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やつづかえりさんが東京から長野へ「教育移住」した理由

近年、都市圏の保護者たちを中心に、「教育移住」が話題になっている。

今回お話を伺うライターのやつづかえりさんは、2020年に東京から長野へ教育移住した。現在は小学1年生の娘さんを、佐久穂町(さくほまち)にある大日向小学校に通わせている。

なぜ、やつづかさんは教育移住をされたのだろうか。そして家計のことや子どもの気持ち、卒業後のプランといった様々な課題を、どのようにして乗り越えたのだろうか。

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やつづかえり さん
コクヨ、ベネッセコーポレーションで11年間勤務したのちに独立。2013年より、組織人の新しい働き方、暮らし方を紹介するWebマガジン「My Desk and Team」を運営中。女性の働き方提案メディア「くらしと仕事」初代編集長。 Yahoo!ニュース(個人)オーサー。著書「本気で社員を幸せにする会社 「あたらしい働き方」12のお手本

長野に素敵な小学校を見つけた

もともとは都内で、家族3人で暮らしていたやつづかさん。当初は娘さんを公立の小学校へ入れる予定だったが、中学受験が当たり前になっている東京での小学校生活に、少し不安を抱いていた。

「娘には、受験勉強をさせるよりも、実体験から様々なことを学んでほしいと思ったんです」

娘さんが保育園の年中のとき、やつづかさんは長野に大日向小学校ができることを知った。日本初のイエナプランスクール認定校だ。

「イエナプランは、一人ひとりの違いやその人らしさを尊重し、社会で自立しながらも、他者と共生できる人を育てていくことを目指す教育の考え方です」

娘さんは、内気で周囲に気を遣い、自分の考えをすぐに言葉に出すことが苦手だったという。そのため、「対話」を重視するイエナプラン教育を導入する小学校なら、娘さんも徐々に自信がもてるようになるのではないかと感じた。現在においても、イエナプラン教育を採用し、かつ専門の機関から認定を受けている小学校は、日本では大日向小学校のみだ(2021年2月時点)。

娘さんをここへ通わせるためには、当然移住するしかない。ご主人は都内の会社に勤務しているため、母子2人での引っ越しになる。

「赤ちゃんの頃は抱っこする手が足りないくらいで、ワンオペは大変だなと思っていたんですけど、年長になるとだいぶ手がかからなくなってきました。おとなしめの子だったから、私ひとりでも何とかやっていけるかなって。地理的にも東京と長野は車で3時間の距離なので、夫とも会いやすいだろうと思い、迷いや不安はほとんどなかったですね」

こうしてやつづかさんと娘さんは、2020年春の入学を目指し、大日向小学校のある佐久穂町へ教育移住した。

娘と2人でのシンプルな暮らし

家計の面から見れば、母子移住は、単身赴任と似たような状況だ。やはり、家計の支出は倍になったのだろうか。

「もちろん支出は増えましたが、倍まではいきません。夫がワンルームへ引っ越したため、前の家賃がそのままかかり続けたわけではないというのが大きいですね。私は中古住宅を東京では考えられないくらいの値段で購入しましたが、賃貸住宅の場合も、家賃は東京と比べたらだいぶ下がります。ただ、冬場の燃料代は東京の電気代の3〜4倍になりました。逆に夏場はクーラーがなくても過ごせるのでありがたいですが。あと、移住後はコロナであまり外出しなかったこともあり、いろいろな出費も減っている気がします」

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佐久穂町の中心街の様子 写真提供:やつづかえりさん

町の中心部には、レストランやスーパーなど、生活に必要最低限の店しかない。シンプルに暮らせる環境だが、ときには不便を感じることもあるのだとか。

「都市銀行の支店やATMが近くにないっていうのはちょっと誤算でした(笑)。うちは三菱UFJ銀行を使っているので、お金を下ろすには手数料がかかりますし、通帳記入もできないので、そこはびっくりしたかな」

「明日は休みだ~!」から「明日は学校だ~!」へ

実際に移住してみるまで、まったく心配ごとがないわけではなかった。それは、娘さん本人の気持ちだ。娘さんは当初、「引っ越したくない」「みんなと同じ公立小学校に行きたい」と、友達が誰もいない学校へ行くことに後ろ向きだったという。やつづかさんはそんな娘さんを見て迷いつつも、「どうして大日向小学校を良いと思っているのか」を丁寧に説明したそうだ。移住後、娘さんに思わぬ変化があった。

