見出し画像

『ブロックチェーン革命[新版]    分散自律型社会の出現』序章(その1)

ブロックチェーン革命[新版] 分散自律型社会の出現』が、日経ビジネス人文庫から刊行されました。

・8月5日(水)から全国の書店で発売されています。

これは、序章全文公開(その1)です。

序章(その1) ブロックチェーンが地殻変動を引き起こす

 ブロックチェーン技術が引き起こす社会変動はあまりに根源的なものであるため、全体像をつかみにくい。この章の目的は、それを明らかにすることだ。

 ブロックチェーンは、これまでの情報技術とどこが違うのか? 何ができるのか? 変化の本質は何か? それは社会をどう変えるのか? こうした問題について、簡単なスケッチを描いておこう。

人や組織を信頼しなくても安心して取引ができる trustless system

 ブロックチェーンとは、電子的な情報を記録する新しい仕組みである1。

 重要なのは、つぎの2点だ。第1は、管理者が存在せず、自主的に集まったコンピューターが運営しているにもかかわらず、行なっている事業が信頼できることだ。第2は、そこに記された記録が改竄できないことである。

 ブロックチェーンに関する文献で、しばしば trustless system という言葉が登場する。これは、「信頼できないシステム」という意味ではなく、「個人や組織を信頼しなくても安心して取引ができるシステム」という意味だ(trustless trust system という言葉が用いられることもある。こちらのほうが正確だ)。

 このようなシステムは、ブロックチェーンによってはじめて可能になった。それは、大変大きな変化だ。

 これまで、経済取引は、相手を信頼しないと成り立たないと考えられていた。このため、どんな事業でも、必ず管理者がいた。その人が事業のすべてについて責任を持つ。管理者を信頼できると考えられれば、人々はその事業を信頼できると考えて、取引しようとする。単に人々が集まっているだけでは、問題が生じたとき、誰を相手に交渉したらよいか分からない。そのような組織とは、人々は取引しようとしなかった。

 ところが、ブロックチェーンを用いた事業では、事業の進め方はプロトコルとして定めてある(「プロトコル」とは、コンピューターが従うべき手順の規則集)。コンピューターは、それにしたがって情報を処理する。したがって、管理者が存在しないにもかかわらず、信頼できるのである。これは、それまでの常識を完全に打ち破るものだ。多くの人々が「ビットコインは怪しげなものだ」と考えたのは、この発明があまりに革命的だったからだ。

 電子的なデータは、簡単に書き換えることができる。このため、あるデータが正しいデータかどうかを確かめられない。たとえば、提出された書類が電子的な形態のものであると、それが正本なのか、書き換えられたものかを判断できない。

 紙の書類で印が押してあれば(あるいはサインされていれば)、正しいものだと認められる。しかし、デジタルな文章を電子メールで送っても、普通は信頼してもらえない。このため、電子的な手段だけで取引を完結するのは難しい。

 ところが、ブロックチェーンにいったん書き込まれたデータは、書き換えることが(事実上)不可能なのである。このため、そこに書き込まれているのは正しいデータだ。

 ブロックチェーンが登場するまで、信頼性をチェックされていない人々が集まって信頼が必要とされる事業を運営するのは、不可能と考えられていた。これは、コンピューター・サイエンスにおいて、「ビザンチン将軍問題」として知られていたものだ(これについては、第1章の1で説明している)。

 その問題が、ブロックチェーンによって解決された。コンピューター・サイエンスにおける画期的なブレイクスルーだ。これは、きわめて巧みな仕組みによって実現されている。この仕組みがどんなものかは、第1章の1と2で説明する。なお、第3章の2で述べる「プライベート・ブロックチェーン」は、以上で述べたようなものではない。管理者が存在し、取引に当たっては、その管理者を信頼する必要がある。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?