「伝説、じゃないほうの俺」第1話 Creep【#週刊少年マガジン原作大賞/公募作品】
人 物
加納始(28)(18)会社員
加納草介(26)(16)始の弟・ギタリスト
加納大河(22)始の弟・ボーカル
田淵圭(27)ベーシスト
沢村賢人(24)ドラマー
加納咲子(57)始の母
高田春子(29)始の同僚
伊藤孝宏(28)始の同僚
須山舞(18)始の高校時代の同級生
本 編
○ライブハウス・会場・中(夜)
爆音のロックの生演奏。満員の客がステージに手を伸ばし、歓声をあげる。
客「タウルス! タウルス!」
最後列で小太りの加納始(28)が、壁によりかかり、酒を飲んでいる。スーツ姿で、上着は手に持っている。
ステージでは、ウィンドブレーカーを着てギターを弾く加納草介(26)、だぼだぼのTシャツを着た一際背の高いボーカルの加納大河(22)、ベースを弾く田淵圭(27)、ドラムを叩く沢村賢人(24)が、スポットライトに照らされている。
大河「We are Taurus!」
観客の歓声が上がる。俯いてギターでイントロのフレーズを弾く草介。草介をちらりと見てから、ドラム横の缶ビールを手にとり、一気飲みする大河。イントロが終わり、大河が千鳥足でマイクに近づき歌い出す。途中歌詞を間違え、草介が顔を上げ大河を睨む。
その様子を見て笑う始。
○同・楽屋・中(夜)
草介がギターを背負い、ウィンドブレーカーの襟を上までしめて、ドアに向かう。始が入ってきて、鉢合わせる。
始「お、早いな。もう帰るのか」
草介「あの馬鹿と同じ空気を吸いたくない」
大河「はぁ?」
座って酒を飲んでいた大河が勢いよく立ち上がる。
始「またお前は……」
草介「兄ちゃんは、あいつ甘やかしすぎ」
俯いて出ていく草介。笑顔で大河の肩を叩く始。
始「まぁまぁ、あいつはあぁいうやつだ」
不満そうな顔でどかんと音を立てて座る大河。その横に座る始。
鞄からウィスキー瓶をだし、テーブルのコップ2つに注ぐ始。片方を大河に渡し、もう片方で乾杯の仕草をする。
コップを受け取り、乾杯に応じる大河。酒を飲むと笑顔になる。
大河「兄ちゃん、今日どうだった?」
始「この前以上に盛り上がってたな。でも、ビールは飲みすぎじゃないか?」
大河「あれが俺のパフォーマンスだから」
笑顔で手を広げる大河。笑う始。
始「草介は、それが気に入らないらしいな」
大河「あいつは陰キャすぎるんだよ」
始「まぁ、でも、陰キャなあいつが、高校時代ずっと、部屋にこもって書いてた曲が、世間の皆さんは好きなんだ」
大河「曲は認める。でも、俺はあいつの性格、嫌い」
始「知ってる」
笑う始。椅子にだらりと背をもたせかけ、天井を見る大河。
大河「兄ちゃんとはこんなに気合うのにさ、草介はムカつくんだよなぁ」
座る大河と始に、タオルを首からかけた田淵と沢村が歩いて近づいてくる。
田淵「お兄さん、大河落ち着かせ係、ありがとうございます!」
沢村「ございます!」
始「おぉ、タブちゃん、賢人、いつもうちのお騒がせ弟たちが世話になってます」
笑う始、田淵、沢村。
大河「なんだよ、兄ちゃんまで」
田淵「お前、草介は呼び捨てなのに、お兄さんのことは、兄ちゃんなんだな」
始「言われてみると、子供のときからだな」
大河「リスペクトの違いよ」
沢村「お兄さんの前では、かわいい弟してるんだよなぁ」
田淵「ま、そろそろ店で飲みなおすか。お兄さんも来ますよね?」
始「いや、今日はちょっと。明日までにやらないといけない仕事あるんだわ」
沢村「さすが企業人、尊敬です!」