「こっちに来てからも、学校が始まるまでは、『全然楽しみじゃない』っていう感じだったんです。それがたまたま、コロナの影響で入学式がなくなり、オンライン授業から始まって。オンラインでお友達や先生の顔を知り、少しずつやり取りをして慣れていくなかで、GW明けから週1回の分散登校が始まったんですね。『来週から学校行けるんだって』と伝えたときには、素直に『やったー!』と喜んでいたんですよ。娘にとっては、オンラインで始まったのが良い慣らしになったみたいです」

大日向小学校は、開校したばかりの新しい小学校ということもあり、コロナ禍ですぐにオンライン授業に対応してくれた。娘さんはそれを皮切りに、新しい環境へ馴染んでいった。

「保育園時代は、お休みの日のほうが好きな子だったんですね。金曜日になると、『やったー!明日は休みだ~!』って(笑)。今は、家で遊ぶのも好きだけど、日曜日になると、『やったー!明日は学校だ~!』っていう感じ。家以外の場所に楽しみを見出すようになったのが、娘の大きな変化かなと思っています。安心できる場所が広がってきたんでしょうね。あと、以前は同世代の子たちが近くで遊んでいるような状況でも私にピッタリくっついて離れなかったのが、今は、『大日向小学校のお友達だったら』という条件つきかもしれないけど、休日にみんなで公園に集まって、子ども同士でワー!と遊んでいますね」

娘さんがのびのびと過ごせているのは、大日向小学校の教育方針も関係しているようだ。普段はもちろん、夏休みにも宿題は出なかったという。学童や家でも、自由に過ごせる。

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小学校の校庭でキャンプをしている様子。学童の取り組みのひとつ 写真提供:やつづかえりさん

「学童は、保護者の方の会社で運営されているのですが、そのスタッフも保護者たちなんです。学校の空き教室のひとつを学童用に使わせてもらっているので、その中で過ごしたり、校庭で遊んだり、時間があるときには学校の外までちょっとお散歩に行ったり。夏休みには近くの川に遊びに行くなど、かなりのびのびとしています。スタッフは『サポーター』と呼ばれているんですけど、誰かのお父さんお母さんでありつつ、サポーターとしても子どもたちと関わる。大人と子どもの関係にもいろいろな形があって、アットホームで良いなと思いますね」

娘が卒業しても暮らし続けたい町

やつづかさんは、佐久穂町に来て「すごくよかった」と話す。

「娘が楽しく学校へ通っていることが、何よりも嬉しいですね。先生たちも、とてもよく見てくださいます。保護者同士の繋がりが濃く、私自身も楽しく過ごしています。自然豊かで、どこを見渡しても景色が綺麗だし、地域の方々も歓迎してくれて、温かいなと思うことが多いです」

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佐久穂町の昔ながらの商店街 写真提供:やつづかえりさん

大日向小学校には近々、中等部ができる予定だ。やつづかさんは、卒業後のプランに関しても柔軟だ。

「卒業後の進路については、娘の意思を尊重したいと思っているんですね。娘が『このまま通ってもいいよ』と言うなら、中等部まで行ければいいなと思っています。高校をどうするかは、今はいろいろな選択肢があるので、状況に応じて柔軟に対応していきたいです。そのとき、娘が『長野を出て一人暮らしをしたい』と言ったとしても、私はこの佐久穂町に暮らし続けたいなと、今のところは思いますね」

ライターとしての仕事は、東京にいたときと変わらずに続けられている。コロナ禍でオンライン取材を受けてくれる人が増えたため、町から出る必要はほとんどない。今後は徐々に、佐久穂町や、その周辺でも仕事をしたいと考えているそうだ。

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教育移住をしてから約1年。娘さんは、この春2年生になる。これから大日向小学校でどんな経験をして、どう成長していくのだろうか。終始優しい口調で、穏やかにお話してくださったやつづかさん。その裏に芯の強さを感じ、私もひとりの母親として憧れずにはいられなかった。

必ずしも、みんなと同じレールを歩む必要はない。親も子も、生き方は自分で選べる時代なのだ。今回の取材で、大きな勇気をもらった。

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