Y氏の話

利息としてのそれ


昔、まだインターネットなんて一般に普及してなかったころ。地域のナゾ雑誌にて「譲ります」「探しています」というコーナーがあり、そういう場で物品のやりとりがおこなわれていた。そして、その雑誌を通じて友人のH氏がカワサキのバリオスを中古で買うことになった。しかし、彼はどうしても2万円足らず、バイトの次の給料まで1週間、お金を貸してほしいと言ってきた。彼は利息として、「ジョイボール」と「パックマンのゲーム」と「BD」をつけると言った。ちなみにこのBDとは、ブルーレイ・ディスクなどではなく、『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』のVHSことである。 あとにも先にも他人にお金を貸すことはなかったが、私はその利息と1週間という期間に魅了されH氏に2万円を貸した。

中学からの友人Y


さて、この映画を譲り受けた話をY氏にしたところ、「是非貸してほしい」と頼まれた。 特に何も気にせず私は了承し、Y氏にそれを貸与した。 それから二週間後あたりだったと思う。Y氏と雑談していたさい、彼は驚くべき一言を発した。

「あ、そうそう。俺、こないだとあるルートからBDを入手してん。良かったら貸そうか?」

無論このBDは『ビューティフル・ドリーマー』のことである。 お前の言う、「とあるルート」は目の前の「俺」。しかも、「入手」はおかしいだろう? その時、私はそう言うべきだったのだろうか。 彼はしばしばその脳内で記憶を捏造する。しかし、捏造とは私側から見た時のことであり、彼は多分本気でそう思っていたのだろう。

とにかく、私の手元に「BDがない」ということだけは、確かな事実である。

そしていま

Y氏は二浪して某芸大に入り、院までいったあとに「ドイツで網戸を売る」と言い残し旅立っていった。我々は彼の失敗を確信しながら見送った。それから20年、彼はベルリンで飲食店を誰かと共同経営している。何年かに一回なにかの手続きの都合で日本に帰ってくる。以前に帰国してきたときは「ダモ鈴木さんがお店に来てくれた」なんて話をしていた。
先日、ダモ鈴木さんの訃報を受け私はY氏に「ダモ鈴木さん残念だったな」と連絡してみた。すると、彼から「ダモ鈴木って誰だっけ?」と返事がきた。

なんとなくY氏に期待していた回答を得た私はそのまま返信をすることなくスルーした。

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