始「一般ピープルは、地味にあくせく働くしかないのよ」
笑う始。俯いて酒を飲む大河。
沢村「え、いや、そういうつもりじゃ……」
田淵「おい、賢人……」
始「あ、ごめん、気遣わせて。そういうのじゃないよ。てか、今日のライブ、よかったよ。フェスも決まったんだろ?」
沢村「そうなんです!」
大河「あ、母ちゃんと兄ちゃんのぶんのチケット、今度送る~」
始「お、いいのか。母ちゃんも、フェスなんてびっくりするな」
笑って立ち上がり鞄と上着をとる始。
始「じゃ、打ち上げ楽しんで。あ、そのウィスキー、先飲んじゃったけど差し入れ」
田淵「ありがとうございます!」
沢村「ございます!」
大河「これおいしい。兄ちゃん、またね」
始「おぉ、タウルス、応援してるぞ!」
力ない笑顔を見せてから出ていく始。
テーブルに置いたコップを触り、ぼんやりと眺める大河。
田淵「賢人、お前、天然なの? 嫌なやつなの?」
沢村「いや、俺、お兄さんは大企業勤めのエリートだし、純粋に……」
大河「はじめにギター買ったのも、バンドしてたのも、兄ちゃんだったんだよね。でも、母さんが離婚して家計苦しくなってやめて、奨学金で大学行って就職して、家に金いれてきたの」
沢村「え……」
大河「その兄ちゃんのギターで遊んでたのが、草介と俺。兄ちゃんは、草介よりギターうまかったんだよなぁ」
沢村「俺、全然知らなくて……」
大河「責めてないよ。なんか思い出しただけ。兄ちゃんだって世間的には悪くないところで生きてるし、俺にカリスマ性と運がありすぎるから成功してるわけで」
田淵「最後は自分上げかよ。行くぞ」
笑う田淵。立ち上がる大河。気まずそうに大河をおどおどと見る沢村。
◯加納家・居間・中(夜)
加納咲子(57)がちゃぶ台で煎餅を食べながらテレビを見ている。
ちゃぶ台の横の棚には、タウルスのCDと、子供時代の三兄弟の写真が飾られている。その横には、ハリネズミ、牛、タスマニアンデビルの古ぼけたぬいぐるみ。
始が襖を開け部屋を覗く。振り返る咲子。
咲子「あら、おかえり。どうだった?」
始「ただいま。盛り上がってたよ」
咲子「そう、よかった。ごはんは?」
始「お腹すいて牛丼食べてきちゃった。これから部屋で仕事するけど、母さん、体調は大丈夫?」
咲子「そうなの、忙しいねぇ。今日は大丈夫そう。でも、始がいてくれると本当に安心」
始「また弱気なことを」
咲子「だって草介と大河は、浮世離れしたことして、出ていっちゃうし。ちゃんとお勤めして、そばにいてくれるのは始だけなんだもん」
始「でも、ご近所さんには、あいつらのこと自慢してるんでしょ?」
咲子「自慢じゃなくて、聞かれるの!」
始「そうですか、そうですか」
咲子「始、そういえば、お隣の青木さんがね、ひどいのよ……」
壁の時計をちらりと見る始。
始「……あ、ごめん……母さん、仕事、今日中にやらないといけないから」
咲子「えぇ、始に話したくて、ずっと待ってたのに!」
始「明日の朝飯のときにでも、聞くから、ね」
咲子「ふーん、仕方ないか。明日ね!」
始「はいはい。じゃあ、部屋いくから。なんかあったら呼んで」
笑って襖を閉める始。
襖を閉めてから、溜息をつく。
○加納家・始の部屋・中(夜)
虚ろな表情、スウェット姿で、机のパソコンに向かう始。手を止め、振り向く。目線の先には、部屋の奥に立てかけたエレキギター。
立ち上がり、ギターに近づいて触ろうとする。ギターの横に、タウルスのライブのフライヤーが落ちている。
それを手にとり、じっと眺めてから、床に投げつける始。フライヤーがふわりと舞い、ぽっこりとでた腹にあたる。苦笑いして机に戻る始。
