「オデッサの階段」はいまでもあるか？

2018年8月25日 10:53

　「戦艦ポチョムキン」（1925年）は、ソ連の映画監督セルゲイ・エイゼンシュテインによる、映画史上、空前絶後の作品。
　空前であるのは当然だが、ある意味で絶後でもあると、私は考えている。

　私は、大学生のとき（1962年か63年頃）に、東大駒場祭で見た。「ポチョムキン上映促進会」というのがあって、その団体の主催で上映したのだ（日本初公開は1967年とされているが、これは、一般公開の時点だ）。非常に強い衝撃を受けた。
　それ以降、何度も見た。いまはなき日劇アート・シアター（有楽町、日劇前の地下にあった名画座）で見たこともある。

　サイレント映画だが、第2次大戦後に、ショスタコーヴィッチの交響曲第5番「革命」を用いたエディションが作られた（この映画のために作られた曲ではないかと思われるほどうまくマッチしている）。「オーケストラによる演奏付き」上映というのも見たこともあるが、このときは別の曲だった。　いまは、DVDで誰もが簡単に見られる。Yutubeでも全編見られる。

　1905年、ロシア黒海艦隊の戦艦ポチョムキン号で水兵の反乱が起きた（ただし、史実では、反乱はすべて鎮圧された）。

　犠牲となった水兵ワクリンチュクを弔うオデッサ市民の長い列が続く。
　どこまでも途切れない様が、空中からの連続撮影で映し出される。いまでは、こうした画面は決して作れない。これは、ソ連でないと作れない映画だ。

　オデッサの市民は、階段に集まって、反乱の成功を祝った。
上の写真は、その当時のオデッサ階段。登り切ったところに立っているのが、Duc de Richelieu（フランス復古王政時代の政治家）の銅像（下の写真のように、映画で後ろ姿がでてくる。きわめて印象的）。

　群衆の背後から、ツアーの軍隊が襲い掛かって、大虐殺を始めた（ここに描かれたとおりのことが実際に起きたわけではないようだが）。

　老婦人が、「射撃を止めてもらうようお願いしましょう」と周りの人々を誘って兵士に嘆願する。何と愚かな人々！
　素手で嘆願したところで、ツアーの暴政が終わるはずはないのだ。
実際、この人たちは、つぎの一斉射撃でなぎ倒されてしまう。

　暴力には暴力革命しか手段がない。きわめて直截的なメッセージだ。

　ポチョムキン号は、ツアーの軍隊の残虐行為に応えて、艦砲射撃を行なう。目標は、敵の本拠であるオデッサ歌劇場。
　崩壊する歌劇場。そして、3枚のライオンの像が映し出される。

　寝ているライオン、目覚めたライオン、そして、前足で立ち上がったライオン。
　エイゼンシュテインは、これによって、目覚めた民衆の怒りを表現した。
　これが、モンタージュ技法だ。
　たった3枚の静止画像で、ロシア革命を正当化し、民衆を扇動したのだ。

　本物のライオンが吠えたところで（メトロ・ゴールドウィン・メイヤーの商標のように）、あるいは、ティラノサウルスが立ち上がったところで（ジュラシックパークのように）、これほどの効果を期待することはできない。

　ところで、オデッサ階段はいまもあるか？
　ある。市の中心にあって、「ポチョムキン階段」と呼ばれている。下のグーグルアースの写真のほぼ中央にある半円形の広場が、銅像の広場。
　歌劇場は、左上の隅にある。

　ここをクリックすると、この辺りを上空から観察することができる。地上に降りて歩き回ることもできる。

　地上から階段を見ると、少し幻滅するかもしれない。先に示した昔の写真のほうがずっと優雅だ。自動車がのさばって駐車場ができると、景観は台無しになる。

　ポチョムキンの砲撃で崩壊した（はずの）歌劇場も健在。ここをクリックすると辺りを散歩できる。

　ただし、Duc de Richelieuの銅像のある広場から300メートル位うしろ。しかも、下の写真で分かるように、海に背を向けている。
　だから、目視では砲の標準を合わせられないはずだ。映画のように初撃で劇場を崩壊させることなど、到底できまい（しかし、もちろん、観客はそんなことに気を留めている暇などない）。

　映画では、劇場は銅像広場のすぐ後ろで、しかも正面が海に面しているように見える。私はずっとそう思っていたのだが、今回マップで調べてみて、そうでないと分かった。

　映画の後半は、ポチョムキンの水兵たちが、艦隊との決戦に向けて駆け回る場面だ。エイゼンシュタインは、鎮圧に出動した黒海艦隊が、ポチョムキンに威嚇砲撃をする場面を予定していたようだ。
　しかし、実際にはこの場面は撮影はできなかった。映画に黒海艦隊の戦艦がでてくるが、これは、ドイツ艦隊の映像を借用しているだけらしい。

　黒海艦隊の基地セヴァストポリSevastopol軍港を、空から見よう。