私がむっちゃ稼いで、「養ったるで!」って言えるように。編集者兼ライター・夏野かおるさん
「職業人なんです、私」。夏野かおるさんは言います。
朝日新聞EduAやコエテコ、クレイジースタディで編集者兼ライター・ディレクションをつとめる、超多忙な彼女。先日むかえた30才の誕生日には、Slackのメンバーからお祝いメッセージが飛び交いました。
8月に公開した自身のnote「フリーランスから法人成り、 やること多すぎヤバすぎの巻」では、その年収が600万円近くにおよぶことを赤裸々につづり話題に。400スキを超える反響をよびました。
仕事は数字!バズやコメントは気にしない
-ー夏野さんって、本業は研究者さんですよね。編集と執筆のお仕事は「職業人」って、どういうことですか? 気になります。
仕事にかんしては、「感情じゃなくて数字」って思っているから、完全に“無”なんです。
とにかくクオリティの高い“読みもの”をご提出するまでが仕事だと思っているので、公開されたあとに記事をエゴサーチしたこともないです。1回もない(笑)。エンジニアさんから「いまバズってますよ!」と報告を受けて、はじめて「そっかバズってるんだ。たくさん読まれてよかったな〜」と思ったぐらいで。そこから世間の反応を追いかけることも、しなかったです。
だからみなさんのこと、いつもうらやましく思ってます。ライターというお仕事に誇りをもって、それを原動力にして結果を出されているのをみて尊敬するし、私にはもち得ないエネルギーだなって。「興味があるトピックだから、無料でもいいから書かせて!」って言える姿勢は、努力でどうにかなるものじゃないから。
エモーションな部分は、学会へ
ただこれは、ベースが研究者だからだと思います。私のいちばんやりたいことは研究だから、エモーションな部分はぜんぶ学会にもっていくつもりです(笑)。
研究者って、世に出したものを批判されてあたりまえなんですよ。「論文」っていうのはあくまでも素材で、それをもとにみんなで議論してあたらしい事実を発見していくものだから。当然、「私はこういう気持ちでやったのに、なんで汲み取ってくれないの?」とかもない。
というのも、論文に書かれてない主張って、まだ「存在しない」んです。世に出ていない以上、誰も知り得ないわけだから、「ない」んですよ。「いろいろ考えた結果、公開できたのはこの部分だけ」。それがふつうだと割り切っているから、たとえば仕事で書いた記事にたいしても、どんなコメントが来てるかとか、バズったのバズってないのっていうのには、あんまり興味がわかないんだと思います。
仕事はコスパ重視。いつでも120点をめざす
ーーそれでも夏野さんの記事っておもしろいし、引きこまれます。どうしてなんでしょう?
もちろん「仕事だから、責任を持ってやり遂げる」というのが大きいですけど、いちばんはコスパがいいからです。たとえば、最低限の労力で50点の記事をご提出して「次ないな」って思われたら、また営業しなくちゃいけない。
でもそこで120点の記事を出せたら、「おっ次もお願いしようかな?」と思ってもらえる。こちらから営業しなくても、次の記事をご発注いただけるかもしれない。それって、ものすごく効率的ですよね。
ーーなるほど、ごもっともです。ちなみに研究では、お金は入らないんですよね?
むしろお金が出ていきます。。今年の春に大学院を指導認定退学して、いまは3年後に博士論文を出すために準備中なんですが、論文を出すには学会に所属しないといけないんです。それにお金がかかるし、専門書も1冊5000円〜1万5000円と高いんですよね。
それを続けられるって、もう”愛”しかないじゃないですか。というわけで、私の愛は、もっぱら研究に吸いとられています。仕事にまで愛をもちこんでたら、精神がもたないので......(笑)
あと私、先生のことが大好きなんですよ。
「私、夏野さんはやればできる人だって信じてます」
--え!?……夏野さん、新婚さんでいらっしゃいますよね?
ふふふ。女性の先生なんですけどね。もう8年のおつきあいになりますが、まだ1回も褒められたことがないんです。「甘い」「浅い」とは言われても、「よくできたね」って言われたことはなくて。
ただ1度だけ、私がうつで留年したときに、先生がこうおっしゃったんです。
「私、夏野さんはやればできる人だって信じてますから」って。これをいまでも、胸に抱きしめて生きてます。「私はやればできる、やればできる」って。愛でしょ? 愛でしょ? めっちゃかっこいいんですよ先生は。あ〜大好き。
じつは、先日立ち上げた私の会社名は、先生のお名前に由来してるんです。あとでお伝えしたらドン引きしてましたけどね。むちゃ引いてた。「えっ...そうなんですか?」って。
ーー夏野さんのそんなお姿、はじめてみました。それほどまでに研究を愛されているのに、なぜお仕事のほうも手をゆるめず、バリバリこなされているんでしょう?