◯電車・中(朝)
ワイシャツ姿で、お腹側に抱えた黒いリュックを撫でながら、満員電車に揺られる始。
前には二人の女子高生。スマホの画面を見せあっている。画面にはタウルスのライブ中の写真。それに気付いて、二人を観察する始。
女子高生1「見てこれ。大河は、声だけじゃなくて、ビジュもよいよね~」
女子高生2「えー、大河、顔はかわいいけど、私は草介だな」
女子高生1「まぁ、あの曲と詞書いてるのは、草介だからね」
電車が急停止して、女子高生にリュックが当たってしまう。女子高生が怪訝そうな顔で睨む。焦って、リュックに添えた手を上げる始。
◯オフィス・執務室・中(朝)
汗を拭きながら、始がデスクにつく。そこに、ショートカットに大きなイヤリング、フレアパンツ姿で、書類を持った高田春子(29)が、近づいてくる。
春子「加納くん!」
始「あ、高田さん……おはようございます」
春子の距離が近く、おどおどする始。
春子「おはよ、ねぇ、加納くんって、タウルスの二人のお兄さんなの!?」
始「え、あ、はい、そうですけど」
春子「もー、なんで言ってくれなかったの! 伊藤くんに聞いて、びっくりだよ」
始「いや、あえて言うタイミングがなかったというか……」
春子「私、ネットの1本目の動画から、見てるからね!」
始「え、そうなんすか、それはお世話になってます」
始の顔をじっと見る春子。顔を赤らめて、目を逸らす始。
春子「うーん、たしかにそう言われると、目が草介に、輪郭が大河に似てる……か?」
始「いや、あんま似てないってよく言われるんで……」
春子「そうだよね?」
豪快に笑う春子。
春子「あ、ごめん、いちファンな気持ちで、弟さんたち、勝手に呼び捨てにしちゃった」
始「あ、それは全然……」
春子「びっくりして、朝からつい声かけちゃった。ごめんね。最近疲れてそうだから、このチョコあげる」
書類の上に重ねていたチョコを、笑顔で始に渡す春子。
始「え、あ、ありがとうございます」
おどおどと受け取る始。立ち去る春子の後ろ姿を呆然と見送る。
始の隣の席に、伊藤孝宏(28)が座る。
伊藤「おつかれ。ごめん! 高田さんに言っちゃった。偶然タウルスの話になった流れで……」
始「お、いや、別にいいけど」
慌ててパソコンに向き直り、チョコをそっとデスクに置く始。
伊藤「なに、そのチョコ」
始「なんか、高田さんがくれた」
伊藤「よかったじゃん」
始「え、あぁ、おいしそうだよね」
伊藤「高田さん、けっこうなファンらしいね」
始「そうみたいね」
伊藤が始に椅子を近づけ、声をひそめる。
伊藤「弟たち、ダシにして、2人でライブでも行っちゃえば?」
始「え、ダシって、なんで」
伊藤「だって、高田さんとお近づきになりたいんでしょ?」
始「いや、気さくで、きれいで、いい人だなと思うけど……」
おどおどする始。にんまりする伊藤。
伊藤「ま、いいけど。仕事しよー」
パソコンに向き直り、仕事をはじめる伊藤。始もパソコンのにあたふたと向かう。デスクの書類を手で落としてしまい、慌てて拾う。それを見て、伊藤が笑う。
◯オフィス・エントランス・前(夕)
鞄を持った春子がエントランスを出て、歩いていく。その姿を後ろから見るリュックを背負った始。緊張した顔で拳を握り、早歩きで春子に近づく。
始「高田さん、おつかれです」
振り向く春子。
春子「あ、加納くん、おつかれさま。今日は早く終わったんだね。よかった」
始「は、はい」
並んで歩き出す始と春子。
春子「加納くん、けっこう仕事押し付けられてるんじゃないかって思ってたんだけど、大丈夫?」
