ゆきのあられ
不妊治療から妊娠・出産・育児に関しての記事をまとめました。
生後2か月になり、予防接種が始まりました。 初回なのに、いきなり5種類(ヒブ、四種、肺炎、肝炎、ロタ)。 ロタウィルスは飲み薬でしたが、残り4種が注射なので、見てるこっちの胸が痛かったです。 『こんなほっそい手足に針刺すんかっ!』と思いながら、我が子を後ろから応援しました。 我が子は、受診中は大泣きでしたが、注射が終わればすぐに泣き止んでいたので、とても強い子だなぁと感心しました。 それから、この時期は浴室のシャワーに対して恐怖心が芽生えたようです。 それまでは、よくわかっ
出産から1か月経つと、私自身の1か月検診と我が子の1か月検診が別日で設けられ、結果順調とのお墨付きをいただきました。 (私はこの時まだ少し血圧が高かったのですが、産前よりは下がっているので問題なしにしていただきました汗) また、生活環境でいえば、私が夜間授乳の辛さに慣れてきたのもあるし、 我が子も少しずつ生活習慣が出来てきたようで、毎日のサイクルに順応していきました。 生後1か月でいくつか変化があったので、当時記録していたメモを頼りに箇条書きで書き起こしていこうと思います
出産を終え、退院した日の日中は、母と妊娠中の苦労や入院中に話をしながら、我が子をお世話していました。 そして、夜に主人が仕事から帰宅し、我が子と対面した姿は、今も思い出せるくらい面白かったです。 ただ、家人がみんな寝静まってから、私は育児の過酷さの始まりを身に沁みることになりました。 まず、主人は翌月から3ヶ月の育休を取得してくれるのですが、当月は繁忙期ということもあり、月末まで出勤することになっていました。 なので、主人の寝床は、出勤日は前日からリビング、休日は前日
出産前は微弱陣痛を少しずつ感じていました。 なので、スマホのメモ帳に時間を記録して、間隔を把握していました。 書いては消し、書いては消し。 いつ出産、はたまた入院になるのか連日不安に思っていました。 予定日1週間前の早朝。 前駆陣痛の間隔が一定で痛みが増して来た気がしたので、出産予定の病院に連絡。 主人にお願いして送ってもらいました。 診察してくださった助産師さんからは、 「まだまだ微弱だし間隔も一定じゃないから、一旦帰宅しましょうか。」 と言われて帰宅しました。
不妊治療を経て妊娠した私は、妊婦として総合病院に戻りました。 待合室では不妊治療で通っていた時のことに思いを馳せながら、もう”はたらく細胞Lady”の妊娠のお話で自分を傷つける必要はないんだ、と前向きな気持ちでいました。 私の順番になり診察室に入ると、その日の診察の担当してくださったのは若い女医さんでした。 一応初診だったので、採血と内診をしてもらい、今後の受診内容の説明をされました。 私の場合、体内の血糖値が少々高かったので、後日血糖値の検査を提案されました。 そ
主人と同居を始めたのは、入籍して1ヶ月経った頃でした。 ちょっとした遠距離恋愛だったため、私が退職をして主人の住んでいる地域に引っ越して来ました。 同居するまでも毎週末お互いの家を行き来して、結婚式の話をしたり新居を探したりと新生活の準備をしていました。 また、結婚を機にブライダルチェックを2人で受診。 お互い妊娠に対して不安がないか確認をし、夜の生活の方は、結婚式が終わるまではちゃんと避妊をしていました。 同居も開始し、結婚式も無事終えることができてからは、本格的