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私にとって、移住ドラフト会議って

人生で3回目の移住ドラフト会議が終わりました(いったん「指名会議」が終わっただけで、4月までシーズンは続きますが)。自分にとって、移住ドラフト会議ってなんだ?ってものが少しずつ見えてきたので、書き留めておこうと思います。

移住ドラフト会議との出会い

移住ドラフト会議とは、「関係地づくり」を目的とした地域と人のマッチングイベント。移住業界の「壮大なコント」を名乗り、移住者(を含め地域に関わる人)を欲しい地域を「球団」、移住希望者を「選手」として、球団が選手を指名するシステム。必ずしも移り住まなくてもよく、指名された人と地域の間には、多拠点や遠隔からできる協働などのつながりも生まれている。2016年に鹿児島で始まり、2021年は九州山口の8県に広がった。

私が初めて移住ドラフトの世界に触れたのは、2018年10月21日、城山ホテル鹿児島で開催された「南九州移住ドラフト会議2018」。経緯も理念もよく知らずに思いつきで飛び込んで取材しました。目の前で繰り広げられる(演じられる)「指名会議」をただただ観客になって楽しんでいました。

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(2018年10月21日。取材で撮った懐かしい写真がありました)

翌年、運営メンバーになりました。球団のPR動画を集めてせっせとYouTubeに公開したり、スポーツ新聞風の「移住ドラフトタイムズ」を発行したりしていましたが、選手や球団対応のフロントではなかったので、いまいち参加者の思いや指名会議ができあがっていく全体像は見えていませんでした。

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(2019年10月6日。この年は事務局としてカメラを構えました)

今シーズン(2020-2021年)は、
運営スタッフのスカウトから、エントリー選手の面談、球団・選手のフォローアップ・個別連絡、スポンサーとのやりとり、公式ガイドブックの企画・編集、交流イベントや指名会議などの企画・台本作り…など、
球団・選手・スポンサー・スタッフと連携して動くことが増え、いろいろ見えるようになったなあというかんじです。
(万能事務局長の中井くん、2016年から移住ドラフト会議を築き上げてきたコミッショナー永山さんはじめ、多くの方の協力があって、私もこの舞台で楽しんで踊れています。本当にありがとうございます。)


そんななかで見えてきた、自分にとって移住ドラフト会議ってなんだ?
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1.”いいところ”を見る文化、未来を描く文化の醸成

九州山口の14地域(球団)、全国11都府県から42人の選手が参加した九州移住ドラフト会議2021はオンラインで開催しました。

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(オンライン指名会議で、3球団からの指名が被り、事務局が球団代理でくじを引く(左上)。見守る選手と球団。2021年1月23日)

球団のみなさんが「この人のこんなところがすてき」「この人のこの特技をうちの地域で生かしてほしい」と選手ひとりひとりに対してめっちゃめっちゃめーーーーーっちゃ、考えて指名しているのを見て、思いました。

指名するって、その人の”いいところ”が見えていないとできないことです。

また、「うちの地域に欲しい」と指名するのは、「こんな地域にしたい。だけど、こんな人やこんな力が足りない」という理想と現実のギャップを捉え、地域の未来を描こうとしないとできないことです

選手も、球団に自分のいいところをアピールするのはもちろん、地域のいいところに目を向け、一緒にできることを探っていく姿勢が見られます。

2016年から5回の移住ドラフト会議を通して、のべ56地域と185人の選手に、”いいところ”を見る文化、未来を描く文化が浸透してきていることに光を感じます。

2.コントの”突破力”の実証

未来を描く-そんな大きくて重たくて深い仕事へのハードルを、移住ドラフト会議という”コント”は軽やかに超えさせてくれる気がしています。

参加しようと決めた球団地域と選手には、ドラフトシーズン(エントリーから指名会議まで5カ月くらい)、瞬間風速的に「未来を描く」風が吹くー。

具体的には、指名会議が迫るにつれて「うちの地域、どうする?」みたいなやりとりが増えたり(指名選手を決めるには通らざるを得ない道です)、数回の移住力強化キャンプや交流の場を通して「この人とこんな地域を作りたい!」というプランが飛び出したり…。地域の未来が具体的かつ加速的に見えてくるかんじでしょうか。

