大人の確信と、ミコノス島──2人の小説家志望の人に会って、村上春樹のエッセイを読み返した話
どういうわけか、今週は本気で小説家をめざしている人に、2人も会った。
週末のコーヒー屋と、平日朝のコワーキングスペース。別々の場所の関係のない2人だ。これまでもそういう人に会ったことがないわけではないけれど、今週の2人はレベルが違う。かなり本気だ。
今の時代、小説家になるには、SNSで先にバズるか、賞をとるからしい。自分の書きたいものを書きたいからと、2人とも作品を書き上げ、賞に応募しているのだという。
コーヒー屋のほうの人は、ノーベル賞をめざしていると言っていた。2人とも私より歳上だ。
コーヒーゼリーの上にのったバニラアイスをもてあましながら、その本気さに私はびっくりしていた。
ノーベル文学賞といって、一番に思い浮かべるのは誰か。
日本人にそう問うたら、意外と実際に受賞したカズオ・イシグロなどよりも、毎回ニュースになる村上春樹を挙げる人のほうが多いかもしれない。
私もカズオ・イシグロの小説のほうが好きなような気がしつつも、馴染み深いのは村上春樹だ。小説以外にも、エッセイや翻訳書を読んできたというのもあるし、なによりやたらビジネス書や記事で引用される、この習慣のことをよく思い出す。
規則正しく心が安定しそうな習慣から、あんなに内省的で世界の人の心に入り込めるなんて。
はじめ知ったときはそう思ったのだけど、逆に規則正しく身体を使うからこそ、人とつながるほど深いところまで行っても、現実の生活に帰ってこれるし、作品にできるのだという。読むたびになんだか憧れてしまう話だ。
村上春樹は、その習慣を海外での旅のような生活にも持ち込んでいる。37歳から40歳の3年間、ヨーロッパを旅しながら執筆したときのことを書いた『遠い太鼓』というエッセイがある。
3年前、ミコノス島に行く飛行機でこの本を読んでから、「人生のどこかのタイミングで、ミコノス島で、村上春樹のような生活をする」というのが、夫と私の共通の夢だ(2人ともハルキストではないし、小説家志望でもないのだけど)。
ミコノス島は、ベストセラー『ノルウェイの森』を書きはじめた場所で、エッセイではシーズンオフのリゾート地・ミコノス島でこの習慣をつづけ、夜は奥さんと地元のバーで飲み、漁港で魚を買い、地元の素朴な初老の男性と話をする生活が描かれている。
この文章を書くにあたり、『遠い太鼓』を読み返したら、ミコノス島の描写は、記憶よりもうら寂しい雰囲気だった。旅で浮かれていたから、ポジティブに読みすぎたのだろうか。
ミコノス島以外のところを、あらためて読んでみる。旅のはじまりのローマは、もっと陰鬱としていた。
人気がでて、「対談をしませんか?」「コラムを書きませんか?」「この社会問題に、ご意見を伺えませんか?」とやたらオファーがきていたときらしい。
日本を抜け出すように異国の地に来て、深い孤独とともに小説を書いたのだという。人気の波に流されてご意見番にならずに、小説を書くための場所と時間を自分に用意したのだ。
どうしても自分がやりたいことを自覚していないと、こんなことはできない。ミコノス島生活に憧れたのは、その確信のようなものに憧れたからかもしれない。先ほどの引用部分のすぐあとには、こう続いている。
それで海外に行き、実際に『ノルウェイの森』と『ダンス・ダンス・ダンス』という後世に残るものを書き上げているのだから、すごい。
小説というある意味、受け取られるまで誰かの役に立つかわならないもの(村上春樹の小説は、実際かなり多くの人の役に立っていると思うけれど)への確信。それは他人との関係性でも、論理的な理由でもなく、ただ自分の内なる世界から湧き出てくるものなのだと思う。「自分は一旗あげてやるぞ」という若い野心とも、違うもののように感じる。
今週会った2人も、その大人の確信を持っているように見えて、私はびっくりしていたのだと思う。
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「いちばんの問題は僕が疲れすぎているということだった」
この一節が、最近自分について思っていたことに近くて、久しぶりに読み返したエッセイは、旅先とは違う感覚でした。
村上春樹にとっての「小説を書く」的なものが、自分にとってはなんなのかなぁと思っています。
なにかを成し遂げる人って、きっとそれがすごいレベルでクリアなんですね。
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