リブラによる国際的資金の移動は、望ましくないことか?
FTのラナ・フォルーハー が、「リブラが助長する投機」で、 「リブラが使われるようになれば、国際的な投機を助長する」としている。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO47956170Q9A730C1TCR000/
確かに、そうしたことが起こる可能性はある。国境を越える資金移動がより自由になれば、さまざまな可能性が広がる。広がる可能性の中に、「投機が容易になる」ことが含まれるのは、間違いない。
歴史的に見ても、1980年代以降、国際的な資金移動は自由化されてきた。それによって、世界的なバブルが継続的に発生してきた。1990年代末のアジア通貨危機、2000年代のアメリカ住宅バブル、ヨーロッパでの住宅価格バブル等々である。
しかし、国境を越える資金移動が自由になることによって広がる可能性は、投機だけではない。
ベネズエラでは、ハイパーインフレが発生した。その結果、国民は自国通貨でモノが買えなくなり、蓄財してきた資産も無価値になった。そして、多くの人々が国外に逃げ出している。
仮にベネズエラでリブラが使えるならば、安全な決済手段が得られることになり、国民はハイパーインフレの災厄から逃れることができるだろう。
結局のところ、この問題は、マーケットの調整に委ねるのがよいのか、それとも政府や中央銀行の管理に委ねるのがよいかという問題に帰着する。
この問題は、これまでもあったものだ。リブラは、それを鮮明な形で人々に突きつけているに過ぎない。
フォルーハーの論理は、「マーケットの調整に委ねれば投機が起きるから、政府や中央銀行の管理に委ねるべきだ」というものだ。しかし、ベネズエラの例に見られるように、政府や中央銀行の管理に委ねたために、より深刻な問題が起きる」という場合がある。現実には、その可能性のほうが大きい。
必要なことは、マーケットの自由な取引は促進し、他方で、バブルをコントロールできるような施策を実行することだ。資金の国際間移動を制約することではない。それは、時計の針を過去に戻そうとする試みだ。
フォルーハー的論理を進めていけば、1980年代以前のような国際間資本移動は厳しく制約すべきだということになる。それは、世界的に適切な資源配分を阻害し、結局は世界経済を衰退させることになるだろう。
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