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「伝説、じゃないほうの俺」第2話 Under Cover of Darkness【#週刊少年マガジン原作大賞/公募作品】

○加納家・始の部屋・中(夜)

ギターをかき鳴らす始。

始「この家でギターはじめたのはな、俺なんだよ!!」

熱唱しだす始。


○加納家・居間・中(夜)

ちゃぶ台の前に座る咲子。ギターの音が聞こえる。

咲子「最近ずっとやってるわねぇ」

一際ギターの音が大きくなり、驚く咲子。


○駅・ホーム(朝)

イヤホンをして、ギターのコードをおさえる仕草をしながら歩く始。ご機嫌な表情。


○(回想)桜田高校・軽音部部室・中

学ラン姿でギターを弾く始(18)。セーラー服姿でマイクを持ち歌う舞(18)。学ラン姿のベースとドラムも一緒に、演奏している。
気持ちよさそうにギターソロを弾く始。振り向いて、笑顔で始を見る舞。
ギターソロが終わり、始と舞の目が合う。前を向き歌い出す舞。嬉しそうにその姿を見ながら、ギターを弾く始。
演奏が終わり、舞が振り返る。

舞「始のギターは、本当に歌ってて気持ちいい! 才能あるよ!」
始「おだてるなぁ」
舞「いや、本気で!」

にやける始。

(回想終わり)


○(戻って)駅・ホーム(朝)

にやけながらリズムにのり、歩く始。
タウルスのポスターの前で立ち止まる。きっと睨んでイヤホンをおさえ、また歩き出す。


○加納家・始の部屋・中(夜)

ベッドの前に三脚を立て、スマホのカメラを向ける始。ギターを持ってベッドに座り、画角を確認する。

始「こんにちは。伝説のバンド、タウルスの草介と大河の兄です! このギターは、高校生の草介が勝手に使いやがったやつ!」

ギターをじゃーんと鳴らす始。

始「久しぶりに弾いてみようと思います!」

笑顔でギターを弾きはじめる始。


○同・中(夜)

満足気にスマホの動画を確認する始。デスクに座り、鼻歌を歌いながら、パソコンで動画サイトを開く。
画面には「タウルスの兄」というアカウント名と、動画のアップロード画面。


○駅・ホーム(朝)

スマホを見る始。画面には、「タウルスの兄」のアカウント名と、ギターを弾き語る始の動画、再生回数「1,021 views」の表示。
笑顔になる始。電車が来て、スマホをポケットにしまう。


○加納家・居間・中(夜)

ちゃぶ台を囲み、テレビを見る咲子と始。テレビでは、タウルスが観客の前で演奏している。手を伸ばし、熱狂する観客。
食い入るように見る咲子。無表情で見る始。観客の歓声とともに、演奏が終わる。

司会者1「来週デビューのタウルスでした!」
司会者2「いやぁ、盛り上がってたね」

嬉しそうに拍手する咲子。冷めた目で咲子を見る始。


○加納家・始の部屋・中(夜)

パソコンを見る始。
画面には、「タウルスの兄」のアカウント名、ギターを弾き語る始の動画、再生回数「8K views」の表示。

満面の笑顔になる始。動画下のコメント欄をスクロールする。
「痛い、痛すぎる……」「いたたまれなくて、最後まで再生できず」「ギターは弾けてなくはないけど、所詮素人クオリティ」「なんだ、このクソダサなオリジナルソングww」「タウルス売れてきて、自己顕示欲爆発?」の表示。

表情が固まり、慌ててパソコンを閉じる始。ベッドに駆け込み、布団にくるまり震える。
布団のなかで、恐る恐るスマホを見る始。画面には動画のコメント欄。
「草介と大河がかわいそう」「きもい」の表示。

スクロールの手が止まらない。
「俺はけっこう楽しんだよ、タウルスの裏話的なかんじで。ギターはともかく」「お兄さん、声聞きやすいし、しゃべり系の配信すれば」という表示。
スクロールを止めて、起き上がる始。


○同・中(深夜)

パソコンを操作する始。
画面には掲示板、「【タウルス】アンチ・Taurus【デビュー阻止】」の表示。「このままさくっとメジャーデビューするの癪なんですけど」「絶対、大河とか素行悪いでしょ」「草介もやばそう」「あのお兄さんが、暴露とかしてくれないかなww」のコメント。
無表情でスクロールする始。

立ち上がり、ベッド前に三脚を立てスマホをセット、ベッドに座る。

始「ギターは大不評だったんですが、タウルスの裏話は需要あったみたいなんで。今日はしゃべりまーす」

へらへらと笑う始。


○駅・ホーム(朝)

スマホを見る始。画面には、「タウルスの兄」のアカウント名、「【タウルス裏話】草介はハリネズミで、大河はタスマニアンデビル?」のタイトル、話す始の動画、再生回数「18K views」の表示。

無表情でスクロールする始。
コメント欄には、「かわいいエピソード! 最高!」「大した話じゃなくて、期待外れ」「せっかく近親者なんだから、もっと暴露系に期待」の表示。

メッセージアプリの着信音。草介からの通知。開くと「なに、あの動画」のメッセージ。顔をしかめ、スマホをポケットに入れる始。

 

