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『入門 米中経済戦争 』:全文公開 第6章の1

『入門 米中経済戦争 』(ダイヤモンド社)が11月17日に刊行されました。
これは、第6章の1全文公開です。

第6章 中国金ぴか時代の終わり?

1 中国IT産業政策に地殻変動

アントの上場が突然停止に
 中国の対IT企業政策に非常に大きな変化が生じつつある。それが最初に現れたのが、アリババの傘下会社で電子マネー「アリペイ」の発行主体であるアントの上場停止事件だった。
 アントは2014年に設立されたばかりだが、その企業価値は約1500億ドルにもなると言われていた。これは、日本の三大メガバンクの時価総額の合計より大きい。アントは20年11月に香港と上海市場に上場する計画を進めていた。これによって345億ドルという史上空前規模の資金が調達できると考えられていた。これは、みずほフィナンシャルグループの時価総額に相当する額だ。
 ところが上場予定日直前の11月3日に、当局が突然介入し、上場が停止されてしまった。
 アリババ創始者のジャック・マー氏が、当局に対して批判的なコメントをしたのが原因だったと言われた。しかしこれは、失言というような単発的事件ではないことがその後はっきりした。これは、中国共産党と民間企業の間の深い原理的対立と矛盾が表面化したものだったのだ。

共産党の逆襲
 中国の改革開放政策は、鄧小平の「抓大放小(大企業は国家が掌握し、小企業は市場に任せる)」という基本方針に従って行なわれてきた。eコマースはあまり重要な産業と見なされなかったため、民間に任され、自由な経済活動が認められた。アリババやアントが急成長できたのは、規制があまり強くなかったからだ。
 ところがその後、インターネットの普及に伴ってeコマースが急成長し、アリペイも極めて多数の人が使うものとなった。その利用者数は10億人を超すと言われている。
 アリペイを運営しているアントは、詳細な取引データを手に入れられる。アントはこれを用いて信用スコアを作成し、それを融資の判断に使った。ここから膨大な収益が得られた。前述した巨額の企業価値は、このようにして実現したのだ。
 こうした事態は、中国共産党が考えていたのとは異なる展開であった。そして、共産党は、金融や情報を国家の手に取り戻すための方策を進めてきた。規制は徐々に強化されてきたのだ。
 自由な経済活動によってこそ経済が発展するのであれば、国家がすべてをコントロールするという共産党の基本的な理念に反してしまうことになる。現在のままの状況が続けば、共産党は市場経済の中に埋没してしまう。
 自由な経済活動と共産党の理念は、もともと相容れないものだ。どこかで衝突が起きるのは必然だった。アントの上場停止事件は、その最初の現れだったのだ。



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