冒険はいつだってノックをしない 第2話
第2話 宇宙でお茶を
…………おぬしは人の心を助ける力を持つものじゃ。
いずれお前さんの出番が来るじゃろう。その時まで……
「誰?」
ハルは目を覚ます。パチパチと何度か瞬きをすると、ぼやけた視界に光が差し込み、視界の先の低すぎる天井に驚く。年季が入っているのだろう。少し触れば、表面の塗料のカスが降ってきて、隣に視線を移すと壁には地図のようなものが隙間なく貼られている。地図には至るところに赤色で丸印がされていた。
「私捕まってしまったのね。あの人は誘拐犯の一種かしら」
先程の出来事を思い浮かべ、眼帯の男の顔を思い浮かべる。なんて人に連れて行かれたのだと落ち込むハルは、再び布団に倒れ込み、ぎゅっと目を瞑った。
しかし、しばらくして目を開けると、そこには先程と同じ光景が広がっている。「夢じゃないのね」どうやらここは現実のようだ。
一体なぜこんなことになったのだと先程までの記憶を呼び起こしていると、誰かの声が聞こえてきた。
「ヤクモ……いきなり連れ去るなんて失礼ですよ。きっと仕事中だっただろうにねぇ。ちゃんと説明してから船に連れ込まなければ」ゆっくりと話す、穏やかな、中性的な声。
「行かないって言ったら困るじゃねぇか。ってかいきなりあいつが倒れたから……」そう話す声は鋭い。けれどどこか寂しげな、少しだけ震えるような声だった。声の主はハルを嘲笑うかのように話を続ける。
「イアンが言った通り、あいつ人を治す技術はちゃんと持っていそうだな。さっさと俺の目からカケラを取ってもらわねぇと……」
男たちはハルが起床していることに気づいていない。
「あいつら私が起きていることに気づいてないのね。随分な悪口を言っているじゃない。部屋の外だからって全部聞こえているわよ」ボソッと独り言のように呟くハルだったが、段々と言い返さないと気が済まなくなる。
だから声を張り上げた。
「あのう!!」
「起きたかハルちゃん! ヤクモと手を繋いだ途端、倒れるんだから、焦ったぞ」
ハルが呟くと同時に、ボンドがベッドの下から顔をだす。ボンドは、頭にターバンを巻き、隙間光に晒された目は、茶色で輝かしかった。
ハルがボンドを警戒していると、「混乱させたらいけませんよ、ボンド。ハルさんは起きたばかりなのですからねぇ」イアンが猛スピードで走ってきた。
「ハルさん、私はイアン・シュウと申します」
深々とお辞儀をするイアン。肩の上で綺麗に切り揃えられた赤髪が、サラッと揺れた。
「なぜ私の名前を知っているのですか? あ、あなたの手に持っている杖は……まさかあなた魔法使いじゃ」疑いの目でハルはイアンを見た。
「ふふふ、どうでしょうね?」
杖を小さく振り回しながらイアンはハルに不気味な笑みを向けた。
「オイラはボンドだ!」
ボンドはハルの隣に腰掛けた。
「は、初めまして」
ハルは深々とお辞儀をする。ふたりはニコニコとハルを見ている。
「ここは、宇宙のゼロラインを通行中の船の中といったところでしょうか」
「ぜ、ゼロライン?」
ハルはイアンに聞き返した。
「お前って、宇宙病院で働いているから、てっきり頭がいいと思ってたけど、何にも知らないんだな」廊下からヤクモが声を荒らげる。
「ヤクモ、失礼じゃないですかこんな可愛い女の子に。ハルさん、ゼロラインは宇宙の惑星同士を結ぶ主要道路の一つですよ。ゼロラインを走り続ければ、宇宙一周もできるでしょうねぇ」
イアンは杖を振り回しながら話し続ける。
「我々は、宇宙病院で働くハルさんをを救出させていただきました」
「救出? 一体どういうことですか。助けてくれとは頼んだつもりありません」少し大きな声になったハル。
すると廊下にいたヤクモが話し始めた。
「お前、つまらなそうな顔してたじゃねぇか」
青ざめるハルを察知したのか、ヤクモは部屋の中へと進む。
「俺らは、お前をさらったんじゃねぇ。救出しんたんだ」
「だから頼んでませんって」
「ヤクモ、ハルは驚いているだけだから、喧嘩しちゃいけないよ!」
ボンドになだめられ、ヤクモは大きなため息をついた。
「ヤクモ、本当のことを言ったらどうですかねぇ……」にやりと笑うイアンを横目に、「今はまだいい」と話すヤクモ。彼はプイッと顔を後ろにむけ、廊下から姿を消した。
「はぁ、これだから船長は……いい大人が素直じゃないですから」呆れたように、イアンはハルに向き直した。
