【勝つべくして掴んだ格別の勝利】2023 J3第31節 松本山雅×長野パルセイロ マッチレビュー
スタメン
前節は岩手に大敗を喫してしまった松本。ダービーに向けてスタメンを3人入れ替えてきた。出場停止明けの安永玲央、コンディションが整った山本龍平、復帰後初先発となる山口一真である。最も注目が集まったのは山口一真だろう。八戸戦も途中出場から別格の存在感を見せて逆転勝利に貢献。おそらく時間限定だろうが、スタメンとしてどんなプレーを見せてくれるか期待されていた選手だ。
一方の長野は監督交代後2勝3分1敗と息を吹き返してきた。シュタルフ政権の終盤はやや崩壊しかけていた守備の立て直しに成功したことが一因だろう。また、監督交代後に選手起用でも大きな変化が見られていることも取り上げておきたい。特筆すべきはボランチと1トップ。宮阪・加藤というベテランがタクトを揮っていたポジションに、原田と西村という若くポテンシャルのある選手が並ぶ。また、1トップにはアカデミー出身で10番を背負う山中が起用されるようになった。前体制では出場機会を失っていた選手たちがポジションを掴むことは監督交代で往々にして起こることだが、長野でも顕著にその傾向が見て取れる。
その他だと、今治戦の一発退場以降ポジションを失っていた大野が復帰していることもポイント。
修正が詰まったハイプレス
長野のシステムは3-4-2-1。前節敗れた岩手と同じである。
そして前節苦しんだ要因の1つはプレッシングがハマらなかったこと。その部分に明確な修正が見て取れた。
今季の松本は3バックの相手に対して、小松蓮+菊井悠介+ボールサイドのサイドハーフという3枚を当てるのが通例になっている。ただ、シーズンが進むに連れて強烈なハイプレスから、やや全体の重心を下げたミドルプレスに移行していくに連れて、サイドハーフの役割が曖昧になっていた。
ボールサイドのセンターバックに寄せるのか、ウィングバックまで戻るのか。相手の立ち位置や味方との距離感、ボールの動かし方を観察して判断を迫られる場面が増えていた。
野澤零温・村越凱光という両サイドハーフは直線的なスピードとスタミナを備えている反面、これまでのキャリアで慣れていないことも影響してか、自身のポジショニングで背後を消すような”寄せない守備”はやや苦手に見えた。結果的にプレーに迷いを生むことになり、彼らの最大の特徴であるスピードも緩めざるを得ないことが多かった。
そういった反省点を考慮してか、この試合ではハイプレスの設計が非常にシンプル。シーズン序盤に見せていたような徹底したハイプレスを敷き、長野の最終ラインがボールを持てば迷いなく2トップ+SHが襲いかかる。その動きに呼応するように安永玲央と米原秀亮は長野のダブルボランチまで寄せていくし、サイドハーフが相手センターバックまで出ていった背後はサイドバックが縦ズレしてくる。
当然全体の重心を前に置くことになるのでカウンターを受けるリスクも孕んでいるのだが、それを承知の上で相手を飲み込むような勢いを持って立ち上がりから襲いかかった。
長野側は面食らったはずだ。ここ数試合見せていた様相とは全く違う松本のハイプレスに。加えてアルウィンの大声援。最終ラインでボールを持つだけでブーイングが飛び、パスミスが起こればスタジアムからは拍手が起こる。やりづらいに決まっている。
「飲まれている」
DAZNの映像で見ていても感じられる状態だった。
おまけに長野の自陣ペナルティエリアから丁寧に繋いでくビルドアップは、松本の人を捕まえるようなハイプレスとの相性が最悪だったと言っていい。パスを繋ごうにもパスコースすべてを松本の選手に抑えられている状態で、苦し紛れに出した縦パスをインターセプトされてショートカウンターを食らってしまう。そもそも自陣から抜け出すことすらままならない時間が続いていた。
松本がリスクを負って前がかりに来ていたのだから無理に繋がずロングボールを選択すればよかったのにとも思う。だが、そういった冷静な判断ができなくなるのが雰囲気に飲まれるという状態なのかもしれない。
規律の中で輝く山口一真
劇的なゴールを挙げた野澤零温がMen Of The Matchに選ばれたが、個人的には山口一真だったと思っている。
中継していたアナウンサーの方が、まだ60%の仕上がりという山口一真本人のコメントを紹介していた。実際にプレーを見てみると、まだまだシュートの場面で強振することに抵抗感がありそうだったり、コンディションが完全に戻ってきているわけではなさそうだ。
