In A Last Day
今日、世界が終わる。
何がどうなるのか、とかさっぱりわからない。わからないのだが、とにかく今日世界は終わるらしい。
隕石が降って来るとか、そんなありきたりなものかどうかも知らない。
いきなりどうしてこんなことになったのか、僕にはさっぱりだけど、そういうことだと言われれば、そうなのだと無理矢理納得するしかない。
街へ出れば殺伐とした空気が充満していて、殺気立った群衆が暴徒と化して店や女の人を襲っている――なんてことはなくて、不思議とみんないつも通りだ。
テレビを点ければ泣き叫ぶアナウンサーが救いを求めていたり、総理が緊急記者会見を開いている――なんてこともありえなくて、いつもと同じ番組を流している。
どうして、みんなこんなに何でもないって顔をしているのだろうか。
それは脇に置いても、とにかく今日世界は終わる。その事実だけは確実で、僕は密かに焦りを覚えている。
何でこんなことになったのか。
僕には皆目検討がつかないのだけれど、そうなのだと言われればそうなのだと思うしかないだろう。
終末願望はなかったが、いざそれが目の前にあるとなると、何をすればいいかちっともわからなかったりする。
こういうことになる前にやることをやっとけば良かったとか、やりたいことをしよう、というような立派なものも僕にはない。一体、僕は今日のこの日をどのように過ごせばいいのだろう。
部屋を見渡す。六畳一間で、布団が敷かれている。後は箪笥とテレビくらいしか置いていない。僕は本を買わずに借りる方だから、あまり部屋に物はない。収集するものの類も、部屋にはない。音楽もそんなに詳しくない。本を借りる、と言っても精々推理小説の有名な奴とか、今話題の本とかを借りるくらいで、特別読書家というわけでもない。だって小さい字読んでたら頭痛くなるし。プラモデルを作る、とかゲームをする、とかパソコンも部屋にないし、とにかく僕は趣味と呼べるものは内にはない。
かと言って外へ出てクラブで遊んだり、スポーツをしたり、とかそういうこともしないし、お洒落にも気を使っている方でもない。
何か死にたくなってきた。
今日一日で何か打ち込めるものを見つけたって、今日で世界が終わるんじゃ意味ないじゃないか。
友達に連絡しようとして携帯電話を手に取り、アドレス帳を見る。
こんな僕と世界の終わる日を一緒に過ごしてくれる奴がいるかどうかなんて、定かじゃなかったが少ない友達を巻き込むしかないだろう。
誰に連絡しよう、と思った時天啓が舞い降りたような錯覚を覚えた。
大慌てでそのプロフィールを開く。
水城里奈。
そう表示された名前は、僕の密かな思い人だ。
同じ大学の同じゼミで、ちょくちょく喋っている間柄で、彼女は気さくでとても笑顔が可愛らしい。
僕は勝ち鬨を上げたい気分で、彼女の電話番号をプッシュする。
今彼女が何をしているかだなんて、これっぽっちも考えなかった。今はそんな些細なことを気にしている場合ではなくて、世界が消えてなくなってしまうという、重大な事態なのだ。
何度目かのコール音で電話が繋がる。
「もしもし」
「ただいま留守にしています、御用のある人は――」
ああ、くそ。
こんな大事な時に限って何で留守電なんだ。
僕は何度かコールしてみたのだけれど、繋がらなかった。
苛々する心を静めようとして、トイレに篭り頭を抱えた。僕は昔から何か嫌なことがあると、トイレに引き篭もる癖がある。この狭い空間が何だか落ち着くのだ。
でも、いつもはこうして落ち着くのだけれど、今日ばかりは違う。何たって、今日は終末だ。
僕は便座に座ることもせずにトイレを出て、服を着替える。今日一日くらいは、お洒落をして過ごそうと心に決めた。
外に出る前に、ダメ元で水城さんに電話する。
「もしもし?」
電話口に出たのは、お目当ての彼女だった。僕は逸る鼓動を抑えて、極力冷静に声を出した。
「もしもし、水城さん?」
「ああ、柳瀬くん。何か用?」
「ああ、うん。大事な話があるんだけど、これから会えないかな?」
詰まりそうになる声で、彼女に用件を伝える。せめて世界が終わるまでには、と心が急いていた。
「柳瀬くんと? 二人で?」
「そう、だけど。ダメかな?」
「ダメも何も、いきなり呼び出しされても困るんだけどっていうか、私と柳瀬くんってそもそも呼び出しが成立する間柄でもないし」
思わぬ関門に、僕は頭痛を覚えた。でもそんなことは、なりふり構っていられない。
「頼む、今日じゃないとダメなんだよ」
「ちょっと、何必死になってるの?」
少し笑い――嘲笑を含んだ水城さんの声に、僕の何かが切れそうになるのを必死に堪える。
「少しでいいんだ、だからお願いします」
「ちょっと今忙しいの」
そこでいったん言葉を切ると、彼女はとても言いにくそうに、
「それにさ、前から言おう言おう思ってたんだけど、あんまり電話とかしてこないでくれないかな? 言ってなかったけど、私付き合ってる人がいるの。それで、柳瀬くん彼と一緒にいる時とかにも電話してくるから、正直ちょっとウザイんだよね。じゃあね、バイバイ」
それだけ言い切ると、さっさと電話を切ってしまった。
何だって? 僕がウザイだって?