始「ははは、大丈夫です。俺、要領悪くて」
春子「いや、人のことがよく見えすぎるんだよ、加納くんは。この会社、けっこう無神経な人多いから、珍しい」
笑う春子。
始「見えすぎる、かぁ」
夕空を見る始。始を見る春子。
春子「朝、私、テンション上がりすぎだったよねぇ」
始「いや、全然……あ、そのことなんですけど……」
緊張した面持ちになる始。
始「あの、今度あいつらフェスでるんです。それでチケットもらって。2枚あるんで、よかったら、一緒に行き……ます?」
春子「え、えー、いいの!? フェスでるって知ってから、一緒に行く友達いないか探してたの! ……あ、また私テンション上がって」
春子の大きな声に、まわりの会社員が振り向く。それを見て笑う始。恥ずかしそうにする春子。
春子「でも、チケット、いいの? もう1枚って、他のご家族とか……」
始「母がいるんですけど、フェス行く元気あるような人じゃないし……あの、俺は高田さんに……一緒に行ってもらえると、うれ、しいです!」
おどおどと春子から目を逸らす始。
春子「じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな。楽しみー!」
満面の笑顔になる春子。その表情をちらりと見て、嬉しそうにする始。
○加納家・始の部屋・中(夜)
にやつきながら、ベッドに寝そべるスウェット姿の始。
始「高田さん、嬉しそうで可愛かったな」
そわそわと寝返りを打つ。目線の先に床に落ちたタウルスのフライヤー。
× × ×
(フラッシュ)
伊藤「弟たち、ダシにして、2人でライブでも行っちゃえば?」
× × ×
顔をしかめる始。
始「これまであいつらのために、いろいろ我慢してたんだ。この際、利用してやる!」
反対側に寝返りをうち、布団をかぶる始。
◯フェス会場・入口・前(朝)
Tシャツにハーフパンツ姿、首にタオルをかけた始が、きょろきょろしている。
春子の声「加納くん? お待たせ」
始が振り返ると、ショートパンツにTシャツ、ハットを被った春子がいる。あたふたする始。
始「あ、どうも! ……なんか私服って、へんなかんじっすね」
春子「へんって」
始「いや、とてもお似合いというか、可愛らしいかんじというか」
春子「ははは、ごめん、褒め待ちじゃないよ。フェス久しぶりだなぁ。テンション上がってきた!」
両腕を空に伸ばす春子。それを見て嬉しそうにする始。
○フェス会場・屋外ステージ前・広場(朝)
草むらに並んで座り、ビールを飲む始と春子。少し先にあるステージでバンドが演奏している。音に合わせて揺れる春子。それを見て嬉しそうにする始。スマホの時計を見る春子。
春子「あ、タウルス、そろそろかな? 前のほう行っていい?」
始「もちろん!」
立ち上がって草を払い、歩きだす春子。それに続く始。
春子「私ね、草介……くんの書く歌詞の世界観が大好きなんだ。もちろん曲とか大河くんの声も好きなんだけどね」
歩く春子に並んで、話を聞く始。
春子「なんでこの人は、こんなの書けるんだろうって、思うの。草介くんって、どんな人なの?」
笑顔が消え、俯く始。
始「うーん、昔から内省的で繊細なやつだったかな。いつも部屋に籠もってなんか書いてましたよ」
春子「へぇ」
始「あ、兄弟ではハリネズミって言われてたんすよ。普段は1人で大人しくしてるんだけど、なんかきっかけがあると、威嚇して誰も寄せ付けなくなるって」
笑う始。
春子「ハリネズミ! かわいい」