それでも、止める・蹴るの基本技術の高さ、寄せられても簡単には奪われない身体の使い方、プレーの端々から”別格”であることを強く印象付けられたと思う。
中でも特筆したいことが2つ。
1つは規律の中で見せた自由、そして状況判断の正確さ。
最初の「規律の中で見せた自由」について。
山口一真が入った時に左サイドハーフは、どちらかというと菊井悠介が左サイドハーフに入った時に似ている。基本の立ち位置を内側に取りつつ、1トップやトップ下と絡みながらフィニッシュに持ち込んでいく。
そんな中で山口一真はフリーマンとして振る舞いながらも、規律を失わなかったのが大きな相違点。
ここでの規律というのはプレーするエリアについて。
菊井悠介が左サイドハーフに入ったときや、時代を遡ればセルジーニョだったり。ある程度の自由を許されたフリーマンとしてプレーする選手は存在した。ビルドアップの出口としてボールを引き出して、サイドに展開して、ゴール前に駆け上がってフィニッシュにも絡んでしまう。スーパーな選手たちだ。
しかし、彼らがフリーマンとしてプレーする時に抱える最大の問題点は、”自由すぎること”である。あまりにも神出鬼没、ピッチ内のどこにでも顔を出すので、チームとしての陣形バランスが崩れてカオスになってしまうのだ。なのでボールロストしたあとのカウンターでピンチを迎えることも少なくなかった。
その点、山口一真はやや内側に絞ってハーフレーンを立ち位置とすると、基本的にそのレーン上でプレーしていた。ビルドアップの出口になろうと、常田克人に近づいてボールを引き出すこともあったが、その時もあくまでハーフレーン内で受ける。常にこのレーンを上下しつつ、大外のレーンは山本龍平に完全に任せるという棲み分けが遵守されていた。
山口一真が下がってボールを引き出してくれるので、山本龍平は迷いなく高い立ち位置を取れる。サイドをアップダウンする系(将棋で例えるなら香車みたいな)のサイドバックが多いので、大外レーンを常に空けてあげるのはサイドバックの実力を最大限引き出す意味合いでも大事だ。
また、小松蓮や菊井悠介がやや左に流れてきても、ハーフレーンに位置していれば近い距離間で関わることもできる。
さながらシーズン開幕当初にやっていた形に原点回帰したような作りになっていた。
2つ目の状況判断の正確性、これも1つ目に挙げたハーフレーンでプレーしていたこととも関わってくる。
本来山口一真をマークすべきは右センターバックの高橋になるはずだ。ところが、ハーフレーンを上下に動き回るので、高橋はどこまで自分が付いていくか曖昧になってくる。ボランチの西村は対面する米原秀亮を見なければいけないし、三田が頑張って常田克人を見つつ山口一真も監視するか…?など。長野側に迷いを突きつけるようなポジショニングを取っていたのは非常に賢かったし、長野側が最後まで山口一真を捕まえきれなかった理由だろう。
上記の回答は、繋ぐことにこだわらずボールを蹴り出すことに対しての霜田監督のコメントだが、もう少し引いた目線で見ると「相手を見て、ピッチ内で起こっている状況から判断して、的確なプレー選択ができる選手を育てたい」ということだと思っている。そして、霜田監督はじめコーチングスタッフ陣は、その選択肢を増やしていっている。
その点、山口一真のプレーからは相手を観察した結果得られた相手の嫌がるポイントを的確に突く意図が感じられた。
個人に頼らないチームづくりを目指している中で、最終的に個人の判断と言い切ってしまうのはどうなのかという見方もあるだろう。ただ、ここで霜田監督が言う個人の判断云々の話は、いわゆる応用編にあたる。基礎編となる、チーム共通の設計図を理解して体現できるようになって初めて到達できる領域のこと。
90分の試合という旅を始める前に描いた設計図を、旅の途中で得られる様々な情報(相手の立ち位置、ピッチコンディション、相手の狙いetc…)を元に”判断”して、勝利という目的地にたどり着くことを念頭に、修正を加えていくようなもの。
そもそもの設計図を深く理解していなければ、どこを修正したら効果的なのか、逆にどこを修正したらリスクが大きいのか判断することができない。
まずは設計図をしっかりと理解して落とし込むところが試合出場の基準となっている理由はここにある。
