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そっと語りかけるリンドバーグのホラ貝

 
颯々さっさつに素朴な生活を心がけていても、つい日常の瑣事に振り回され、ふと何かに寄りかかりたくなるときがある。そこで、数年ぶりにアン・リンドバーグのベストセラー「海からの贈り物 Gift from the Sea」を紐解いた。世界で初めて単独で大西洋を横断したリンドバーグ、その夫人の珠玉のエッセイである。
 
社会の一女性として、家庭の母として、また妻として日々多忙な生活から抜け出し、海辺でしばしの休暇を取った際、自らの内面を見つめては自身の在り方に思索を巡らす。普段わたしたちはいかに余計なものに煩わされているか、いかにシンプルで簡素な生活で十分なことか、そうした静かな内省が小さなホラ貝に託されていく。
 
手で弄んだり、耳を澄まして覗き込んだりするうちに、物言わぬホラ貝は渦巻きの彼方から優しい潮騒を運ぶように語りかける。
 
To ask how little, not how much, can I get along with, to say ― is it necessary? 

「ホントにあなた、そんなものが必要?」

時代は大きく変化し、複雑多様な慌ただしい毎日だが、それだけにかえって簡素で風通しのよい日常は、人間の内面的/外面的存在にとって必要なことではないかと思えてくる。アンが思いを重ね合わせたかわいいホラ貝は、現代の最先端に立つ私たちにも人知れず海辺の砂浜からそっと話しかける。
 
「あなたは、いまのあなたで十分やっていけるわ」と。

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