始「大河は、タスマニアンデビル。すぐ牙向くけど、臆病だから。タスマニアンデビルが、後退りしながら、怒ってる動画見たことあります? あいつそっくりですよ」
嬉しそうに話す始。
春子「加納くんは、2人のこと、大事にしてるんだね。草介くんと大河くんは、犬猿の仲ってよく見るからさ」
始「え、いや、ハリネズミとタスマニアンデビルの仲取り持つ役なんで」
春子「で、加納くんは、なんなの?」
始「え?」
春子「なんの動物?」
始「あ、俺? 俺は……」
会場のアナウンス「続いては、レーベルが取り合っているという噂、伝説をつくると話題の新人バンド・タウルス!」
春子「え、あ、もう!?」
始「高田さん、急ぎましょう!」
ステージ前に走る始と春子。
○フェス会場・屋外ステージ・前(朝)
ステージ前に押しかける観客。その中にはいっていく始と春子。春子が始に笑いかける。
春子「すごい人だね!」
客「タウルス! タウルス!」
沢村、田淵、草介が、順にステージに歩いてきて配置につく。歓声が大きくなる。緊張した面持ちの沢村、精悍な顔つきの田淵。渋い顔で俯いて、ギターのチューニングをする草介。
大河がゆっくり、堂々と歩いていくる。さらに大きくなる歓声。
春子「あ、今日はさすがにお酒持ってない」
始「高田さん、本当にあいつらのこと、よく見てるんすね」
春子「ファンですから!」
スタンドマイクの前に立つ大河。客席を見渡してにやりと笑う。草介がギターを弾き出し、曲がはじまる。観客の歓声。
春子「この曲! 一番好き!」
満面の笑みで、手を上げステージを見る春子。その様子を見る始。
大河に合わせて歌う客。草介が顔をあげて、観客を見て少し笑う。
○フェス会場・屋台・前(朝)
汗を拭きながら、串に刺さったキュウリを食べる始と春子。
春子「加納くん、本当にありがとう! 来れてよかった! 幸せ!」
満面の笑みでキュウリをかじる春子。笑顔でその様子を見る始。
始「本当に好きなんすね。全部、曲覚えてたじゃないですか」
春子「そりゃそうだよ。全部、全部最高だから!」
タウルスが演奏していたステージのほうを見る春子。その様子を見て、渋い顔をする始。
始「高田さん……このあと、あいつらに会いに行きます?」
春子「え、え!? そんな、いいの!? え!?」
動揺する春子。笑う始。
始「元から、行こうと思ってたんで」
春子「あの、私みたいなファンが紛れ込んでもいいのかな」
始「兄の同僚でしょ。連絡してみますね」
スマホを操作しはじめる始。
○フェス会場・楽屋テント・中
始と春子が入ってくる。春子は始の後に隠れ、そわそわしている。ちょうど席を立ち、外にでようとしていた大河と鉢合わせる。
大河「あ、兄ちゃん! どうだった?」
始「よかったよ。お前ら、本当人気でてきてるんだな。あと、ちゃんとへべれけにならずに歌ってて、偉かった」
大河「いや、今日はメジャーデビューさせてくれるかもしれない事務所の人がくるっていうから、さすがにさ」
春子「え、デビューするんですか!?」
始の後ろから顔を出す春子。驚く大河。
春子「あ、すみません、急に」
始「こちら俺の会社の先輩の高田さん。動画の1本目から、お前たちのファンなんだって」
春子「はじめまして。今日も、すごくよかったです」
大河「あ、ありがとうございます。会社の人かぁ。兄ちゃんにやっときれいな彼女できたんだと思った」
始「お前、なに言って」
春子「お二人は仲良いんですね」
大河「そ、あの奥の陰気な奴とは仲悪いけど、兄ちゃんと俺は仲良いんです」
テントの奥に座ってスマホを見ている草介を、ちらりと見る大河。
始「またお前は……あれ、田淵と賢人は?」