◯オフィス・廊下

スマホを見ながら歩く始。目の下には隈。春子が向こうから歩いてくる。

春子「あ、加納くん」
始「高田さん。草介と仲良くしてもらってるみたいで」

目を逸らす始。

春子「えーと、仲良くって程ではないけど……この前はありがとう! 加納くんの動画、見たよ。ギター好きなんだね」
始「気遣わなくて、いいです。きもかったでしょ」
春子「そんな……」
始「……俺、どこかでずっとあいつらに夢を盗られたと思ってたんです。でも、盗るもなにも、俺はなにも持ってなかったんだって気づきましたよ」
春子「加納くん、草介くんは……」
始「才能なんて、はじめからなかったこと、世間にわざわざ公開して証明したんですよ、俺。あいつらにも迷惑かけて」

顔を真っ赤にして、春子の横を早歩きで通り抜ける始。驚く春子。

 

○(回想)フェス会場・楽屋テント・中

談笑する草介と春子。春子がちらりと、田淵と話す始を見る。

春子「さっきのハリネズミの話なんだけど」
草介「あぁ、あれは子供の頃、母さんと兄弟で盛り上がって」
春子「大河くんはタスマニアンデビルっていうところまで聞いたんだけどね、加納くん……お兄さんのは、聞き逃して」
草介「兄ちゃんは、牛」
春子「ほぉ、たしかに、温厚で働き者だもんね。牛さんのような安心感ある」

にやりと笑う草介。

草介「春子さん、兄ちゃんのことよく見てくれてるけど、まだ知らないところあるみたいですね」
春子「え?」
草介「あの人、普段は平和に草食んでる乳牛だけど、本当は闘牛だから」
春子「闘牛?」
草介「そう、ハリネズミとかタスマニアンデビルみたいな雑魚な小動物じゃないの。角で突進して、敵を潰しにかかってくる雄牛タウルス

始を見る草介。始は笑顔で、田淵の話を聴いている。

春子「タウルスって……」

春子も始を見る。

(回想終わり)


○(戻って)オフィス・廊下

振り向いて心配そうに、ずんずんと歩いていく始を見る春子。


○加納家・始の部屋・中(深夜)

暗い部屋でパソコンに向かう始。デスクの時計は「2時」を指している。
パソコン画面には、掲示板タイトル「【タウルス】アンチ・Taurus【デビュー阻止】」、「タウルス、明日デビューだって」「誰かデビュー中止になるネタないん?」のコメント。
キーボードに手を置く始。

 

◯オフィス・執務室・中(朝)

目の下に隈をつくり、デスクでパソコンに向かう始。隣に伊藤が座る。

伊藤「弟、大変だったな……」
始「え?」
伊藤「あ、ごめん、まだ見てなかった…か」

慌ててパソコンで「タウルス」と検索する始。「人気バンド・タウルス、ボーカルの大河、過去の問題行動発覚で、デビュー延期!?」という見出しが表示される。
クリックして記事を開く。画面には、「加納大河(22)、10代で違法薬物パーティーに参加した疑惑」という本文。

勢いよく席を立つ始。

伊藤「あ、おい」

始のほうに、春子が歩いてくる。

春子「あ、加納く……」

無視して早歩きで通り過ぎる始。


○オフィス・トイレ・個室・中(朝)

トイレに座り、血眼でスマホを見る始。画面にはSNSのタイムライン。「私は大河を信じてる!」「調子乗ってたから、ちょうどいいのでは」「怪しいと思ってた」の表示。
スクロールすると、「これって、どこから情報漏れたんだろ?」「草介でしょ。仲悪かったし、陰湿そう」の表示。

更にスクロールすると、「あの小太りのお兄さんも、怪しくない? 血迷って、ギター動画あげてた人。様子へんだった」の文字。
顔面蒼白になる始。

更にスクロールすると、「嫉妬からの犯行か?ww」「俺も同じ立場で、自分だけ冴えなかったら辛いかも」の表示。
スマホを持つ手が震える。


○加納家・玄関・中(夜)

ドアを開ける始。咲子が駆けてくる。目に涙を溜め、手にはタスマニアンデビルのぬいぐるみ。

咲子「始! 大河は、あんなことしない子でしょ。いきってるけど、臆病なんだから、母さんが一番よく知ってる……」
始「いや、うん……」
咲子「お隣の青木さんにも、嫌味言われて。始、世間様に訂正してくれるでしょ? 私、インターネットのこと、よくわからないから」

縋るような目で始を見る咲子。冷めた目でタスマニアンデビルを見る始。

始「俺、忙しいから」

自室に向かう始。驚いた顔をする咲子。

咲子「あんたがそんな薄情者だって、知らなかった! こんなに、こんなに……私が悲しんでるのに、ひどい……」

振り向く始。

始「母さんはさ、結局いつも自分が一番可愛くて、可哀想なんだよな」

歩き出す始。始の後ろ姿を見て、涙を流す咲子。

 

○加納家・始の部屋・中(夜)

布団に潜る始。メッセージアプリの着信音。大河からの通知。開くと「兄ちゃん、どうしよう」のメッセージ。
画面をぼんやりと見る始。
また着信音。「俺、あんなことしてない」「助けて」のメッセージ。
スマホ画面を下にして、ベッドに置く。

音声通話の着信音がして、びくりとする始。画面を見ると、「草介」の表示。
布団に潜り込む始。着信音を聞きながら、布団のなかでがたがたと震える。

着信音が止まり、スマホを見る始。メッセージアプリの着信音。草介からの通知。アプリを開くと「闘牛モード?」のメッセージ。
始の手が震える。

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