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小説『衝撃の片想い』シンプル版【第二話】⑨

【三年間の記憶】



サンドイッチがきた。
客室係りがコンシェルジュを兼ねているのか、ルームサービスを頼んだだけなのに、「日本人が好む食べ物を買ってきましょうか」と尋ねられた。ゆう子はやんわりとそれを断り、空港までのタクシーの件だけを告げた。
「結局、一泊?」
「ヤバいから帰りましょ」
「店の防犯カメラとかの映像は」
「今、消してる」
せかされたからか、ゆう子は真顔で友哉を睨み付け、AZを操作していた。
ゆう子は『ポーランド旅行に使う便利帳』という冊子を持っていて、その冊子を見ながら、ポーランド語と英語を使っていた。
「俺はポーランド語を理解できたけど」
「え? わたし、英語しか喋れないよ。ポーランド語、分かるの? どうして?」
ゆう子が、今度はその事をAZで調べている。
「ダメ……。先に防犯カメラ……」
そう呟く。少しうなじが汗ばんでいた。
「急げよ。色っぽいから」
「……」
また友哉を睨む。
「怖いな。美人が台無し」
「あなたのせいでブスになった」
「うなじが色っぽいから、まだセーフだ」
「終了。なんとか間に合ったかな」
いったん、AZから手を離し、その汗をハンカチタオルで拭いた。
「なんかよくわかんない。別の国では暗闇では危険な仕事はしないようにって書いてある。友哉さんが日本語と少しの英語しかできないから、相手の言葉が分からなくなるからだって。ああ、遠くの人の言葉も分からない時があるって。未来の技術については説明を割愛してあるんだ。長くなるからって」
「自動通訳機能じゃないのか。相手の口の動き方、表情、仕草、周囲の状況、周りにある物などを見て、何を喋っているか俺の脳が判断するんだ。じゃあ、相手はどうして俺の日本語が理解できるんだろう」
「ああ、外国人が近くにきたら、リングから同じ力を送るみたい。鏡の原理とか書いてある」
「こんにちは、と言ったら、相手も、こんにちは、と言う。その意識を反映させる、恐らく無限に。それで会話を成立させるってことか。すごいな。このリングは相手が日本人か外国人か判別もするわけだ」
「AZが判別するから、それをリングに転送するのよ。わたしがいじらなくても、友哉さんのリングに転送している情報はあるの。全世界の人間のデータが入っている。ただし、悪党のデータ」
「なら五十億人だな」
「そうかも知れないけど言わないで欲しい。普通に翻訳も出来るって」
「じゃあ、そうすれば?」
「翻訳? 一呼吸、遅れるみたい」
「なるほど。ところで、そのAZに出る事件の詳細は自分の記憶だって言ってたが」