大河「そうだそうだ、見たいバンドあって、俺も今からあいつらに合流するとこだったの、じゃあね」
始「お、足止めして悪かったな」
手を降って出ていく大河。
草介に近づいていく始。緊張しながら、ついていく春子。
始「お疲れさま」
始と春子をちらりと見る草介。
草介「あぁ、兄ちゃん……と」
始「会社の先輩の高田さん」
春子「あ、はい、そうなんです」
始「高田さんは、草介の歌詞が特に好きらしいよ」
草介「どうも……」
じっと春子を見る草介。
始「高田さん、すみません、今ハリネズミ・モードみたいです」
笑う春子。少し動揺した表情で、始を見る草介。
草介「なに、そんな話したの?」
始「ちょっとな」
俯いて恥ずかしそうにする草介。
ビールを両手に持った田淵がテントに入ってくる。
田淵「あ、お兄さん!」
始「お、タブちゃん、大河たちとなんか見にいったんじゃないの?」
田淵「なんかやりきったら、疲れちゃって、やっぱり帰ってきちゃいました。お兄さんいると、安心するなぁ。一緒に飲みません?」
始「いいの?」
田淵「はい、大河と喧嘩して不貞腐れてる草介と飲むより、お兄さんとのがいいです」
始「ははは、いつもごめんな」
田淵のほうに近づいていく始。
始「(振り向いて)あ、高田さん、もしよければ、草介と話していただいて……さっき言ってた、なんでああいう歌詞書けるとかそういうの……」
春子「え? え? あ、ありがとう」
そわそわする春子。隣の席を手ですすめる草介。
草介「面白い話はできないと思いますけど、よかったら」
春子「は、はい」
緊張しながらも、嬉しそうな笑顔で座る春子。その姿を少し悲しそうな顔で見てから田淵のほうに行く始。
○同・中
ビールを飲みながら、田淵のマシンガントークに、力なく笑って相槌を打つ始。ちらりと草介と春子を見る。
会話の内容は聞こえないが、笑う春子。はにかむ草介。
始の表情が曇る。
○(回想)桜田高校・門・前
ギターを背負った学ラン姿の始(18)と、ロングヘアのセーラー服姿の須山舞(18)が向き合っている。
舞「えーと、始くんとは本当に気が合って、すごく良いバンド仲間だと思ってるんだけど……実は私……」
始の後ろから、学ラン姿の草介(16)が歩いてくる。
草介「舞、お待たせ……って、あれ、兄ちゃん?」
舞「そういうこと……なの」
驚いて振り向く始。
始「え、そういうこと? 毎日、家で会うんだから、言えよ、お前~」
草介の肩を叩き、立ち去る始。気まずそうな顔をする舞。ぽかんとする草介。
草介と舞に背を向け、早歩きする始。目には涙が溜まっている。
(回想終わり)
○(戻って)フェス会場・楽屋テント・中
田淵のほうに向き直る始。話が一段落して、ビールを飲み干す田淵。草介を見る。
楽しそうに話す草介と春子。スマホを取り出して、QRコードを読み取りあっている。
田淵「なんか、あいつご機嫌すね」
始「お、おぉ」
田淵「歳上のきれいな人好きだからなぁ。で、好かれるんすよね、悔しいことに」
苦笑いする始。
○加納家・始の部屋・中(夜)
スウェット姿でベッドに寝そべり、スマホを見る始。メッセージアプリの着信音。
画面には、大河からの通知。アプリを開くと「メジャーデビュー、決まったっぽい!」のメッセージ。
スマホの画面を下側にして、ベッドに置き、ぼんやり天井を見る始。
メッセージアプリの着信音。眉間に皺を寄せ、スマホを見る。画面には春子からの通知。慌てて起き上がり、画面を覗き込みアプリを開く。
画面には「今日は本当にありがとう! タウルス、メジャーデビュー決まったんだね!!」。
