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『リモート経済の衝撃 』:全文公開 はじめに

『 リモート経済の衝撃』(ビジネス社)1月21日に刊行されました。
これは、はじめに全文公開です。

はじめに

 リモートワークとは、離れた場所にいる人々が、あたかも同じ場所にいるかのように協力して仕事をすることだ。
 技術的には以前からできたが、新型コロナウイルスの感染拡大で多くの企業が在宅勤務を導入したことから、一挙に広まった。
 在宅勤務以外にも、リモート面会や面接、オンライン営業などが広がっている。さらに、オンライン教育、遠隔医療、遠隔支援などで、大きな可能性を開きつつある。
 仕事だけではなく、私的な会合がリモートで行なわれる場合もある。また、レジャーでのリモート化も広がっている。
 いままではSFの世界にしかなかったものが、急速に現実化しつつあるのだ。これは、コロナ後においても残るニューノーマル(新常態)の核心となるだろう。

 リモートワークを行なうためには、相手がこの方式を受け入れてくれなければならない。1人では、いくらがんばってもできない。社会全体が、これをごく普通の仕事の方式と評価する必要がある。
 コロナの影響で多くの人々の考えが急転換し、リモートワークを正常な働き方として認めるようになった。このことの意味は極めて大きい。
 ところが、日本にはリモートワークを「コロナ期におけるやむをえない手段」と考えている人がまだ多い。実際には会って仕事をすべきだが、コロナで人々の接触が制限されているため、やむをえず認めるという考えだ。その意味で一時的な現象であり、ネガティブなものだと捉えている。
 あるいは、リモート化を「巣ごもり」という人がいる。これは、「世間とのコンタクトを断つ」という消極的な評価だ。
 しかし、リモートとはリアルの代替物ではなく、新しい大きな可能性を開くものだ。このことは、すでに企業の業績に現れている。
 GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック〈現メタ・プラットフォームズ。以下、メタと表記〉、アマゾン)と呼ばれるアメリカの巨大IT企業が著しく成長していることはよく知られている。急成長の秘密は、移動しなくても仕事ができるサービスを提供していることだ。
 それに対して、鉄道や航空会社など移動サービスを提供する企業は、深刻な業績悪化に直面している。もちろんこれにはコロナの影響が大きいのだが、コロナが終息しても完全には元には戻らないものと考えられる。産業構造は、リモート化によって大きく変わりつつあるのだ。
 日本がリモートの広がりを一時的なものと考えて対応を誤れば、技術の大きな転換に再び乗り遅れるだろう。
 最初の乗り遅れは、インターネットを中心とするIT革命だった。世界的な規模で情報通信のコストが劇的に低下したために、さまざまな新しい活動が可能になった。GAFAがその代表だが、中国もインターネットの活用によって劇的な進歩を遂げた。
 ところが日本は、1980年代頃までの大型コンピュータの体系から抜け出すことができず、新しい経済活動に対応することができなかった。日本経済の成長率の低さが問題とされているが、その基本的な理由はここにある。
 リモートワークは、大量の情報をインターネットを通じて送ることによって可能になるものだから、IT革命の延長線上にある。ただし、これまでのインターネット利用とは質の異なる新しい世界を切り開きつつある。
 デジタル化が必要といわれる。デジタル化がもたらす変化の核心は、リモートワークを可能とし、かつ効率化することだ。世界はその方向に向けてすでに大きく変わり始めている。そして、それによって生産性を高めようとしている。
 日本がリモート化に無関心であれば、日本の立ち遅れはますます顕著になるだろう。それに対して強い危機感を抱かざるをえない。
 この変化を前向きに捉え、日本の経済と社会の構造を変えていくことが、是非とも必要だ。それに成功すれば、さまざまな可能性を開いていくことができるだろう。
 例えば、組織に頼らずに独立して仕事をすることが可能になる。あるいは、兼業、副業が容易になる。そして、人生100年時代に対応した柔軟な働き方を実現していくことができるだろう。さらに、これまで就業の機会に恵まれなかった人々が、就業の機会を得るだろう。また、真の意味での地方活性化もできる。
 こうした新しい動きが広がることによって、立ち遅れた日本を再生できることが期待される。

 各章の概要はつぎのとおりだ。
 第1章では、第2次大戦後の技術の大きな傾向の変化を振り返る。交通機関が著しく発達して生活や経済活動が大きく変わったこと、しかし「移動から通信へ」というシフトが1980年頃に起きたことを見る。
 「リモート」とは、リアルタイムで双方向、そして音声だけでなく動画の通信が行なわれることだ。

 第2章では、遠隔支援の最先端技術を見る。「スマートグラス」という眼鏡を装着すると、周囲の映像を遠隔地と共有できる。ARグラスやMRグラスは、これをさらに進めたものだ。グーグルが開発中のProject Starlineでは、遠くにいる人同士がまるで目の前にいるかのように話し合える。
 メタは、会議などを仮想空間「メタバース」で開くサービスを開始した。リモート会議としてはホログラムを用いるものもある。
 メタバース計画には、メタだけでなく、さまざまな企業が参入し、あるいは参入を計画している。ブロックチェーンの新しい技術であるNFT(非代替性トークン)を利用して、仮想空間内の経済取引を実現しようとする計画もある。