何が言いたいかというと、応用編にあたる状況判断とそれに基づいた効果的なプレーをシーズン途中で復帰し、初スタメンで十分に披露できていた山口一真ってすげーよなって話。
やっぱり別格の怪物
クロスの話
前半でシュート14本を放つなど長野を内容面でも圧倒した松本。
だが得点は0。中でも消化不良感が否めなかったのはクロスだろう。
相当な本数クロスを送り込んでいたが、いずれも合わず、長野のDFにクリアされてしまっていた。
クロスの質自体は、ここ数試合の中でも良かったと思う。
スピードも速く、山なりのロブボールではないクロスを送り込めていた。
では何が悪かったかと考えると、松本が正直すぎたのだと思っている。
岩手戦も同様だったが、相手の3バックがペナルティエリア内に待ち構えている状況でシンプルにクロスを放り込んでも決定機に繋がる確率は低い。相当なスピードボールで小松蓮の頭にピンポイントで合わせれば可能性はあるだろうが、あまりにも確率の低いチャレンジをし続けることになる。
クロッサーに対してもプレッシャーがかかった状態なので、なおのこと精度ありきのクロス攻撃は確率が低かった。
クロスの質うんぬんより前に、クロスで勝負できるだけの土俵ではなかったということだ。
唯一、前半終了間際に山口一真がアイデアを見せたシーンがあったが、オフサイドで小松蓮の得点は取り消しとなってしまった。
オフサイドの判定は正直怪しかったと思っているが、真横からのアングルで捉えたカメラがない以上は真実は分からないので、ここではこれ以上は言及しない。
ただ、山口一真がグラウンダーのパスをペナルティエリア内に送り込んだ判断は絶妙だったと思う。単純なクロスに慣れていた長野DFは完全に意表を突かれていたし、「それが欲しかったんだよ!」というやつだった。
この点、ハーフタイムに入念に指示を出されたのだろう。
後半は大きな変化が見られた。
象徴的だったプレーとして2つ取り上げたい。
まず1つ目は、後半開始早々47分。村越凱光からの戻しを受けた菊井悠介が右サイドから左足でクロスを入れるのだが、前半繰り返していたようなニアへの速いボールではなく、ファーへ山なりのクロスを供給した。ゾーン気味に3枚並んでいた長野のDFを越え、大外で待っていた山口一真がダイレクトで折り返すところまでは良かったが、クロスをキムミノが好セーブをして得点には繋がらなかった。
枚数が揃っているペナルティエリア内で単純な高さ勝負を挑むのではなく、死角になることで空きがちな大外を狙うというのは攻略の常套手段だ。
もう1つは55分頃のシーン。
大外で山口一真がボールを持つと、ペナルティエリア左角付近にいた山本龍平がウィングバックの背後のスペースへ斜めにランニングする。ボランチの原田の死角から出ていったことで誰も反応できておらず、致し方なく右センターバックの高橋が付いていくことになった。
まんまとセンターバックをサイドに釣りだすことに成功。中央では2対3と以前数的不利ではあるものの、前半に比べれば比較的勝負ができそうな状況を作り出せており、もっと言えば大外で藤谷壮が完全フリーになっていた。
惜しくも山本龍平のクロスは届かったのだが、ペナルティエリア内に並んでいたセンターバックをサイドに釣り出して枚数を削ってから、クロスを上げる。これもクロスを有効活用するためにハーフタイムに見せた的確な修正ポイントだったと思う。
願わくば、これほど的確に修正ができていたクロスから得点が生まれてほしかったものではあるが・・・・。
長野の修正、収支がプラスに振れたのは…
やられっぱなしでは終われない長野はハーフタイムに立て直しを図る。
まずテコ入れしたのはビルドアップ。GKを使い自陣深くから繋ぐのを諦めて、前線にロングボールを入れていくようになった。松本の準備されたハイプレスをモロに受けてしまって自陣から抜け出すことすらできていなかったので、まずはロングボールを使ってでも陣地回復することを優先したのだろう。
そしてこの修正は奇襲という形で後半立ち上がりをかき回すことになる。
チーム全員がロングボールを蹴るとわかっているので、前半はサポートに下りてきていたウィングバックも最初から高い位置を取り、ボランチも押し上げた状態で構えてくる。松本としてはハイプレスを掛けようにもプレッシングがハマる前に前線へ蹴られてしまうので、前半の良い流れに持ち込ませてもらえなくなってしまった。セカンドボール争いでやや後手を踏んだ松本を尻目に、押し込み続けて決定機を迎えていた。長野としては、この時間帯で先制できれば理想の後半立ち上がりとなったはずだが、そうはうまくいかなかった。