始「……草介のやつ、ちゃっかり高田さんには連絡したのかよ……あぁ、なんでまた俺は……」
ベッドに寝転がり、布団にくるまる始。
布団から少し顔を出し、部屋の隅のギターをじっと見る。
○駅・ホーム(朝)
人だかりの中を、ワイシャツ姿で歩く始。壁にはタウルスのポスターが並ぶ。ちらりと見て、眉間に皺を寄せ、早歩きする始。
○加納家・居間・中(夜)
ちゃぶ台を囲む咲子と始。そわそわと咲子が話す。
咲子「始、いいじゃない」
始「えぇ、母ちゃん、あいつらがバンドするのに、乗り気じゃなかったじゃん」
咲子「でも、テレビよ。全国放送! 始はいつも応援してたでしょ」
始「うん、まぁ……」
力ない笑顔で、棚のハリネズミのぬいぐるみを見る始。
◯テレビ局・スタジオ・中(朝)
タウルスの大きなポスターの前で、始と女性アナウンサーが座っている。額の汗を手で拭う始。背筋を伸ばし、両拳を膝にのせる。
女性「待望のメジャーデビューを控え、伝説のバンドになると話題のタウルス。なんと本日は、ギターの草介さんとボーカルの大河さんのお兄様にお越しいただきました~」
始「よ、よろしくお願いします」
おどおどとお辞儀をする始。
女性「早速ですが、犬猿の仲で話題の草介さんと大河さん、お兄さんとお二人とのご関係は?」
始「あ、僕はどっちともわりと仲良くて。大河は歳も離れてるしかわいがってます」
女性「あの破天荒な大河さんがかわいいとは、さすがお兄さん! お二人の音楽的才能は、昔から感じられていましたか?」
下を見て拳を広げ、両手を握り合わせてから、目線を戻す始。
始「あ、はい、草介はいつも部屋にこもって曲を書いていましたし、大河は昔から声が大きいお調子者でしたね」
女性「草介さんが使っていたギターは、元々お兄様のものだったそうですね?」
始「そうなんです。俺がバイトで忙しくしてる間に、あいつ勝手に弾いてて。はじめはムカつきましたけど……」
握り合わせた手の指を、そわそわと動かす始。
始「まぁ、今あいつの曲があんなに愛されてると思うと、よかったなぁと……」
女性「そう! タウルスの曲は、ロックが低迷している昨今では奇跡と言われているくらい、愛されていますよね!」
身を乗り出す女性。力なく笑う始。
始「……はい、不思議なかんじですが、兄としてもあいつはいい曲書くなと思います」
指を止め、手をぎゅっと握り合わせて、俯く始。
○オフィス・執務室・中(朝)
デスクでぼんやりとした顔で、パソコン作業をする始。伊藤が近づいてくる。
伊藤「テレビ見たよ~弟たち、すごいことになってるな」
始「あぁ」
伊藤「なに、疲れてんの?」
始「最近、頭がぼんやりして……」
伊藤「やばいじゃん」
虚ろな目の始。怪訝な顔で始を見ながら、席につく伊藤。
○駅・ホーム(夕)
しかめ面でとぼとぼと歩く始。壁にはタウルスのポスターが並ぶ。
始「(ぶつくさと)どこ行っても、なにしてても、あいつらばっかりすごいすごいって……」
立ち止まり、ポスターを見る始。こちらを見ている草介と大河。
始「わぁーーー」
急に走り出す始。まわりの人達が振り返る。
○加納家・始の部屋・中(夜)
勢いよく部屋に入る始。背負っていたリュックを投げ捨て、部屋の奥のギターに向かう。
少し躊躇ってからギターを手にとり、肩にかける。ベッドに座り、ゆっくりと爪弾く。笑顔になる始。
段々と勢いにのり、気持ちよさそうにギターをかき鳴らす。
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