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『ブロックチェーン革命[新版]    分散自律型社会の出現』終章(その5)

『ブロックチェーン革命[新版] 分散自律型社会の出現』が、日経ビジネス人文庫から刊行されました。

・8月5日(水)から全国の書店で発売されています。

これは、終章全文公開(その5)です。

終章(その5)
競争が分散化を進める

 もちろん、このどちらかが純粋な形で実現するとは限らない。両者が共存することも十分に考えられる。
 ただし、私は楽観的だ。なぜなら、オープンな仕組みのほうが、技術革新が進むと信じているからだ。分散的・分権的なもののほうが技術革新を進め、優位に立つ可能性が高い。
 一般的にいえば、多くの人々が関与するほど、技術は強化される。つまり、競争によって進歩が起こるのだ。だから、管理者がいない公開のブロックチェーンほど、さまざまな人々が関与して、技術が進歩する可能性が高い。
 第3章の2で、プライベート・ブロックチェーンは、「ファウストと悪魔の契約」だという言葉を紹介した。民主主義、公開性、社会のフラット化といったものを犠牲にして、コストの削減だけが追求されるというわけである。
 しかし、ゲーテのファウストの物語では、最終的にメフィストーフェレスが負けてしまうことに注意が必要だ。
 また、変化を押しとどめようとしても、インターネットの世界では、外国から新しいものが入ってくるのを止めることはできない。無理やりに止めたとしても、国際競争の中で立ち遅れるだけのことだ。
 だから、仮に通貨において集中型システムが残ってしまうとしても、その他の面ではDAOが成長する可能性は高い。そのような社会が実現することを期待したい。

3 法廷や政治を個人の手に取り戻せるか

裁判を民営化する

 われわれは、ビジネスの組織が変わるだけでなく、政治や行政、そして司法の制度が変わることをも望んでいる。
 現在の制度が機能不全に陥っていると、しばしば指摘される。国の規模は大きくなりすぎて、民主主義の理念は形骸化している。一人ひとりの有権者の相対的ウエイトは小さすぎて、国の政策に何の影響を与えることもできない。裁判は現代社会のテンポに比べてあまりに遅く、現実の紛争に関する有効な解決手段にならない。
 さまざまな制度が理念と食い違っている。しかし、抽象的な建て前論がいわれるだけで、現実は何も変わらない。必要なのは、具体的解決案だ。
 ブロックチェーンの技術は、以上で述べたような(一見意外な)分野においても、重要な役割を果たしうるのである。
 ここでは、ブロックチェーンを用いる2つの提案を紹介しよう。どちらもアイデアの段階だが、ブロックチェーンの利用はビジネスに限らないことを示すものとして興味深い。
 大組織が自らをコントロールできない事件が相次いでいる。本章の2で述べた企業不祥事がその例だ。大組織が大きくなりすぎて、自らコントロールできなくなっている。巨大化しすぎた「恐竜」の問題だ。
 これに対して社外取締役で対処しようという考えがあるが、うまく働かなかった。組織内部の事情は外部からは見えないことが多く、社外取締役では、そもそも問題の所在を把握できないからだ。大組織の問題は、内部通報者によってしか明らかにならない場合が多い。
 しかし、内部告発は難しい。組織の中で犯人探しが行われ、内部告発したことが知られれば、解雇や配置転換など不利益な取り扱いを受けるおそれがある。
 内部告発者の保護のために、「公益通報者保護法」が施行されている。しかし、「公益通報」の対象が限定的であること(刑法、食品衛生法など七つの法律に規定する犯罪行為などに限定されている)、保護の内容が明らかでないことなどの問題点が指摘されている。東芝も、2000年1月に内部通報制度「リスク相談ホットライン」を導入していたが、うまく機能しなかった。
 また、内部告発が権力闘争のために悪用されたり、捏造されたりする場合もあるだろう。
 巨大化した企業のコントロールのために必要なのは、裁判についても、新しい情報技術を利用することである。CrowdJury(クラウドジュエリー)は、そうした提案の一つだ。
 これはクラウドソーシングの手法とブロックチェーンを結び付けたものだ(注)。不正行為などを発見した人は、それを CrowdJury に通告する。
 その内容は公開され、さらにさまざまな証拠や証言が集められ、暗号化されてブロックチェーンに保管される。これによって、変更や破壊ができなくなる。これらの記録の正当性や妥当性を、公募された専門家が審査する。これは、クラウドソーシングの手法の応用だ。
 最終的な判決は、公募される裁判官によってオンラインで行なわれる。彼らも公募される。ただし、どの案件を審査するかは、ランダムな方法によって決められる。このため裁判官に立候補して特定の案件に影響を与えようとしても、できない。また裁判官の数はできるだけ多くする。それによって買収を避けることができる。
 なお、最初の報告者、証拠や証言の提供者、事実の検証者、裁判官は、ビットコインで報酬を得る。すべての証拠や証言は、ブロックチェーンに記録される。
 裁判を民営化するというこのアイデアは、奇想天外な考えと思われるかもしれない。しかし、歴史を遡ると、同様の制度が見られるのである。
 古代ギリシャには、kleroterion(クレロテリオン)という制度があった。これは市民の中から代表者を選び、その合議で決定を行なう政治方式だ。代表者の選定は、氏名を記した金属片を石のスリットに差し込むことによって行われた(この石はいまでも残っている)。
 また、中世のイタリアには、Lex mercatoria(merchant law の意)という制度があった。これは、地中海で貿易を行なう商人の間で、商事上の紛争を審査するための私的な司法制度だ。商人たちによる法廷で運営された。
 裁判は国や地方政府が行なうこともできたのだが、商事上の問題には迅速な判断が必要であった(場合によっては数時間のうちに決着する必要があった)。公的な裁判制度は、こうした要請に応えることができなかったのである。
 このため、商人による裁判が行なわれていた。裁判官には、商事に通じた専門家が選ばれた。審理の期間は2、3日に限定され、書面主義は禁じられた。国はこの過程に口出しをしなかった。蓄積された判決は、法典に編纂されて、商人慣習法となっていった。この制度によって、地中海貿易の繁栄がもたらされた。現代のように、司法を国が独占するのは、決して必然のことではないのである。
 CrowdJury は、恐竜のような巨大組織が自らをコントロールできなくなっている時代における kleroterion であり Lex mercatoria であると評価することができるだろう。
 この提案のホワイトペーパーは、つぎのように言っている。ジェレミイ・ベンサム(1748年~1832年)とジェイムズ・マディソン(1751年~1836年。第4代アメリカ合衆国大統領。「合衆国憲法の父」とされる)は、アメリカ合衆国の制度について、3つのものが重要と考えた。すなわち、郵便制度、検閲のない新聞、そして法廷制度である。これらのうち、郵便と新聞は、情報革命によって大きく変わった。変わらないのは法廷制度だ。
 (注) 従来から企業は「アウトソーシング」を行なってきた。これは、外部の専門家に業務の一部を外注する方式である。インターネットの普及によって、社外の不特定多数の人々に外注することが始まっている。つまり、それまで企業内部の従業員が行なっていた仕事を、公募の形で、不特定、かつ大規模な人々のネットワークにアウトソーシングするのである。応募は自発的に行なわれる。これを「クラウドソーシング」と呼ぶ。「オンライン分散型問題解決モデル」と呼ばれることもある。


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