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今の自分に、自信を持てているか。

子育てに忙殺されて、今はすっかり開くことすら無くなった、ブログというものを始めたのは、もう何年も前…‥。

今はもう自分の中で「あんなこともあったな」と思うほど、昔の話となってしまった”女子会プロデューサー”として活動を始めた当初、私は何者でも、だれでもなかった。

今から12年以上も前、20代半ばの頃、ただの会社員のひとり、ということに根拠のない焦燥感を感じて、とにかく、胸を張って「わたしはこういう人間だ」と胸を張って言える、何者かになりたかった。とにかく、焦っていた。がむしゃらだった。いろんな人に会い、刺激を受けて、「私はこれが得意だ」というものを見つけた。そして、その気持ちを糧に、会社を立ち上げた。

初めて読む人がきっとほとんどなので、軽く自己紹介をしておく。
私は、株式会社ガールズスタイリングという小さな会社を経営していて、プライベートでは2児の母。創業当初はF1層を対象にしたプロモーション・コンテンツ制作事業と、自社商品の企画・販売事業を展開していた。複数の投資家から資金調達をして、社運をかけた新規事業にも挑戦し、その事業を一部売却した経験もある。たくさんの挑戦をした。そして同時に失敗もした。それを経て、学んだものもたくさんあった。そして当時抱えていた社員のためにさらに挑戦をしなければいけないと意気込んだとき……長男の妊娠が発覚した。

今だから言う。正直、ほっとした。その時、私がやろうとしていた挑戦は、さらに自分を追い込むものだった。創業当時掲げたビジョンはとうに消え失せて、なんとか会社を存続させなければいけない、という義務感のみで動いていた。まるでロボットになったかのような気持ちだった。その中での妊娠、という出来事。しかし妊娠が発覚したことにより、世間に向けての「母になる」という大義名分ができた。

そう、私は、子育てに逃げたのだ。

もちろん、そのあとも会社は続けている。けれど、妊娠前のような働き方を見直し、事業内容を整理し、軸を家庭に置くことを大前提にして、その中で動ける働き方へとシフトチェンジした。私は、子どもたちにとって、「良き母」であるよう努めた。平日の料理は惣菜を食卓に極力並べない、子どもたちの遊び相手もなるべく全力で行う、愛情をたっぷり注いだ。そのおかげもあってか、子どもたちは純粋で、素直な、実に子どもらしい、家族想いの子どもに育った。この選択を、私は一切後悔していない。

けれどそれと同時に、どこかでずっと「これは私が思い描いていた、理想とする自分なのか」という気持ちが、心のどこかにひっかかっていた。会社を創業した時、新規事業に挑戦した時、私はもっとキラキラ、いやキラキラを通り越してギラギラとしていた。あの時と比べて、今の私はどうだろうか。今の私はもはや、完全に「母親」の顔になっている。

ふたりの子どもに恵まれて、毎日はそれなりに充実していた。
けれど、本当に、私はそれだけでいいのだろうか。

私はひとつ、人生のテーマとして掲げている言葉がある。それは「今が一番楽しい」と思い続けて、死にたい、ということ。心の中の自分に問いかける。「今の私は、本当に楽しいだろうか?」そう言った時、答えは”ノー”だった。

人生100年時代。まだまだ、先は長い。子育てが終わった後も、私個人の人生は続いていく。

38歳という年齢は、もう一度何かを再挑戦するのには、遅い年齢なのではないかという、年齢に対する負い目もあった。けど、何かをやるのに、そもそも年齢なんていうラベルは関係ない。創業当時、私は「やれない理由が100あったとしても、やりたい理由が1個あったとしたら、挑戦しろ」と言い続けていたではないか。きっと、今がその時なんだと思う。

私は今、今までと全く違う、新しいことに挑戦しようとしている。
変化を自ら作り出すことは、時にはとても怖いけれど、勇気を出して、新しい世界に飛び込むつもりだ。

まだどうなるかわからない世界に行こうとしているけれど、
おそらく、近いいつか。また文字を打って、報告できる日が来ると思う。

「母」以外の、もう一人の大切な自分に出会うために。

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