空を見上げれば、夕暮れ間近の空は綺麗な青だった。
僕はいつもいるデパートの屋上で煙草を吸いながら、空に煙を吹きかける。
正直、こんなものだ、と思った。
どうせ、こんなもんなんだ。いくら世界が終わるったって、僕自身の人生は終わりを約束されているようなもので、見事に情けない。
それにしたって、あんまりだ。
僕は何をするでもなく、こうやって不貞腐れたまま終わってしまうのか。
煙草の苦い味は、何だか苛立ちを募らせた。
ああ、全く畜生。冗談じゃない。
僕は立ち上がると、屋上の金網をよじ登る。
いつも昇りたいと思っていた金網の上には、人が立てるだけのスペースがあった。そこに立つと、思いの外強い風に押し流されそうになった。
見たい見たいと思っていたその場所からの想像していた絶景は、ちっぽけで僕はその時何もかもから裏切られた心地を覚えた。
どうせ、都会のビルから見る空だって景色だって、全部嘘っぱちだ。
でも、これじゃ、これじゃあんまりじゃないか。いつも想像していたんだ。どんな凄いものがここから見れるか、とか夢見ていたんだ。
それを、それを!
「クソッタレーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」
僕は精一杯の叫び声を上げる。
何がウザイ、だ。馬鹿女! こっちの気持ちも知らないで、ろくでなし! お前なんか! お前なんか!!
思いつくままに罵声を上げ続ける。
「ちょっとお客さん! 降りてくださいよ! 危ないですよ!」
気が付いたら、柵の下に、何人かの人だかりができていた。
僕は冷笑を込めた目線で彼らを見る。正義漢面をして、何が「危ないですよ」だ。どうせ、今日世界は終わるんだ。
終わってしまうのに、世間の常識とかを気にするのは馬鹿げてる。
僕の目に宿った危険な色に恐怖を覚えているのか、彼らは一線以上踏み越えてこなかった。こいつらもどうせ、僕と一緒に終末を過ごしてくれるわけなんてない。
だったら一人で死んでやるさ。どうせ、今日世界はなくなってしまうんだ。
「お客さん! 何があったか知らないけど、降りてきてくださいよ!」
一番偉そうな人が、僕に大声で話しかける。
「冷静になりましょうよ! いいことありますよ!」
いいことだって? 今日で全部なしになってしまうのに? 何を言っているんだこの人は。
趣味も何もない、好きな人には「ウザイ」の一言で振られた、単位もままならない、そんな僕に一体どんないいことが最後にあるっていうんだ。
それに僕は、いたって冷静だ。冷静に計算だってできるし、冷静に何でもこなせる自信だってある。
いくら冷静だからって、世界が終わるんじゃどうしようもないじゃないか。
冗談じゃない。死に方くらい、自分で選ばせてくれ。
僕は彼らを一切無視することにした。目を閉じて、両手を広げる。何だか空に浮いているような気分だ。下で「危ない」とか喚いているけど、聞こえない。そんなもの、耳に入らなければ、存在していないのも同然だ。
難点は、足場を踏んでいる感覚で、これがあるから僕は縛り付けられている気になった。クソ喰らえ、安定感が何だ。
こんなものなくったって、僕はやっていけるさ。
僕は何かに解き放たれた気分で、とてもハイになった。
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