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『中国が世界を攪乱する』全文公開:終章の3

中国が世界を攪乱する』が東洋経済新報社から刊行されます。
・5/7(木)~5/20(水)電子書籍版の先行販売(3割引)
・5月22日(金)に全国の書店で発売します。

これは、終章の3全文公開です。

3  コロナウイルスが提起した本質的問題

国のあり方の基本が問われている
 コロナウイルスはいつかは終息するが、そのまま忘れ去られてしまうものではありえない。
 これによって、平時には取り立てて議論されることはなく放置されてきたものごとの本質に対して、あからさまな問題が投げかけられたのだ。基本問題を覆い隠し続けることができなくなった。
 第1は、言うまでもなく中国の国家体制だ。
 2020年3月になってから、ヨーロッパやアメリカで感染の爆発的拡大が生じた。
 他方で、中国での感染状況は次第に収まり、2020年4月初めに武漢市の封鎖が解除された。封鎖が行われていたその他の地域でも、解除が進められた。生産活動も徐々に再開された。
 中国は、さらにヨーロッパにも援助の手を差し伸べようとしている。
 疫病をコントロールできるのは、強権・管理国家だった。これは、われわれの基本的な価値観を覆すものだ。
 コロナウイルスは、これまで意識することの少なかった国家の基本体制という問題に、われわれの目を、否応なしに向けさせた。

悪夢のような欧米の状況
 ヨーロッパ、とくにイタリアやスペインがどうしてこのような状況になってしまったのか?
 イタリアでは医療体制が崩壊した。
 スペインでは、死体の火葬が追いつかなくなり、アイススケート場を臨時の遺体安置所にしているそうだ。
 カミュの小説『ペスト』に、死者の埋葬を機械的に片付けていく場面がある。まさにこれと同じような状況になってしまっている。
 スティーヴン・キングの小説に『ザ・スタンド』という作品がある。
 これは、軍の研究所から致死率の高いインフルエンザウイルスが流出してしまい、世界中のほとんどの人が死亡してしまうというホラー小説だ。
 こんなことは現実にはありえないと、いままで思っていた。しかし、イタリアやスペインの状況を見ていると、それが現実に起こっているという恐怖に襲われる。
 悪夢を見ているような気持ちだ。

医療制度の基本が問われている
 いままでうやむやに放置していたさまざまな問題が、浮かび上がっている。
 一つは、医療制度の問題であり、医療保険の問題だ。
 アメリカは、公的な医療保険が極めて貧弱で、民間の医療保険が中心だ。保険料が高いので、医療保険でカバーされていない人が低所得者には多い。
 オバマ前大統領はこれを改善するため、「オバマケア」という保険制度を導入した。しかし、トランプ大統領は、就任当初から撤廃を訴えてきた。完全な撤廃には至っていないが、制度の一部を見直し、加入の義務を事実上廃止したとしている。
 検査を受けると多額の費用を請求されるので、検査が受けられないという事情もあると言われる。
 この問題は、アメリカ大統領選挙において重要なイシューとして議論せざるをえないだろう。
 イタリアの場合には、財政赤字と累積債務を減らすため、医療費の削減がなされた。そして、民営化政策がイタリアの公的医療制度を弱めてしまったと指摘されている。
 ドイツとイタリアでは、死亡率に顕著な違いがある。医療体制の差がこうした現象を生んでいるのだろうが、詳しい検証が必要だ。

EUは何もできなかった
 こうした中で、EUはイタリアやスペインを助けられなかった。
 EUがやったことといえば、さまざまな規制で各国政府が迅速な対応をとるのを遅らせたくらいだ。これまでEUは強い財政ルールで参加国の経済政策に制約を加えてきた。
 2020年3月中旬に、やっと財政規制を緩和した。各国政府は、これで財政措置などをとれるようになった。
 コロナウイルス問題が過ぎ去ったあと、EUがこれまでの形で存続しうるとは思えない。
 WHOも、いまの体制のままでは存続できないだろう。1月30日に緊急事態宣言を出したものの、国際移動を制約する必要はないとした。あの時点で中国からの旅行客を制限できていたとすれば、事態はまったく違うものになっていたはずだ。

日本は事態の深刻さにまだ気づいていない?

 本稿執筆時点において、日本は何とか爆発的な拡大を防いでいる。しかし、これを今後も継続できるのかどうか、まだ保証がない。
 検査が十分でなく、症状のない感染者が多いのではないかという指摘もある。
 そして本当にオーバーシュートが起きてしまうと、病床数が不足するとされている。そうした状況に陥らないことを、心から願うしかない。
 それにもかかわらず、格闘技イベント「K‐1」が2020年3月22日、さいたま市で開かれた。タイでは、格闘技「ムエタイ」の競技場で、コロナの集団感染が発生した。感染者は128人と、タイ全体の約2割に上ったと報道されている。同じことが、日本でも起こらないとは言えない。
 日本の感染増加の状況が欧米に比べれば緩やかであることから、油断が広がっているのではないだろうか? 2020年3月20日から22日にかけての3連休には、花見客が公園に押し寄せた。
 コロナウイルスの恐ろしいところは、感染しても発症しない人が多いため、平気で出歩いて感染を広げることだ。

日本の株価対策は宇宙人向けのものか?
 こうした状態にあるのに、一時落ち込んだ株価は、再び反発したりしている。
 アメリカのコロナ感染者数が世界一になった日に、ダウ平均は続伸した。日本でも、感染第二波が到来するというのに、日経平均が上昇。株式投資をする人は不死身の宇宙人なのかと思ってしまう。
 日本で株価が上昇するのは、日銀がETF購入を行って、買い支えているからだ。
 しかし、人々は、緊急事態に対応するために、資産の構成を変化させようとしているのだ。そして、その行動には必然性がある。だから、こうした行動を止めようと努力しても、まったく無意味なことだ。
 日銀がいま全力をあげるべきは、流動性の供給だ。
 

    自由を守りつつ、しかも疫病を制御する。それが日本で実証されることを願って止まない。
 そして、われわれの社会は、疫病をコントロールする技術も持っているし、その技術を他の目的のために濫用しないよう、権力にチェックをかけられる社会でもある。このことも一日も早く実証されるよう、心から願う。


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