椎名

仕事のこと。

お勤めの仕事のほうが大変だよ。

と昔から思ってるんですよ。お勤めは女性差別も多いしセクハラもされるし恥ずかしいこともつらいことも多いし責任も出てくるし、会社行ってるひとのほうが、大変ですよ。漫画家よりも。

漫画家は家で仕事が出来て、嫌いな人と会わなくていいだけで、大変楽な仕事だ、と思ってるのですが、言うともちろん同業者にものすごい勢いで嫌われるからあんまり言わない。けど言ってしまったわ。ごめんなさい。そのくらい、私はお勤め時代が大変だった。つらかった。もっと社会がすべて理不尽だった。

毎日お化粧もたいへん。毎日ストッキングもパンプスたいへんだった。セクハラもものすごかった。容姿どうこうではない。女子社員が少なくて、私が若いほうから二番目。若いほうからモテる。片っ端から口説かれるけど(既婚者からも)、ちょっと歳をとったらババアと言われた。それを若い女の子だった私の前で平気で言う。あと数年経ったら自分がババアと罵られる側だ。その一言で一日胃が重い。毎日胃を壊していた。恋愛のときめきどころじゃなく、セクハラ除けで恋人を作らねば、と強く思ってたんだけど、その状態で男と恋に落ちるとか無理すぎた。たいへんな男性嫌悪の中、デビューして漫画描いて、漫画家になります、と言って会社を辞めた。それまで地獄であった。とにかく早く結婚して辞めたい、辞めれないなら死にたい、みたいな勢いでつらかったんだけど。

まあでも、今はそんなことないのかもね。昔の話だもん。しかしその経験のせいで、今もお勤めは過酷すぎる、と思っている。とにもかくにも。毎日千切れるような苦しみであった。

漫画家はひとと会わないのでセクハラが無い。中小出版社で取引先も女性ばっかり。とても楽です。毎日本当に幸福いっぱいで、今も幸福です。本当に周囲や読者のみなさんのおかげです。ありがとうございます。編集さんとあわないと辛いかなあって思うけど。わりかしその辺運が良いほうだった気がする。トラブルはあったけど、20年間のうち、数回かな。お給料も社員だったときより全然良い。漫画業界の中で、男性作家の半分以下とよく聞かされているけど、それでも、あれほどの苦しみの中で女性社員だったときより、ずっとずっと良いです。とても、ありがたいことに。まったく不満なんかございません。

あまりのお勤めのつらさにPTSDになってて、もうあれ以外だったらたいてい耐えられます、みたいな、かなり職場環境ハードルの低い人間になっているのだと思います。もっとレベルの高いところにお勤めのかたは、きっと違う感想なんでしょうねー。

しかし、よもや女性活躍とか与党に言われる世の中になるとは思わなかった。働く母親を応援!とか。私、絶対、出産して働こうものならものすごい勢いで周囲から罵られるに決まってる、と思って、勝間和代の本を熟読してそれに備えてたんですけど、自分が子供産むころにはすっかり日本が貧乏になってて、女性も働くのが当たり前になっていた。多くの年上のかたがたに「今はお母さんになっても働くのが普通だからね」と、まるで自分自身に言い聞かせるように、言われた。私も驚きだ。ほんと、こんな世の中になってるとは思わなかったわ。結婚して出産して、どれほど妻は母親は働くな!!と世間様から罵られようとも、仕事を持ちたい。そのために、ものっすごい頑張るつもりだったのに。暖簾に腕押しでした。すごい意外だった。そして、楽だった。保育園の待機児童の件では大変だけど、周囲が、子供を産んでも働きたい、と言う私を怒らない、というだけで、すごい楽だった。勝間和代世代ど真ん中って、そうですよね。たった数年間の間にめまぐるしくその辺の価値観が反転し、ネオリベラリズムの追い風に乗った世代。

今、私は働く母親で、政府から推進されている存在だ。以前、私はいつもマイノリティで、とにかく存在を否定され続ける側だったのに、一生懸命社会に抵抗している側だったのに、いつのまにか社会が変わって、体制側になってしまった。

時代は変わる。ついこないだまで、働く女は生意気だから結婚してやらない、と言うトレンディドラマがやってたのに、今度は国家ぐるみで働く母親を応援、ですよ。そんなふうに、社会はくるくると変わるけど、他人の人生にあれこれ口出ししたひとが自分の人生に責任をとってくれることは絶対にない。

時代がずいぶん変わったから、優秀な女性はさぞ強くおなりだろうし、天高く舞い上がって、海外で活躍とかしちゃって、外国人の伴侶とか得て、そんなかんじで、のびのびと生きていけるのでしょう。それがグローバリズムだし。素晴らしいですよ。

でも今もつらいかたもいらっしゃるだろう。理不尽な社会の中で。そういうひとのために、漫画描かなきゃなあって思いますわ。女性向けの漫画って、そういうものだ。上の世代から下の世代の女性への贈与であるのが、もっとも望ましい形だ、と思って描いています。まだまだ至りませんけど。



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