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小説「ありがとうじゃ足りない」3話

綾原音楽スタジオ。
呼び出されたスタジオはここだった。小さなビルの1階にあって、それより上はマンションのようだった。
まだ11時まで10分ある。ウダウダしていたら遅いって言われるかもしれない。多分「綾原」音楽スタジオだから、多分夢希さんのご家族が運営されているんだろうから、夢希さんはもう中にいるかもしれない。
早く入らなきゃ、でもな、とウダウダして10分。11時きっかりにドアが開いた。
夢希さんだった。
「理音さん!ずっと立ってたんですか!すみません気づかなくて。」
「あ、いや、大丈夫です。」
「わざわざ大荷物でありがとうございます。どうぞ、入ってください。」
何だか友達の家に来たような対応をされ、少し面白かった。

入ったら受付のような場所があり、狭かったがしっかりした受付だった。そして、昨日夢希さんと一緒にいた、男性が3人いた。昨日は高校生だと思ってしまったが、もう社会人くらい大きかった。
「あ、こちら俺の兄ちゃんです。」
「光輝でーす!」
「智貴だよー!」
「雅紀です。」
「あ、よろしくお願いします。」
「よろしくー。」
光輝さんは22歳、智貴さんは21歳、雅紀さんは18歳で、光輝さん以外は大学生らしい。
光輝さんは社会人だそうだ。
「俺がここ借りてスタジオ作ったんだけど、人全然こねーから、ほぼ夢希の練習場なんだよね。」
と言われた。
普通にガツガツ来る人だが、それよりスタジオがかっこよくて、そこまで気にならなかった。
「綺麗になったからスタジオ入りましょう。」
夢希さんはスタジオを掃除していたらしい。
「あ、はい。」
お兄さん達に頭を下げ、スタジオに踏み入れた。
私は目を輝かせた。マイクが5本にギターが2本、ベースが1本、ドラムセットもあり、なんならキーボードもある。
すごい!と思い過ぎて、空いてるドアの前で突っ立ってしまった。
「入りなよ。」
と雅紀さんに言われるまで私はそれに気づかなかった。お兄さん達は少し笑っている。夢希さんは戸惑っていた。
「あ、すみません。」
と言って中に入る。中は肌寒いくらい涼しくて、7分丈できたことを後悔した。

「今日は来てくれてありがとうございます。」
パイプ椅子に座ると言われた。
「今日は僕が理音さんとバンドを組みたいけど、僕なんかでも理音さんが良いか見定めていただくため、お呼びしました。」
カッチンコッチンに緊張してるし、何かの司会のような話し方が可愛い。
「ということで、何かリクエストがあれば、ギターで弾きます。リクエストください。」
「じゃあ…」
ギターがかっこいい曲がいいよね。じゃあ、
「FLAMME」
FLAMMEは、レモクリの中でもギターがかっこいいので有名だ。
情熱を無くした青年が目の輝きを取り戻し輝き出す歌。
「分かりましたFLAMMEですね。いきますよ。」

空気が変わった。
彼の空間になった。
彼の弾くギターはあまりギターの知識が無い私でも凄さが分かった。レモクリに匹敵する。きっといつか超えられる。そんな気がした。
私は彼の空間を支配するようなギターの虜になった。
そして何よりも素敵だと思ったこと、それは彼の表情だった。普段は前髪で隠れてしまった目が見えた時。彼のクリーム色の瞳の輝きが美しかった。楽しそうに笑う口元も素敵だった。
彼とならバンドを一緒に出来る。そう思った。
むしろ私なんかが組んでいいのかという気持ちもあった。

演奏が終わった。
私は精一杯の拍手を送った。
「すごい!すごかったよ!」
私はいつの間にかそう言っていた。
「あ、ありがとうございます。」
夢希さんは照れくさそうに笑っている。
「楽しそうに弾いてるし、とにかくかっこよかったし。それに、チラって見えた目がすごい綺麗で。」
「あ、お世辞じゃないですよね?」
「違いますよ。本当に素敵でした。」
夢希さんも褒められるとそう思うんだな。
「目を褒められたことなかったから。」
「え。」
「あ、すみません。ちなみに、組んでいただけますか。」
「もちろんです。むしろ私でいいですか?」
「はい。よろしくお願いします。」
彼は口元だけ見せて笑っていた。
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
2人で笑い合った。