松本がなんとか押し返すと、ゲームは再び松本のペースに。というのも長野の前線は、そもそもロングボールを放り込むような戦い方を想定して組まれていないので、野々村鷹人・常田克人という松本センターバック相手に徐々に対応されてしまったという側面がある。
やはりと言うべきか長野は高橋を下げて山本を投入し、左センターバックに杉井、左ウィングバックに森川をスライドさせた。
さらに攻勢を強めるため、疲れの見えていた山本龍平に当てるように船橋を投入。フィジカルと縦への推進力がある船橋vs疲れた山本龍平というミスマッチを狙った格好だ。ただ、松本ベンチも想定内だったようで、すぐさま下川陽太を入れてミスマッチを解消して蓋をした。
ようやく試合が動いたのは86分。
村山智彦が蹴ったフリーキックを渡邉千真が杉井に競り勝つと、森川が目測を誤って背後に逸したところを見逃さなかった野澤零温が抜け出し、最後は冷静にGKの頭上を抜くループシュートを沈めて待望の先制点をゲット。
落下地点を読んでジャンプの最高打点で捉えた渡邉千真はさすがだったが、スタメンで疲労が蓄積していた杉井が競り合いに遅れたり、ウィングバックにスライドした森川が守備が本職の選手ではなかったことが災いしてしまったりと、選手交代が裏目に出てしまう格好になった。結果論だが。
それにしても野澤零温は本当にシュートが上手い。元々快速のセンターフォワードだったので、味方がロングボールに競り勝って抜け出す形はめちゃくちゃ練習しているのだろう。怖いくらいに冷静だった。
競り合うDFの背中に隠れて抜け出すボールを待ち、シュートする前の一瞬でGKとDFの位置をチラッと確認して、優しいタッチ。これぞストライカーというフィニッシュだった。
予言かのように決勝点が生まれる前から準備していた橋内優也に加えて住田将も投入し、5バックにして逃げ切りモード。
菊井悠介が際どい位置でファウルをしてしまったシーンはあったが、あれはシステム変更の犠牲者になった感が否めないので彼を責めることはできない。むしろ、アディショナルタイムに必死のプレスバックで2回長野の攻撃を断ち切った魂の込もったプレーに心揺さぶられた。
1点を守りきった松本が今季ダービー初勝利。
昇格争いに生き残った。
総括
内容よりも結果が求められるダービーにおいて、勝利だけではなく内容面でも圧倒したのは間違いなくチームに勢いを与えるはずだ。
原点回帰してバチバチにハマったハイプレス、山口一真というラストピースの融合、試合途中での的確な修正、結果を出した途中出場の2人…。
ポジティブな要素の多い快勝だった。
リーグ戦の1試合でありながらも、それ以上の意味を持つ一戦。
だからこそ、この勝利をブーストにして残り試合を一気に走り切るしかない。上位陣との直接対決をほぼ消化しきってしまった松本にとって、勢いを取り戻すにはラストチャンスとなる一戦だった。それだけに非常に嬉しい勝利。
おまけに今節は昇格を争うライバル達が軒並み敗れるという波乱もあり、昇格圏内との勝点差は一気に5まで縮まった。残り7試合。再び現実的なところまで引き戻したと思う。
チームは間違いなく成長している。
これまでの設計図を実直に遂行するだけのチームではなく、各々が設計図を理解した上で試合状況に応じて柔軟にオプションを行使できる対応力のあるチームへ脱皮しつつある。
GKから繋ぎだしたにも関わらず、長野のハイプレスを受けて、藤谷壮が敢えてロングボールを選択していたのは象徴的だった。まだスタメン組の中でも限られた選手しかオプションを判断できる基準には到達できていないように見える点は個人への依存度が高く懸念点ではあるが、ベストメンバーが揃えば霜田監督の目指すサッカーを体現できるようなレベルになってきているのも事実。
この試合で掴んだ手応えを過信ではなく自信に変えて、目の前の1試合1試合に全力でぶつかっていくだけである。
まだ決して油断はできない。
しかし希望の光は強くなった。
挑戦者らしく最後まで諦めず戦い抜きたい。
俺たちは常に挑戦者
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