのロボットって、かなり強いと思うぞ。生身の人間で勝てるのか。あのトキのような生身の人間だ」
「AZに出てこないの。その辺りの詳細は」
「日本人がほとんどいないって言ってた」
「わたしもじかに聞いたけど、その理由は教えてくれなかった。トキさんは純潔の日本人で、トキさんを護衛している側近たちは日本人。あとはほとんどの人が混血と移民の外国人だって言ってた」
「なんだ、側近がいるんじゃないか」
「ま、そんな偉い人が一人で都内をウロウロはないよね」
「彼が一人じゃないのは感じていた」
「そうなんだ。さすが、友哉様ですね」
「友哉様って言っても、何も出ない。そう、AZに伝えてくれ」
「似たような感情は読み取られたけど、返答はなかった。友哉さんを怒らせたらまずいもんねー、みたいに喋ってたの。返事なし」
「そうか。俺を友哉様と呼ぶ、その未来の君主様は日本だけを統治しているんじゃない?」
ゆう子はAZで調べながら、
「普ってなに?」
と首を傾げた。
「普みたいな王国になっているって」
「えーと…なんだっけ、プロテインじゃなくて、ドイツの辺りに昔にあった王国…、プ…プロ…」
「出てきませんね。お年ですか」
「うるさいなあ。ゆう子はまったく分からないじゃないか。トキは漢字にした方が、君が分かると勘違いしたようだな。喜怒哀楽まで分かる優秀なAiだが、さて、奥原ゆう子さん」
「え?なに。なんですか」
思わずかしこまるゆう子。
誘惑を繰り返したり、ふざけた冗談ばかり口にしているが、友哉は年長者の、しかも作家。作品は映画化し、知り合いの俳優たちが出演している。ある意味、業界の大先輩なのだ。
「怖くないのか」
友哉がAZを見た。ゆう子が膝の上に置いている。
「俺の事も分かるし、細かな感情まで読み取り、しかも答える。人間と変わらない。怖いはずだ」
「うん。普通なら東京湾にポイする」
「普通なら?」
「トキさん、悪い人じゃないもん」
ゆう子の言葉を聞いた友哉が、笑みを浮かばせて頷いた。
「気が合うな。俺もそう思う」
「わあ、嬉しい!どんどん、仲良くなるね!寂しくなくなってきた!」
笑い転げる勢いだったからか、AZがすっと消えた。
「照れて隠れたよ」
「違う。落とされるのが嫌で逃げた。わたし、圧縮するように言ってない。自分で逃げた。硬いくせに落ちたら壊れるんだー」
また、ゲラゲラ笑った。
――これだけ明るくなってくれたなら、こっちのマンションに来て良かったかな。
友哉は、ゆう子を一人にしたら自殺でもするんじゃないか、そう心配していたのだ。
――前の女が人気アイドルだと、トップ女優に緊張しない。役にたったじゃないか……

……涼子。

口にもしたくない女の名前、そして思い出したくない顔を頭の中に浮かばせ、友哉は画面が暗いテレビをじっと見ていた。

涼子――

「ん? 呼んだか裏切り者」
松本涼子は、事務所の寮の部屋でテレビを見ていた。
「空耳? 違う。わたしが出てるテレビを見てるわけだ。なんだ、わたしが好きなんじゃん」
涼子は自分が出演している刑事ドラマを食い入るように見ていたが、小さな悲鳴を上げた。
「な、なんなんだ。台詞のほとんどがカットされてる!え? 消えた。二分で! ふざけんな! しかも殺されてんだよ! せめて台詞を残せ!」
思わず抱いていた枕を床に投げつけると、隣の部屋から、
「松本さん、うるさい!」
と、メンバーの女の子から叱られた。
白を基調にしたルームウェアの松本涼子は身長が低く、肩は壊れそうなくらい細い。純粋そうな面(おも)はまるで、汚れのない湧き水にずっと洗われているようで、透き通った肌をしている。
手鏡を手にした涼子は、
「今日もかわいい」
と、自分を褒めたが、すぐに目付きを変えた。
誰もいない部屋。
なのに憎んでいる人間が正面に座っているかのように、部屋の空間を睨んでいた。
――そろそろ殺しに行くか。
そう呟くと、妖艶だった表情をさっと愛らしい笑顔にし、
「なーんてね。どこにいるかわかんなーい。また温泉かな」
と笑った。
小さな机の上に、佐々木友哉の『謝罪武将』の文庫本があった。
今度はこめかみを押さえる涼子。
『わたしの彼氏です。これ、彼が書いたの』
何かを思いだし、眉間にも皺を入れた。
――また出てきた。誰なんだ、頭の中にいるこの女。優しく微笑む美女。そう、クスクス笑う静かな女。わたしと違うから、好きになった。だけど誰か分からない。会った場所も、いや、会った事なんかない。
なんなんだ、この感覚。わたしはあれからあの人と一度も会ってない。どこにいるのかも分からない。なのに、あの本はなに?
もらった記憶がないばかりか、その女と会った記憶もない。
なのに、笑顔と言葉だけが頭に残っていて、彼の本がある。
――三年も前に実家から持ってきてあったのか。それ以外に考えられない。
「くそう! ノイローゼになる! 誰かわたしに薬を盛ったのか!殺す計画もたてられないぞ!」
思わずそう叫ぶと、
「先輩!いい加減にしてください!」
部屋のドアが蹴られて、涼子は、「ごめんねー」と笑い、またアイドルらしい笑顔を作った。

……続く。










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