「お互い自己紹介しましょうか。」
夢希さんが言った。
「綾原夢希、15歳、中学生です。好きなことはギターを弾くこと、得意なことは走ることとプログラミング、苦手なことは野球と歴史、好きな物はレモクリとビー玉、嫌いなものは虫。よろしくお願いします。」
「ビー玉好きなんですね。」
「はい。」
と言って微笑んだ。
「私は、久野理音、15歳、中学生です。好きなことは歌うことと音楽制作とイラストを描くこととキーボード、得意なことはダンスと歴史、苦手なことは体育と数学と英語と掃除、好きな物はレモクリとゴマフアザラシ、嫌いな物は虫です。」
「虫嫌いは同じですね。理音ってりおんって読みそうだけど、りおなんですね。」
「小学校の頃のあだ名がりおんでした。なんでか知らないけど、気に入ってました。」
「そうなんですね。」
ほんとなんでなんだろう。そんな昔を思い出していた。

「今日学校なかったですか?すみません、平日に呼んで。」
今更だし、気にしてないからいいんだけど、夢希さんは大丈夫なのだろうか。
「私、不登校なんです。だから大丈夫ですけど、夢希さんは大丈夫でしたか?」
あっけらかんと笑うことを意識した。相手に気負わせないために。
「そうだったんですね。僕も不登校だから大丈夫です。」
「え…」
夢希さんは何だか抱えていそうだった。私より重いものを。聞けるわけがないけど。
すると、
「言いたくなかったらいいんですけど、理音さんの辛いこと聞きたいです。力になりたいので。バンドメンバーとして。」
優しいな、夢希さんは。
「大したことじゃないですから。」
「そうならいいんですけど、辛さは比べるものじゃないですからね。」
優しすぎる。だからこそ、言えない。
でも、言わないと、空気逆に悪くなるかな。じゃあ、なるべく軽そうに言おう。
「自己肯定感が下がっちゃっただけです。」
説明不足な気しかしないけど、でもそうなんだ。
「自己肯定感下げられちゃったんですか?辛いですよね。僕も下がりましたし。分かりますよ。」
そうじゃない。下げられたんじゃない。夢希さんは下げられた側なんだ。
「夢希さんみたいじゃなく、私のせいですから。」
ボソッと言ってしまった。夢希さんが傷つきそうなワードだったと今気づいた。頭が真っ白になった。怒られたらどうしよう、嫌われたらどうしよう、バンド組めなかったらどうしよう。どうしよう…
そんな私を察したのか、夢希さんが優しい声で話した。
「大丈夫です。傷ついてませんよ。私のせいって言ってたけど、多分理音さんと誰かが食い違っちゃっただけだから、相手にも非があると思うんです。何もかも、一方的に誰が悪いとかないと思うんですよ。」
素敵な考え方だな。そんな綺麗な気持ちで居れるの、すごすぎる。そうだと思えたら、幸せだな。
「私がだらしなかったから、先生をよく怒らせてしまって。だからかもしれないけど。」
私が一方的にだらしなかったから。
「だらしないくらいで怒られる人、いっぱい居たでしょう。理音さんだけじゃないですよ。だから大丈夫。」
まず、話せた人が夢希さんが初めてだったし、こんなこと言ってくれる人も夢希さんが初めてだった。
「ありがとうございます。」
嬉しくて泣きそうな気持ちだった。
「いえいえ。これから何かあったらすぐ言えるような関係で居たいですね。」
「はい。よろしくお願いします。」
そう言って笑った。

後から聞いたのだが、夢希さんのお兄さん達はそんなところを覗き見していて、
「いつまで敬語なの。」
と笑っていたらしい。

その後、
「せっかく来たし歌ったら?」
と光輝さんが焼売を持って言いに来た。
「お昼ご飯焼売でもいい?理音ちゃん。俺焼売温めるくらいしかできなくて。」
「あ、はい。」
相槌を打ったのにかき消される感じでお兄さん達は話し出す。
「光輝よりは料理できると思うんだけどな、たまごサンドくらいは」
「うるさいなー智貴。俺やりたかったんだからいいだろ。」
雅紀さんは静かに笑っていた。

