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noteを書く。文章を書く。

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誰かの心になにかを残せる文章を書きたい。「書くこと」についての記事をまとめました。
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#文章力

誰かの心に残る文章を書きたい理由

今月、noteを始めて1年になります。そのうち9か月ほど手をつけていない時期があったので、実質の活動期間はだいぶ少ないのですが、とにかく1周年。 noteを始めた理由は、当時子どもの発達のことでぐちゃぐちゃだった頭の中を整理したかったから。頭の中を飛び交っているさまざまな思いをちゃんとした文章にして外に出したかった。それだけでした。 でも、記事をいくつか書いているうちに、文章を作るのがどんどん楽しくなりました。他のテーマでも書きたくなって、noteのお題なども利用するよう

唐突に終わりたい

いやそれこそ唐突になんなのよって感じですが、noteの話です。 記事を書いていて、締めの文に困ることがよくあります。 本文を書いた勢いのまま一気に書き上げられるときはいいのです。でも、とりあえず書きたいことを書いて一旦止まってしまい、さてどうやってまとめようかと思ってしまうと、もうダメ。 なんとか締めの一文二文をひねり出して記事を終わらせるのですが、無理矢理ひねり出した文ってやっぱり「とってつけた感」があって。読んでくださる方にとってどうかはわかりませんが、書いた本人と

心が動いた場面こそ言葉を尽くしたい。

noteを書いてきて気づいた、自分の書き方の癖のようなものがあります。 心情的なクライマックス、つまりいちばん自分の心が動いた場面ほど、あっさりと短い言葉でまとめてしまうのです。 その場面こそが書きたくてテーマに選んだはずなのに、言葉がなかなか出てこなくて、その時の心情を細かく丁寧に描写することができない。その場面に至る導入部分のボリュームの方が大きくなってしまいがちです。 「書くことそれだけかいっ!」と自分につっこみを入れることもしばしば。で、無理矢理なにか足してみた

「誰かの心に残る文章」のその先

書くことを通して、私は誰の心に何を残したいのだろう。 自分は話すのが下手で存在感を出せない。だから緊張せずにじっくり吟味できる文章によって存在を示したい。また、純粋に言葉に興味があるから、表現を磨いて自分らしい文章を作れるようになりたい。 だから、誰かの心に残る文章を書きたいのだ。 この記事を書きながら、私は私に足りないものに気付いていた。 それは、「誰かの心に残る文章」の具体的なイメージ。 誰の心にどんな文章を届けたいの? 創作をしたいの?ライターになりたいの?

目指したい文章に出会った

noteである方のエッセイを読んで衝撃を受けた。 「衝撃」と安易に書いてしまったけれど、もっと正確に表すと「心がざわついた」とか、「狼狽」とか「羨望」のような。まあ言ってしまえば「賞賛」と「嫉妬」か。 初めて読んだときの気持ちを実況中継したなら「え、なにこれなにこれ。めっちゃ好き。えー、こんなの書いてみたい。いいな羨ましい」、こんな感じ。 引用して紹介・・・どころか、スキすら押せていない。決して100%がポジティブではないこの感情が漏れてしまいそうで、その結果気持ち悪く

小学生時代の読書が、いまの自分の文章力と読解力を作っている

いままでの人生の中で最も豊かに読書を楽しんでいたのは、なんといっても小学生時代。40代になったいま、あの頃本好きでよかった、たくさん読んでいてよかった、と心から思っています。 私の読書遍歴、まとめるとこんな感じです。 幼児期 親に絵本を読んでもらった記憶がない。残っている絵本の記憶は、おそらく字が読めるようになってから自分で読んだときのもの。 小学生時代 休み時間には必ず本を読んでいる子だった。学校の図書室が大好きだった。 中学生時代~ 中学校の図書室が怖くて行けなか