見出し画像

心が溶かされた、入学式。

「もうすぐ一年生になるんだよ」「ランドセルをしょって小学校に行くんだよ。お兄ちゃんと一緒のところだよ」「給食も楽しみだね」・・・。春休みのあいだずっと次男に声をかけていた私。しかし、私こそがわかっていなかった。

在宅の仕事に追われていた3月。その合間に書類書きや持ち物の準備。日々焦りながらやるべきことをこなしていた私には、彼が小学生になるということに対して感慨にふける余裕はなかった。実感が湧いていないことにも気づいていなかった。

入学式の前夜、布団に入った後でそれはやってきた。最初に、お世話になった幼稚園と療育センターの先生方の顔が浮かんだ。優しかった先生方。これからも連絡したり会いに行ったりすることはできるかもしれない。でも、もう常に近くにいて息子のことを気にかけてくれる存在ではないんだな・・・とぼんやり思った瞬間、寂しさと不安が襲ってきた。

ようやく事の重大さを知ったような気持ち。前に進むしかないんだ。


高学年の上の子がいるのに、いまだに小学校という場所に慣れない。小学校に行くときはいつも心細い。先生方、子どもたち、その保護者。関わる機会は少なく、いつまでたっても未知の世界だ。幼稚園の狭くて密な世界とは雲泥の差。

それでも、今までは小学校に行くのは行事や懇談会のときぐらいだったからやり過ごせた。でも次男は。

ひとりで登下校はとてもさせられない。兄に連れて行ってもらうのも、何もなければいいがぐずったときの対処は荷が重いだろう。つまり、当面は私が送り迎えをすることになる。

小学校に毎日足を運ぶ、それを考えるだけで憂鬱になる。


入学式当日、やはり私は心細かった。感染対策として保護者一名と決められており、夫婦で参加できなかったことも大きかった。主役である息子の機嫌が良かったのが救いだった。

やや緊張しながら門をくぐり、写真を撮る。近くで友だち同士並んでポーズを取る光景が目に入り、心がチクッと痛む。でも、もう人と同じ幸せは求めない、そう自分に言い聞かせて教室に向かう。

教室で息子と別れ、親は先に体育館へ。新一年生が列になって入場するのを見ると、我が子がその中にいられるとは思えなかった。でも先生に手を引かれ、ちゃんと入場してきた。

とはいえ、やはりこの雰囲気の中じっとしているのは難しかったようで。開式早々、補助の先生に連れられてそっと体育館を出る息子の姿が見えた。療育センターの卒園式で大荒れした経験から、無理せず退席させてくださいと事前に先生にお願いしていてよかった。体育館に我が子の叫びが響き渡る事態は避けられた。

意外だったのは、途中で彼が戻ってきたことだ。私の席から彼の席は見えなかったが、そのまま終了までそこにいたようだった。大人の話と校歌斉唱の時間を静かに過ごせたことに、少し驚いた。


最大の難関は、式終了後の集合写真撮影だった。この子にはキツいだろうな・・・と思っていたら、案の定ふらふらとその場を離れだした。息子を追って説得を試みてくださる先生。でも彼の気は向かず、私の了承をとってから彼抜きで撮影が行われた。人と同じじゃなくていい。集合写真に入れないくらいなんてことはない。

解散後、先生が声をかけてくださった。できそうであれば息子だけで写真を撮りませんか、とのこと。思いがけない提案だった。大勢の人がいなくなったことで息子もなんとか撮影に応じた。先生方と息子と私の記念写真。先生方はとても喜んでくださり、息子のことをほめてくださった。


小学校というところは、こういう優しさは求めてはいけないところだと思っていた。

写真のことだけではない。席を離れた息子に、声をかけ続けながらも無理強いはせず本人の意思を尊重してくださったことも。それに、後で知ったことだが、式の途中で席に戻ってきたあと彼が静かにしていられたのは、補助の先生が膝の上に座らせてくれていたからだったそうだ。機嫌良く膝に座る顔が想像できる。

一連の心づかいに、がちがちに固めていた心が溶かされたようだった。


体育館から昇降口に向かう途中、集合写真のカメラマンさんが「ポーズかっこよかったぞ」と声をかけてくださった。当たり前のようにカメラマンさんの手を取り歩き出す息子。初対面だろうが自然に甘えられる能力は本当に彼の財産であり武器だと思う。素直に羨ましい。この人懐っこさ、子どもの頃の私にわけてほしい。

カメラマンさんが苦笑いしながらも手を離さずにいてくださったことが、また嬉しかった。


日付変わり、今日。支援級まで迎えに行ったら息子の姿がない。最近マイブームのトイレ見学でもしているのかと思ったらまさにそのとおりで、しかも別の階のトイレまで遠征していた。すでに平常運転。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?