『これはわたしの記憶です』

ゆう子がレストランで待機していた友哉に言ったのだ。テロリストが現れるのが自分の記憶だと。

「トキさんたち、未来の人たちが過去と未来を行き来できないから、一人の人間の記憶を辿ってるんですよ。わたしの三年間の記憶の中に、ワルシャワでテロが起きたニュースが残っていて、だけど、その正確な日時は忘れているから、このAZ上に、ワルシャワのレストランの今日かも知れないって出てくるの。日本での事件ならもっと正確に覚えていて、その場所に行けそうです」
と教える。
「覚えている?」
「そうです。身近な事件なら、発生した時間までも覚えているかも。わたしの家の近くで起きた殺人事件とか」
「ああ、未来からきた男が、三年後の君から記憶を取ってきて、今、見ているってことか」
面倒臭そうに言う。
「トキさんをバカにしましたね」
「ずっとしてる」
「まあ、わたしの三年後の話があるから、未来人なのかなって。普通は信じない」
「だろ。で、なんでもかんでも三年なのはなんだ?」
「知らないよ。あと三年でわたしの人生は終わりなんじゃないの。つまり死ぬんだよ」
ゆう子はイライラしてそう言い放った。
「死なせない約束はしたが、それは本当なのか」
「知らないって。だけど、三年後のある日に、わたしの記憶は消えてなくなる」
「消える? 事故?」
「知らないし、言いたくない」
涙ぐんでるゆう子を見た友哉は、
「すまん。その…。だから死なせないよ。ちゃんと守っているから」
と言った。
「ほんとに?」
ゆう子はあからさまに機嫌がよくなって、
「やったよ。お芝居成功。恋人兼、秘書確定」
と笑って、飛ぶようにバスルームに走っていった。
「え? 今の絶望的な表情、芝居だったのか。さすが女優だな」
友哉はしばらく苦笑いをしていたが、
――本当に彼女が三年後に死ぬ運命なら、それは止めないとだめだ。例えば事故や事件に巻き込まれるのなら、この力でなんとかなるかも知れない。
と神妙に考えていた。しかし、シャワーを浴びている音を聞いていたら、心臓の動悸が激しくなり、息苦しくもなってきた。
――なんだ、この気持ち悪さ。彼女が嫌なわけじゃないのに。
確かに今は恋愛はしたくない。だけど、女に恥をかかせてる、と怒った美女を抱けないなら、EDじゃないか。精力、筋力、世界一じゃないのか。
「シャワーなのにすまん」
リングの通信機能で、ゆう子に声をかけた。
「一緒に入ります?」
「それもいいが、瞬間EDだ」
「はあ? そんな恥ずかしいこと、なんで正直に言っちゃってるの?」
「君もずっとシャワーを使った変態プレイをしたがってる。このリングの力で俺自身の疲れは取れないのか」
「カンナビノイド受容体を刺激してください」
「分かった」
「知ってるよ、この人」
「ベストセラー作家だ」
「一発屋の」
「声もブスになったな」
友哉はリングを自分の頭に充てて、
『ストレスを軽減してほしい』
と考えた。すると、リングが緑色に光り、友哉は鬱っぽい症状がすっと消えて行くのが実感できた。
「奥原…」
「奥原の名前は?」
「ゆう子」
「はい。もう一度」
「ゆう子さん」
「はい。なに?」
「リアルに言うと、急にセックスのやる気が出てきた。なんだ、これは?」
「カンナビノイド受容体の刺激です。光合成の応用くらい、トキさんの時代なら簡単でしょ」
「光合成……。光か…」
「どうかした?」
「ちょっと俺の考えてることを聞かないようにしてくれ」
「自分でどうぞ」
「やり方がわからん」
「わたしと話したくないって強く思えばいいだけ」
言われた通りにすると、バスルームの水の音が聞こえなくなった。
友哉はトキとの会話を思い出していた。
『RDのことが分からないなんて、重症です』
――RD、光…リング…。誰かに聞いた事がある。トキじゃない。女もいた。ダメだ。思い出せない。また、疲れてきた。さっきの感覚と違う。
それより、奥原さんを抱こうと思ったら気持ち悪くなった。あれは?
ゆう子が戻ってきた。
今日はずっとグリーンの短めのスリップを着ている。下着はまた新品の白。
「ED先生。治りましたか」
「今の台詞でまたなった。おまえ、口が悪すぎるぞ」