以前、とある経営者の知人がこんなことを言ってたんです。
「感情がなくても稼げて、心身の負担もすくない仕事を確保しておいたほうがいい。収入が不安定だと精神が悪化して、成功どころではなくなるから」
って。とても腑に落ちて、いまでも覚えてます。
ーーそれが夏野さんにとっての、いまのお仕事なんですね。
そうです。文章を書くこと自体はきらいじゃないし、むしろ好き。心の負担なく努力ができて、ある程度の収入になるような、「ライスワーク」の1つとしてやってます。
原体験は、高校時代のあるできごと
ーーこの業界で夏野さんぐらいのご年収を稼ごうとなると、たとえば講師業とか、コンサルティングを兼業しないとキツイという人も多いとおもいます。でも夏野さんって、本当に純粋に、編集とご執筆のお仕事に従事されていますよね。それこそ休みなく働かれてるイメージがあって。そのバイタリティって、どこからくるんでしょうか?
私、母を早くに亡くして、祖父母のもとで育ったんですよね。
15年くらい前かな? まだ高校生のときに、ただでさえ多忙だった父の勤め先が、リーマンショックで超ブラックになって。朝5時から夜12時まで、ずっと働かされてたんですよね。で、子どもごころに「ねぇ、仕事なんか辞めたら?」って言うじゃないですか。でも、「家族養わなあかんから、それは無理や」って言いながら、ボロボロになって働いてて。
そんななか、同僚さんが退職されることになったんです。たまたま大人同士の会話が漏れ聞こえてきたんですけど、その方は奥さんが公務員で、すでに安定した収入があると。その奥さんに「辞めたら?」と言われたそうで。しばらくは失業保険をもらいながら、旦那さん(同僚さん)のほうが主体的に子育てをやって、気力が回復したら再就職する……というようなお話だったんですよ。
ーーまだ若い夏野さんは、それに衝撃を受けられたんですね。
だって当時、「女性が稼いで男性が主夫」って、ロールモデルとしてなかったじゃないですか。しかも住んでいたのが田舎の小さな町だったので、女は嫁にいくから学びは必要ない! という雰囲気すらあったんですね。
でもそれを聞いて、「そっか! じゃあいずれ大事な人ができたら、私が大黒柱になればいいじゃん!」って思った。私はとても「家庭的な性格」とは言えないですし(笑)。父のように、仕事を辞めたいのに私を養わなきゃいけないから辞められないっていう状況になるのがすごく申し訳ないし、かわいそうだから。私がむっちゃ稼いで、「いつでも辞めてこい! あたしが養ったるで!」くらいでいようって、幼いながらに決めてました。
結婚した今も、おたがい自立した関係
そんな原体験もあって、結婚を考えるような年になっても「誰かに養ってもらおう」、とは考えなかったんですよ。むしろ、「私のキャリアに干渉せず、好きにさせてくれる」というのが、パートナー探しの条件でした。養ってもらって研究に専念する……という方法もありますが、そうなるとパートナー側としても「そんなに高い本が本当に要るの?」「パートくらいやったら?」って言いたくなるのが、自然な感情だとも思ったんですよね。それはちょっといやだなって。
だからいまも、夫婦別会計なんですよ。夫がいくら稼いでるのかも知らないし、貯金額もつい先日知ったばかり。ときどき「やった~! 今年は年収●●万いったで!」って自慢しあうことはありますけど(笑)。
とはいえ、2人で暮らすうえでかかる食費や日用品、旅行代なんかもあるじゃないですか。それは専用の口座をつくっていて、100万円単位でお金をいれて、家族カードで引き落とすようにしています。こういう雑なやり方ができるのは、相手も貧乏した経験があって、無駄遣いしないだろう、と分かっているからかもしれませんが。
ーー夏野さんが素敵なパートナーさんに出会えて、本当によかったです。。
私のように貧乏した経験があると、夢が「お金! お金!」になってさびしいときもありますけどね。お金で苦労してこなかった人は、「お金よりもやりがい・生きがいでしょ」という観点ももたれると思うんですけど。私はすごく貧乏だったから、とにかくお金。「お金がないと生きてすらいけない」となりがちな、さびしさはありますよ。
職業人として良いものをつくり、周囲にも楽しく働いてもらえたら
私の仕事スタイルって、結局は「職業人」なんだと思います。実際にそういったご依頼をたくさんいただくし、カリスマ性のあるライターというよりは、仕事と割り切って、締め切りを守ってきちんと働いてくれる。そんなポジションなんでしょうね。
最近は、ディレクション業務でも分業の大切さを実感してます。たとえば、実績に残らない、「サイト内のSEO説明文」みたいな仕事ばかりをみなさんに振っても、だれもうれしくないじゃないですか(笑)。
それよりは、そういった案件は私のように「仕事として良いものをつくります」という人が担当して、ほかはライターさんごとに興味のある分野を執筆してもらう。これがいちばん、みんなが幸せになる方法だなって思います。
最後までお読みいただきうれしいです。いただいたサポートも大切に使わせていただきます!