「さあ、ハルさん、私たちの話をさせていただきます」するとイアンが持っている杖が綺麗な水色の光に包まれた。
「イアンさんはやはり魔法使いなのですね」
「ふふふ、私、あなたを楽しませる自信はありますよ?」
うすら笑みを浮かべ、イアンはハルの顎に手を添えた。
「し、知りません……楽しみなんて今は必要ないので」
そういいながらハルはイアンの手を自身の顔からどかした。
しょぼんとしているイアンに気を使ったのか、彼女は続けた。「魔法使いがこの世界に存在しているとは思わなかったので、少しびっくりしています。おとぎばなしの中での話かと思っていたので」
「あなたは優しいですねぇ。では、少しだけおとぎばなしを聞いていただけませんか? せっかくですしお茶を飲みながらでもいいですねぇ。さあボンド、お茶を頼みますよ」
ハルは訳がわからぬままベット下に置いてあった自身の靴を履き、魔法使いのイアンの後を追いかけて部屋を出た。
ハルがイアンの後に続き部屋から出ると、壁から床まで一面ステンレスの廊下がひろがっていた。
「な、なんですかここは一体」
「いいデザインしていますよねぇ~さすが私たちが見込んだ大工です」
ただまっすぐ広がる廊下を歩いて、ハルは宇宙船の「コントロールルーム」と呼ばれる部屋に案内された。
手前には少し広めの作りの部屋に大きなテーブル、不揃いの椅子が4脚置いてある。奥は操縦席があり、操縦席には深く腰掛けたヤクモが。彼はじっとモニターを眺めている。
「ここは宇宙船の操縦室ですか?」
「そうですよ」
「なんだそんなことも知らないのか」
冷たくあしらわれハルはしゅんとした顔をしていた。
「ヤクモ、言い過ぎなんですよ。ちょっとは考えたら今のうちに媚び売っとかないと、目ん玉取り出されるとき、痛いと思いますよぉ」怖い顔をしてみせたイアン。一方でハルは、なんのことかさっぱり分からない顔をしていた。
椅子に座るとギシッと音がする。随分と念気が入っている椅子は、案外壊れなかった。
イアンはハルの前に向かい合うようにして座った。イアンの話し方は世間一般的に女性っぽいが、男だ。中世的な人だ。部屋のモニターに反射され、赤髪がキラキラ光っているのが目にとれた。
「ハル、どうぞ」 少しするとボンドが紅茶をお盆に乗せ、こぼさまいとゆっくり歩いてきた。小さなお皿には星の形のクッキーが乗っている。時々お皿とお皿がぶつかりカタカタと音を鳴らしている。
「ボンドくん、ありがとう」
とりあえずお礼を言ったが、内心船の見た目とは裏腹に船ではハーブの栽培もできるのかと感心していた。いくら船がボロいからって技術はそこそこあるようだ。
「ハルちゃん、おいらのことはボンドでいいぞ!」
そう言うとボンドは、ターバンの中に手を入れ何かを掴んで机の上に置いた。の目の前には、ヒヨコがいる。頭から一本赤い毛が飛び出ているが。
「かわいいね」
「こいつは、旅の途中に見つけたんだ。なんで一人でいるのかって聞いたから、親鳥が殺されちまったらしく、かわいそうだったから、オイラが育てることにしたんだ」
「そうだったの」
「ハルさん、ボンドは動物の言葉が分かるのですよ」
「え?」
ハルはそんな人がこの世界に存在しているのか、御伽噺の世界だけではないのかと内心関心していた。
「ハルさんは、御伽噺が好きなようですねぇ。あとで私の本を貸してあげましょう」ハルはなぜ心の中がバレてしまったのかと焦っていたが、動物の言葉が分かることに対して驚きはしなかった。術者になるための授業で学んだことがあったからだ。人の気持ちがわかるとか、見えない人の声が聞こえるとか、動物の気持ちがわかるとか、いわゆる共感覚が発達しすぎている人が一定数この世界にいると。
「さてと、我々の目的を話しをしましょう」イアンはコップに入りっぱなしだった紅茶を一口飲み、話を進めた。
「端的に言いますと、人手不足と言いますか、僕たち見ての通り三人でしょ? むさ苦しいと思っていましてね……」うーんと考えた様子のイアンに、ヤクモが椅子から立ち上がりこういった。
「お前が使えそうだったからな」
「ヤクモは素直じゃないんですから。本題に入りましょう」
ハルはごくりと唾を飲み込んだ。
「私たちは宇宙のカケラを集めています」
ハルは感じた。イアンの話は、まるでおとぎ話のように壮大で、歴史書のように難しく、自分の無力さを感じさせるものなのだと。
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