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「伝説、じゃないほうの俺」第3話 The Masterplan【#週刊少年マガジン原作大賞/公募作品】

○オフィス・執務室・中

デスクで作業をする伊藤。春子が早足で近づいてくる。

春子「伊藤くん、加納くん辞めたって、本当……!?」

椅子をまわし、春子を見上げる伊藤。

伊藤「昨日、部長と話したみたいです。タウルスのスキャンダルとか、実名顔出し動画とかで、会社に申し訳なさすぎるからって」
春子「だからって、辞めなくても……加納くんは悪いことしてないんでしょ」
伊藤「部長も止めたらしいんですけど。あいつ、気にしいだから」
春子「人の目に耐えられなかったのかな……ネットでは、あることないこと書かれてるみたいだし」
伊藤「大丈夫かって連絡してるけど、返信ないんすよ」
春子「心配ね……」
伊藤「でも、引き継ぎ資料はめちゃくちゃ律儀で丁寧で、業務もキリいいところまでちゃんとしてあるんすよ。あいつしばらく寝てないんじゃないかな」
春子「加納くんらしい……」

深刻な表情で黙り込む伊藤と春子。

 

○加納家・玄関・中

ドアを開けて、草介が入ってくる。
不安そうな表情の咲子が駆けてくる。

咲子「草介! 来てくれてよかった。久しぶりね。あんた、痩せたんじゃ……」
草介「兄ちゃんは」
咲子「部屋から出てこないのよ」

泣きそうになる咲子。無表情で咲子の横を通り過ぎる草介。心配そうに草介の後ろ姿を見守る咲子。


○加納家・始の部屋・中

スウェット姿で布団にくるまり、虚ろな目でスマホをスクロールする始。
がちゃりとドアが開き、草介が入ってくる。飛び起きる始。

始「おい、勝手に入ってくんなよ」
草介「なんで電話、無視すんの」

布団に潜り、草介に背を向ける始。ゆっくりと椅子に座り、盛り上がった布団を見る草介。沈黙の時間が流れる。

草介「……兄ちゃん、ごめん」

驚いた表情で、布団から少し顔を出す始。

草介「俺と大河はさ、ずるいよ。母さんも。兄ちゃんに甘えきってさ」

俯く草介。目が潤んでいる。

草介「俺は、兄ちゃんからギターも舞も夢も、横取りしたずるいやつなんだよ」

上半身を布団から出し、起き上がる始。

草介「兄ちゃんが自分抑えて、牛みたいに大人しく働いてるのわかっててさ。自分のこと優先したんだ」

草介の目から涙が一粒流れる。驚く始。

始「お前が泣いてるの見るのなんて、小学校のとき以来だな」
草介「真面目に話してんだけど」

笑う始。涙を拭き、むっとした表情をする草介。

始「お前はずるくないよ。素直にできること、やってきただけだ。俺は好きで働き牛やってんの。それが向いてるから」

悲しそうに下を向く始。

始「大河……大丈夫なの? 牛が空回っていろいろして、可哀想なことしたな」
草介「兄ちゃんは、悪くないよ。だって、ギター弾き語って、ハリネズミとタスマニアンデビルの話しただけでしょ」
始「え? まぁ……」
草介「あれ、舞が週刊誌に、嘘のタレコミしたみたい」
始「舞が!?」
草介「あいつさ、タウルスがバズりはじめたあたりから、連絡してくるようになったんだよ。自分が浮気していなくなったのに」
始「舞、浮気したのか……」
草介「面倒だから無視してたんだけど、しつこくて。それがここ最近ぱったり連絡なくなってたから、怪しいと思ってたんだけど。一昨日、自分がやったって、連絡あった。兄弟のことよく知ってるからとかうまいこと言ったらしい」
始「えぐい女だな……」
草介「事務所と週刊誌にも舞と説明して、たぶん近々訂正記事でるし、デビューも来月にはできそう」
始「そうか……」
草介「大河がキレて大変だったんだよ」

笑う草介。

始「だろうな。舞、高校時代はいいやつだったんだけどなぁ」
草介「兄ちゃんがSNSで叩かれてるの見て、耐えられなくて、俺に連絡してきたんだって」
始「え?」
草介「俺と大河は、自ら貶めようとしたのに、兄ちゃんには悪いと思ったらしい」

苦笑いする草介。ぽかんとする始。

始「なんだ、それ」
草介「兄ちゃんの人徳ってこと。じゃ、俺そろそろ行こうかな」

立ち上がり、ドアに向かう草介。

始「え、おい」
草介「あ、知ってると思うけど。俺と大河は、闘牛モードの兄ちゃん、好きだよ」

部屋を出ていく草介。ぼんやりと草介が出ていったドアを見る始。


◯電気屋・前(夕)

スーツ姿で歩く始。着信音が鳴り、立ち止まって電話に出る。

始「え、採用? あ、ありがとうございます!」

電話を切り、ほっと溜息をつく始。
電気屋の前に並ぶテレビを見ると、演奏するタウルスの映像。

アナウンサーの声「ボーカルの大河さんのスキャンダルが、虚偽だとわかったタウルス。波乱を超えて、来週無事デビューです!」
コメンテータ―の声「結果的にこの波乱が、彼らのスパイスになりましたね。デビュー記念ライブも即完売だったとか」

