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母を避けるナオ

 やっとお盆が終わった。地獄の夏休みもあと少し。家にいる時間が増えると、どうしても酔っ払っているお母さんのことが目に入ってくる。だから家の中ではなるだけお母さんと顔をあわせないようにしているけど、冷蔵庫のお茶を飲みに行く時、トイレに行く時にビールの空き缶に顔を埋めて泣いているお母さんの姿が目に入りイライラする。

 今年のお盆も「コロナで帰られなくなった」と海外で働くお父さんは帰ってこなかった。ボクが中学生になってから一度もお父さんは帰国していない。お母さんがこんなにお酒を飲むようになったのは、全てお父さんの浮気が原因だから許せないと言っているけど、ボクに言わせたらお母さんが心の病気になって「死にたい」と毎日泣き出してから。きっとお父さんは仕事に逃げて家に帰らなくなっただけ。大人はお酒や仕事に逃げてずるい。中学生のボクだけがこの家から逃げることが出来ずにいる。

 そんなボクに学校以外に小さな逃げ場が出来た。こどもソーシャルワークセンターの夜の居場所トワイライトステイ。お母さんが起こした何度目かの自殺未遂の後に、市役所の人が毎週木曜日の夜を過ごす場として紹介してくれた。夕食付きで大学生が無料で勉強みてくれるって話で、最初は学校の課題を真面目に持っていってたけど、ミカっていうよその中学校の子が来るようになってからは、センターにいる時間は家の愚痴大会で勉強はほとんどしなくなった。まあ勉強は学校で頑張っているからええよな。

 お盆前に「ケアピアびわキャン」とかいう泊まりの合宿があって、他の曜日にセンターへ来ている中高校生とか大学生の人たちやセンターと同じようなところに来ている高校生と一緒に近江舞子の民宿で過ごした一夜は、お母さんのことを忘れることが出来た貴重な時間だった。石釜で焼いたピザの味は最高だったし、琵琶湖で泳いだり花火をしたのも楽しかった。二日目はEボートというカヌーに乗って、ミカたちの船と競争して負けたのは悔しかったけど、次こそリベンジしてやる。

 そんな楽しかった合宿だったけど、夜の時間にした学習会のことが今も引っかかっている。ある日、急に母親が病気になって寝たきりになり、親の代わりに家事や親の介護や看病をしている高校生が出てくる動画を見せられた。うちのお母さんは確かに酒癖が悪く、すぐ泣いて「死ぬ」という心の病気だけど、一応家事はしてくれていることを考えると、世の中には大変な高校生がいるねんなと思った。その後に今の日本にはクラスに1、2人は「ヤングケアラー」と言われる子どもがいることを教えてもらった。ボクの家のお母さんは確かに心の病気やしアルコール依存とかいうレベルの酒飲みやけど、別にボクは家事や親の介護をしているわけでないので、結局自分がヤングケアラーなのかどうかわからんかった。動画の高校生の気持ちについて聞かれた時に、ミカが「何も考えてない。考えても無駄やから」と投げやり的に言ったのも気になった。学習会と言いながら何か答えを教えてくれたわけでなかったけど、一緒に合宿で遊んだ仲間たちも、見えないけどヤングケアラーなのかもしれんと思った。

【解説】

この物語は2022年6月より、京都新聞(滋賀版)にて月一の連載としてはじまった「こどもたちの風景 湖国の居場所から」の前半部分の物語パートです。こどもソーシャルワークセンターを利用する複数のケースを再構築して作っている物語なので、特定の子どもの話ではありません。

 第3回目は「精神疾患を抱える母親と生活」している中学生を主人公にしました。父親はいるのですが、単身赴任で海外から帰ってこない(仕事に逃げている)状態で、経済的に困っているわけではないけど、精神疾患を抱える母と二人きりの生活は、彼の心を蝕んでいます。このように親を精神面で支えないといけない子どもたちもまた「ヤングケアラー」として今、社会課題の一つとして注目されますが、支援策としての決め手がありません。

 そこでこどもソーシャルワークセンターは同じヤングケアラーの子ども(若者)たちを集めてこの夏、合宿キャンプを行いました。日頃の居場所活動では、「学ぶ・語る」機会を意図的に持つことはないのですが、今回の合宿キャンプでは夜に学習会の時間を持つことで、お互いにヤングケアラーとしての悩みを抱えていることを「何となく感じる」ことが出来ました。当事者体験は無理に語らせるものではないので、そこは気を遣って、「ヤングケアラー」の特集をしたニュース動画を見て学習のための素材としました。そこでは物語にあったような発言がヤングケアラーの子どもたちの口からこぼれていました。

 秋からはヤングケアラーの若者たちにピアサポーターになってもらい、小中学生のヤングケアラーを対象にした新たな居場所活動がはじまります。どのような活動になるかはまだわかりませんが、またこの連載記事で物語として紹介していきたいと思います。

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