「ごめんなさい。ジョークになってないよね」
ゆう子が目を泳がせた。友哉が叱ると、口の悪いお喋りをやめる。
「いや、楽しい」
彼女を慰めて友哉もシャワーを浴びに行くが、「セックスをする合図じゃないぞ。きっと血の臭いが残っている」と告げてからバスルームに歩いた。シャワーを浴びて戻ってくると、彼女はなぜか棒立ちでいる。あまり座らない女だと、友哉は苦笑した。
「友哉さんは洋服フェチみたいだから、一日にパンツや部屋着を何回も替えますね。好きな女を見ているだけでも、ガーナラの血流がよくなるらしいから」
「好きな女?」
「タイプじゃない女で元気にならないでしょ。そういう意味!」
言葉とは裏腹に、うっとりした表情で友哉に近寄ったゆう子は、筋肉質な友哉の体に唇を這わせ、「生きててよかった」と心底、嬉しそうな表情を作り、友哉を驚かせた。
「俺が?君が?」
「あなたが、わたしが…」
――死にたくなるほど、辛い過去がある女。幸せなデートをする権利もない、か。そんなんじゃ、だめだ。
友哉はそう思い、ゆう子をそっと抱き締めた。
「嬉しい。あれ?  なんか気分が悪い」
ゆう子は友哉からさっと離れて、深呼吸をした。
「お互いおかしいな」
「友哉さんも?」
「死ぬほど抱こうと思ったら死にたくなった」
「……」
「まあ、さっきの光で治ったから」
「わたしはパニック障害の発作だと思う。緊張してるし」
「パニック障害では死なない。気楽にパニックになれ」
「そんなに優しいことを言うと、いつもなるよ」
「いいよ」
「嫌いになった?」
泣き出しそうな顔をして言うゆう子。
「だから、パニック障害では嫌いにならないよ」
「夜中に飛び起きたりする…」
「俺もよく起きる」
「行儀が悪いの…」
「ずっとチラチラしてるから、分かってる。あのね、俺にそんな偉そうな権利はないんだ。おじさんだし、病人みたいなものだから、君のような美女を嫌いになるかならないか言う権利も考える権利もないんだ」
「そんなに控えめなの?」
「EDなんで」
「これで?」
ゆう子は友哉の下半身を恥ずかしそうに見た。
「シャワーを浴びては下着を見せびらかす女と三年、一緒に仕事をしていて抱かないとな。違う意味で体調が悪くなる」
友哉はゆう子をベッドに連れて行き、
「綺麗だな。女優、奥原ゆう子」
と言い、ゆう子の体に触れた。
ゆう子は頬を朱色に染め、声を漏らした。
二人は、初めて結ばれた。
「幸せなのに、気分が悪い。パニック障害を治して」
「昨日、ちょっとやってみた」
「どうやって?」
「大脳辺縁系の扁桃体というものから、妙な指令が青斑核に伝わらないようにそこを光で刺激してみた」
「勉強してるの?」
「トキに教わった。避妊とそれ。なんだ。君の持病の治療のためか」
「そうだったんだね。ありがとう。うん、昨夜、気分がいいから、不思議だった。治してくれたんだね」
「一時的な処置だよ。たぶん、光だけの治療はすべて一時的だと思う」
「じゃあ、カンナビノイドもやって下さい」
「じゅうぶん、今の君は気持ち良さそうだよ」
「もっと…。何もかも忘れたい」
「そうか」
――楽しませてもらおう。無心でいないといけない。愛した女は必ずいなくなる。
ゆう子が知っているように、結婚も失敗していた。ゆう子がどんなに頑張っても、結婚願望ももうない。
ただ、車椅子の生活から救ってくれたトキへの恩は返さないといけない。それくらいの気骨はある。
与えられた仕事を淡々とこなし、仕事が終わったら、報酬のお金で南の島で暮らしていこうと考えていた。
どこかに嘘が潜んでいてもかまわない。利用されていてもかまわない。
人気女優が現れたのは出来すぎだったが、もともとリスキーな仕事の高い報酬が美女だった。
他人のためにも働く気はない。しばらくは風に流されていくだけ…。
――少しは休ませてほしい。
それが友哉の素直な気持ちだった。

第二話 了

普段は自己啓発をやっていますが、小説、写真が死ぬほど好きです。サポートしていただいたら、どんどん撮影でき、書けます。また、イラストなどの絵も好きなので、表紙に使うクリエイターの方も積極的にサポートしていきます。よろしくお願いします。