 第3章では、在宅勤務の動向を見る。テレビ会議をごく普通のことと考える「社会的ルールの大転換」 が起きたことが重要だ。在宅勤務だけでなく、営業活動などにもリモート化が広がっている。
 ただし、日本の在宅勤務率は、諸外国に比べて低い。これは、組織における仕事の進め方がリモートに合わないからだ。勤務評価の基本を成果主義に転換する必要がある。

 第4章では在宅勤務の評価を行なう。在宅勤務では、対面の場合ほどの情報を伝えられないといわれる。だが、集まるためのコストを考慮すれば、これまでのリアルな会合をテレビ会議に切り替えるべき場合が少なくない。
 在宅勤務では何気ない会話がないため、アイディアが出にくいともいわれる。創造的な活動において、非公式の会話が重要な役割を果たすことは間違いない。シリコンバレーへの先端IT企業の集積が、それを示している。
 しかし、オフィスで非公式な接触があっても、必ずしもアイディアが生まれるわけではない。仮に生まれても、日本の組織はそれを殺してしまうことが多い。逆に、オンラインの接触からアイディアが生まれることもある。今後、さまざまな働き方を模索することが必要であることを指摘する。
 コロナが終息しても、コロナ前とまったく同じ働き方が復活するわけではない。オフィスと在宅勤務のハイブリッドが採用されるだろう。
 リモートは、国際的な活動可能性を広げる。日本に住んだままでアメリカの企業に勤務することが可能になった。また、企業は全世界から優秀な人材をリクルートできる。距離が消滅したあと最後に残るのは言葉の壁だが、それが克服されれば、国際間の在宅勤務が行なわれるようになる。これらが日本社会を根底から変えうることを指摘する。

 第5章では、遠隔治療について見る。最先端では、目を見張るばかりの技術が開発されている。また、医療先進国は、コロナ禍で遠隔治療を拡充した。
 ところが、日本では医師会の反対のために遠隔医療はほとんど利用されていない。深刻な高齢化が進む日本で、遠隔医療はもっとも重要なインフラであり、その拡大が急務であることを強調する。

 第6章では、オンライン教育について見る。日本では基礎教育段階のオンライン教育は、公立校では進展しなかった。「GIGAスクール構想」による機器の配布は必要だが、それだけでは十分でない。
 大学教育をオンラインだけで行なうことに対して、学生からの不満がある。では、オンラインでできないこととは、一体何なのだろうか?
 オンラインセミナーはラジオやテレビのような一方向の伝達でなく、一体感をもつ人々とのコミュニケーションだ。したがって、リアルな講演やセミナーの代用品ではなく、新しい可能性を開けることを指摘する。

 第7章では、「移動から通信へ」という変化を、企業業績で捉える。交通関連企業の業績が落ち込む反面で、新しく登場した「リモート関連企業」が目覚ましく成長している。なかでもGAFAやZoomに代表されるアメリカIT企業の躍進が著しい。
 企業が出張を見直してテレビ会議などに切り替えているので、コロナが終息しても、出張費は元に戻らないだろう。このため、JRをはじめとする鉄道会社は、コロナ終息後も厳しい状況に直面し続けるだろう。リモート技術が利用できる時代に、そもそもリニア新幹線は必要なのだろうか?

 第8章では、さまざまなオンライン化を見る。結婚式や葬儀などがオンライン化されているし、管理組合の会合や株主総会のオンライン化も進む。オンラインでの非公式な集まりやレッスンも広がっている。音楽や演劇では、オンラインとリアルのハイブリッドが必要だ。バーチャルツアは、大変面白い。なお、日本のオンラインショッピングの利用率は、世界平均より大分低い。

 第9章では、まず「マネーのリモート化」について述べる。資金を遠隔地に送る仕組みの基本は、中世に作られた「為替」であること、電子マネーも基本的には為替と同じ仕組みであることを指摘する。銀行システムにまったく依存しない送金は、仮想通貨によって初めて可能になった。中央銀行デジタル通貨や、メタが発行を計画するDiemの役割が注目される。
 政府は「脱印鑑」を約束したが、「実印と印鑑証明」という仕組みに、依然として多大な労働力が使われている。デジタル時代の本人確認には、マイナンバーカードのような中央集権型方式のシステムでなく、ブロックチェーンを使う「分散型ID」の仕組みを導入すべきことを主張する。
 ブロックチェーンが関係する新しい技術には、華々しい脚光を浴びて投機の対象となるものが多い。一方で、分散型IDのように、投機の対象とはならないが、安全な世界を実現するために不可欠なものもある。こうしたことに社会的な関心が高まることを期待したい。

 第10章では、リモート技術の活用による日本再生の途をさぐる。組織外とのコミュニケーションが活発化することによって、日本の組織が外に向かって開けたものになることが期待される。また、テレビ会議などを利用して、独立して仕事をしたり、副業・転業ができる。こうして、人生100年時代に、いつまでも仕事を続けることが可能になるだろう。また、真の意味での地方活性化が可能になるだろう。
 リモート化は働く者の味方だ。それによって組織依存から脱却することが、日本を再生させることを強調したい。

2021年12月_野口悠紀雄  



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