指名会議で呼ばれる選手の名前に「おおー」と歓声を上げ、ドキドキしながらくじを引き、希望選手を獲得するとガッツポーズする。

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地域と選手は、指名する側・指名される側を演じることによって、ぐんと近づき、一緒にコントを演じた経験がバネになって、これから先、もっと遠くへ行けそうな気がします。(と、事務局の私は見ているのですが。私は球団・選手の立場になったことがないので、果たしてどうなのでしょうか…)

移住ドラフト会議を続けるということは、コントの持つ”突破力”を実証し続けることだと感じています。

3.安全地帯の拡張

「関東生まれ、関東育ち。”ふるさと”と呼べる場所が欲しい」
とある選手のエントリー動機です。
今シーズンの選手は42名中、半数以上の23名が九州外出身。
名前も聞いたことがない、行ったこともない地域に、ご縁と運で指名が決まるのですが、不思議なもので、そこが選手にとっての”居場所”になる例も少なくありません

こんなこともありました。
2020年に入り新型コロナウイルスが拡大する中、2019年移住ドラフトの宮崎県西臼杵郡球団が、指名した東京在住の選手に宮崎の食材を送ったのです。「感染が拡大する東京では、スーパーに行くことさえも苦労しているのでは。宮崎の食材でほっこりしてもらおう」と気遣った球団。「地方ではマスクが手に入りにくいのでは」とお礼にマスクを送った選手。
離れていても、いざというときに、助け合える関係ができた例と言えます。

また、移住ドラフトに関わることの一番のメリットとも言えるのが、「遊びに行ける地域が増えること、その楽しさと心強さ」です。
地域それぞれに特徴があって、がんばっている人たちがいる、というのは、まあ当たり前なのですが、
「佐賀県鹿島市で、商店街活性化をがんばっている人たちがいる」と知っているのと「鹿島市で、商店街に賑わいを生み出す仲間を増やしたいとドラフトに挑戦する諸岡さんや鈴田さんがいて、彼らはお酒にめちゃめちゃ強くて、肉を焼くのが上手くて、銀杏の殻剥きが上手くて…」と知っているのとでは距離感が全然違います。

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(鹿島球団訪問。事務局はキャップが必須アイテム)

球団も選手も事務局もスポンサーも、
移住ドラフトというコントを一緒に作った共通経験を持ち、顔の見える関係でつながっていることは、困ったときに、知恵や力を貸し合える、安全地帯の拡張になると思うのです。

4.文化祭的青春の経験

ドラフト会議を運営するのは文化祭準備みたいです。
(前夜午前2時くらいまでマクドナルドで小道具を作り、台本を書き、当日は、舞台セットしてリハして、本番までカウントダウンして緊張して…。私は大学で劇団に入っていたので懐かしいかんじです)

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(進行表を見ながら指名会議のリハーサル)

文化祭的青春というのは、移住ドラフトの運営に、
・ひとりではできない。仲間がいるからできる
・何が大切なのか、どうやったら大切にできるのか、考え続けること
といった要素があることから感じています。

スタッフは、学生から社会人までさまざま。みんな本業を持っています。なかなか顔を合わせられなくても、ドラフトのノリや目指すところに共感し、ガイドブックやプレスリリース作成、当日の役割を分担して、一人一人ができることをちょっとずつやって実現した指名会議でした。
私は趣味でおかわかめのLINEスタンプを作ったり、名山新聞を作ったり、1人で勝手にやることはいろいろありますが、移住ドラフトは絶対にひとりはできないことだなあと、当たり前なのですが痛感しました

そして、もちろん、球団・選手の参加が無くては、移住ドラフトは成り立ちません。球団ひとつひとつ、選手ひとりひとり、事情が違い、誰かに寄り添おうとするとほかを犠牲にしてしまうかもしれない、さあどうする?と難しい決断を迫られたこともありました。
そんななかで、何が大切なのか、それをどうしたら大切にできるのか、考え続ける経験をさせてもらっています。

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指名会議を終えて、いったん見えてきた「私にとって、移住ドラフトってなんだ?」を書いてみました。
移住ドラフト会議には、関わる人の数だけ、ドラマがあり、それぞれの意味があるでしょう。
九州移住ドラフト会議2021は、まだまだ続きます。
球団、選手、スポンサーのソラシドエア、事務局、移住ドラフト応援団のみなさん、指名会議おつかれさまでした&ありがとうございました。そして、引き続きよろしくお願いします。

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