焼売をご馳走になり、カルピスソーダまで貰って、幸せな気分になっていた。

「よし、じゃあ理音ちゃんの歌聞かせてよ。さっき夢希が弾いてたのFLAMMEでしょ。聴きたい。」
雅紀さんが優しく言う。
「はい。ぜひ。」
私が言うと、
「おし、やるかー。」
と、お兄さん達も楽器を持ち始めた。
「え、え?」
私が戸惑っていると、
「あ、兄ちゃん達も楽器できて、理音さんが歌う時絶対やるって言ってて。」
「特に光輝がね」
「智貴もやりたいって言ってただろ。」
「で、光輝兄ちゃんがドラム、智貴兄ちゃんがキーボード、雅紀兄ちゃんがベースやりたいらしいんだけど、いいですか。」
「あ、はい。よろしくお願いします。」
ちょっとびっくりしたけど、楽しそう。
「あ。サポートメンバーだからね。俺ら別でバンドやってるから。2人で仲間見つけなよ。」
雅紀さんに言われた。
「え、あっ、はい。」
少し寂しかったけど、優しさなんだな、と思った。

光輝さんのカウントで曲は始まる。
やはり前奏はかっこいい。ギターもキーボードも、リズム隊の刻み方もかっこいい。
でも歌い始めは静かに少し怖そうな声で。
「何も上手くいかずに
途方に暮れた毎日で
僕がやりたいことなんか
成功しないで終わるのかな
君との夢の話も
それを叶えるための情熱も
心の熱い灯火も
全て灰になって去ってった」
初めて合わせたのに、綺麗にハモってくれてる。スタジオ作るくらい本気の人だし、さすがだな。
「輝きに満ちたあの日の瞳も
腐ってしまったな
あの全て詰まった実も」
サビだ。ここは心の叫びみたいなところだ。
「貴方といて目指した青春も
暑くても幸せだった九夏も
一瞬で線香花火のように
消えてしまった
あの日描いた虹の先も
嵐が通っても笑ってた日々も
貴方が貴方がいなくなったから
育んだ木は朽ちた」
何だか、もう忘れてしまったけど、私にもそんな人がいた気がした。でも、もうその人と育んだ木は朽ちたのだろうな。
「貴方は私のことを
覚えてくれていますか
寂しいけど覚えてくれたら
少しは救われるのかな

あの日熟れそうだった実も
熟れ過ぎて種となった
今頃芽吹いたかな」
サビ。青年の心が動き出していく。
「貴方と育んだ実の中の種が
未来への種だと願うばかり
輝いていたあの頃から
繋がっていると信じたいんだ
あの日願った虹の先も
嵐が通っても笑った夜も
貴方との青春の思い出も
朽ちてないないと信じたいんだ」
ここからはギターソロ。さっき聴いた時の夢希さんに私は感激した私は曲にノリながら夢希さん達を見た。私は彼らのかっこよさ、楽しそうな笑顔を見て、誰かと合わせることの楽しさを知った。もうバンドの完成系なんじゃないかと思うほどだった。
ラスサビに入る。ここからは、青年の世界が輝き出していく。
「貴方と育んだ未来の種も
線香花火ように朽ちてく
別に燃え盛る炎のように
焼き尽くす訳じゃない
でも いつか消えってしまっても
線香花火のように灰にはならない
また新たな未来の種を作って
輝いていくんだ

腐ったようでも消えない灯火」
曲が終わり、皆でガッツポーズをした。
すごい気持ちが良かった。幸せだった。
こんな青春のような気持ちはいつぶりだろう。

「今日は、ありがとうございました。」
帰る時間まで皆ではしゃいだ。楽しかった。
「ありがとうございます。楽しかったです。また連絡します。」
「はい。」
帰る間際に夢希さんと話してると、智貴さんが言った。
「君たちいつまで敬語なの?」
「え、」
「バンドメンバーなんだから、タメ語で行きなよ。」
「そうだよ。あだ名ぐらいつけろよ。」
光輝さんも言う。
あだ名…と考えていると、
「りおん、って気に入ってたって言ってたね。」
と夢希さんに言われた。
「うん。気に入ったよ。」
「んじゃ、りおんにする」
秒で決まった。全員がこっちを見る。
「私は、夢希って字面が好きだから、そのまま呼びたい。」
夢希は目を丸くした。
「いいこと言うじゃん。」
お兄さんが口を合わせて言った。
「ありがとう。」
そう言って夢希は微笑んだ。
「またね。」
そう言って手を振り、私は帰った。

また45分の電車に揺られる途中、夢希からLINEが来た。
「高校の進路とかって考えてる?」
「考えてるけど決まってない。」
するとびっくりするようなことを言われた。
「高校、一緒に行かない?。その方が同じ軽音部入れて、いいし。」

つづく

読んでくださりありがとうございます。
長くなってしまいすみません。
ここからどういう感じになっていくか私もよくわかんないけど、続けて読んでくると嬉しいです。

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