虚ろな表情で映像を見る始。

春子の声「加納くん?」

驚いて振り向く始。

始「高田さん!」
春子「久しぶり。今日も伊藤くんとどうしてるかなって話してたんだよ。元気?」
始「あ、あぁ、いろいろご迷惑おかけしました……でも、転職先もなんとか決まって、元気にしてます」
春子「迷惑なんて。転職、おめでとう。よかった」

沈黙する始と春子。テレビからタウルスの曲が流れてきて、テレビを見る。

アナウンサーの声「デビューに合わせて新曲も披露するみたいですよ。楽しみですね!」
春子「タウルスも、よかったね」
始「はい」
春子「タウルスって……名前、加納くんの牛からとってるんだね」
始「あぁ、ちゃんと聞いたことないけど。そうなんすかね」
春子「フェスのときに、草介くんが話してくれたんだよ」
始「へぇ」
春子「草介くんと大河くんは、お兄さんのこと尊敬してるからって」
始「草介は……人とのコミュニケーションは下手だけど、なぜか好かれるんです」
春子「え?」

きょとんとする春子。

始「あいつは嘘つかないから。あいつの曲とか詞がいいのは、だからだと思います。人の目を気にして、自分にも他人にも嘘ばかりつく俺とは違う」
春子「そんな、嘘なんて……」
始「大河は短絡的だけど、とにかく声が大きいし、背が高くてなに着ても決まる。俺が似たようなこと言ってもだめなんですよ、あいつが言うから伝わることがある」
春子「加納くん……」
始「俺は誰にも好かれないんです、いつも。嫌われもしないんですけどね。でも、脇役の俺の言葉は誰も聞いてくれない。俺はいつも人の話聞いてばかりで。もう疲れちゃって……」

悲しそうな表情をする春子。はっとする始。

始「あ、すみません! へんな愚痴言って。久しぶりに知ってる人に会ったからかな、ははは。じゃ、高田さんお元気で」

早足で歩いていく始。心配そうに見守る春子。

 

○加納家・居間・中(夕)

暗い表情でちゃぶ台前に座る咲子。笑顔で襖を開けて、居間をのぞく始。

始「ただいま。転職先決まった。安心して」

振り向く咲子。表情が明るくなる。

咲子「おめでとう! よかった……!」

緊張した面持ちになる咲子。

咲子「……始、ごめんね、私あんたに甘えすぎてた」
始「(笑顔で)なに言ってんの」
咲子「始……そういえば、草介から今度のライブのチケット届いたの。始に来てほしいって」
始「転職先、ベンチャーで忙しそうだから、無理かもなぁ」
咲子「そう……」

寂しそうに棚のぬいぐるみを見る咲子。

咲子「まぁ、でも……始はきっかけをつくる始まりの人、草介はみんなの媒介になる草を育む人、大河は文化を流れにのせて広く届ける人。名前のとおりになったのかしら」

微笑して、静かに襖を閉める始。


○ベンチャー企業・執務室・中(夜)

Tシャツ姿でパソコン作業をする始。デスクのスマホをちらりと見る。時刻は「19時15分」。

メッセージアプリの着信音。大河からの通知。開くと「兄ちゃん、来れない?」「もうすぐアンコール」「最後が新曲」「兄ちゃんの会社から近いから、走れば間に合う」「兄ちゃんに聞いてほしい」の表示。

画面をじっと見てから、スマホを裏返す始。


○ベンチャー企業・ビル・前(夜)

リュックを背負って、出てくる始。スマホを見る。時刻は「21時35分」。大河からの着信履歴が5件。春子からのメッセージが3件。

SNSの画面を開き、「タウルス」で検索する。
「新曲、やばい」「お兄さんがいたからこそのバンドだったのか」といったコメントとともに、ライブの動画が共有されている。
動画を開くと、「兄ちゃんに捧げます」と大河が言ってから、草介のギターとともにバラードがはじまる。

目を潤ませる始。

 

○テレビ局・スタジオ・中(夜)

音楽番組のセット。ひな壇から演奏するステージに歩いていくタウルス。

司会者1「今夜演奏していただくのは、先日のライブで演奏して話題の一曲。ギターの草介さんが、お兄さんを思ってつくったとか」
司会者2「僕も兄貴がいるんですけどね、兄弟って、お互いにずっとライバルで、でも、憧れもあって、嫉妬はするけど、一番の理解者だったりするんですよ」
司会者1「それが表現されていて、ぐっときますよね。では、タウルスでメジャーデビュー曲『brother』です。どうぞ」

草介のギターとともにバラードがはじまる。大河が歌い出す。

◯駅・ホーム(朝)

T『3年後』
Tシャツにリュックで歩く始。
壁には、タウルスのアルバムのポスター。
その横には、ITカンファレンスのポスター。
登壇者に始の写真と「気鋭のベンチャー社長」「成功の鍵は、人の話を聴くことから」の文字。

○加納家・居間・中(朝)

ちゃぶ台の前で、テレビを見る咲子。

画面には、ステージに立つ始、草介、大河。
始の左手薬指には指輪。

司会者「大躍進中のベンチャー社長、加納始さん。弟の草介さんと大河さんのいるバンド、タウルスが、新サービスのCMソングを担当するということで、今日はタウルスのお二人もローンチイベントにお越しくださっています!」

始が真ん中に立ち、不貞腐れる草介と大河の手を握り掲げる。沸く観衆。草介と大河が始を見て笑う。

目を潤ませながら笑う咲子。手には、ハリネズミ、牛、タスマニアンデビルのぬいぐるみ。

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