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第二回中堅女性作曲家サミット~前半~

JWCMは、Japanese Women Composers Meeting、日本語で女性作曲家会議の略称です。第一回中堅女性作曲家サミットを機に2018年夏に発足しました。この記事は、2019年9月2日ハーフ・ムーン・ホールにて開催したJWCM主催「第二回中堅女性作曲家サミット」の書き起こしです。7名のパネリスト(一名欠席)との合議による加筆修正が含まれます(編集・わたなべゆきこ)。

パネリスト(敬称略)
牛島安希子桑原ゆう小出稚子樅山智子森下周子山根明季子(事前質問のみ参加)、渡辺裕紀子渡辺愛

序章、三つのキーワード

(ゆきこ)中堅女性作曲家サミット始まりました。2019年、今年で二回目になります。前回同様、8人の女性作曲家の皆さんに音楽のこと、生活のこと、社会のこと、様々な側面からお聞きしていきたいと思います。企画名として「女性」と銘打っておりますが、ジェンダーの話題に限らず、アットホームに日頃思っていること、感じていることなど、率直にお話頂ければと思います。まず、自己紹介を兼ねて、自身の創作に於ける三つのキーワードから始めましょう。

(中堅女性作曲家サミットvol1記事まとめはこちらから)

それでは私から、作曲家の渡辺裕紀子です。中堅女性作曲家サミットをオーガナイズしています。去年も同様の質問をさせて頂いて、その時は「断片」「信頼」「他者」、この三つのキーワードを挙げさせていただきました。そこに、付け加えたいのは「音を、何かの奴隷にしない」「当たり前を疑う」。最後に大事なことは「無理をしない」。これを新たに付け加えたい思います。今日はよろしくお願いします。続いて、牛島さん、お願いします。

(牛島)作曲家の牛島安希子です。三つのキーワードとして、一つ目は「歌心」。はっきりとした旋律がある音楽、ということではなく、自分自身が歌いながら作る、という意味で、「歌心」を挙げたいと思います。二つ目は「視覚表現」。実際に映像作家と一緒に作品を作ることもあれば、自分自身で視覚的体験を音に置き換えることもあります。あとは「共鳴」ですね。今日は、どうぞよろしくお願いします。

(ゆきこ)ありがとうございます。続きまして、愛さん。

(愛)渡辺愛と申します。三つのキーワード・・・。2018年は確か、まず「電子音響音楽」を挙げました、これは私の専門です。私は器楽作曲から出発してるんですけれども、最近は電子音響音楽とか、レコーディングされた素材を使った創作などを、近年自身の主なフィールドとしています。昨年挙げた二つ目のキーワードが「間(あわい)」。何かと何かの間、という意味で、昨年は「間」を挙げました。後は何を挙げたかな?

(ゆきこ)昨年は「イメージ」がキーワードに入ってましたね。

(愛)あぁ、「イメージ」・・・なるほど。うん、「イメージ」に近いかもしれないですけれども・・・実は私は普段、あまり音楽を聞かないんですね、音楽を専門にしているにも関わらず。大学でも、音楽理論やソルフェージュを教えながら、生計をたてている訳なんですけれども。興味の矛先としても、音楽から遠ければ遠いほど、何か惹きつけられるものがある。「音楽から遠く離れて」。これを三つ目のキーワードに挙げておきます。よろしくお願いします。

(ゆきこ)お願いします。では引き続き、小出さん。

(小出)小出稚子(のりこ)と申します。三つと言われて、何も思い浮かばないんだけど・・・強いて言えば「日本」「オランダ」「インドネシア」かな。この三つは、どれもこれまで私が暮らしたことのある国なんです。最初は日本で音大に通っていて、そのあとオランダに留学して日本に戻った後、再び今度はインドネシアに行き、今は日本で生活をしています。作曲創作のほかに、インドネシア・スラカルタというところのガムランをやっていて、収入源も創作とガムラン、半分半分です。日々創作の傍ら、東京音楽大学で、学生さんや社会人講座の皆さんと楽しくガムランをやっている、という毎日です。今日はどうぞよろしくお願いします。

(ゆきこ)はい、次は樅山さん。

(樅山)樅山智子です。作曲家という肩書でやらせて頂いているんですが、「何者なんだ」と言われることが多いです。インスタレーションだったり、映画だったり、儀式みたいなものを作ったり・・・記譜する音楽もあるんだけど、そうじゃないものも沢山あって、全部作曲家として関わっているつもりなんですけど、傍からは「作曲家なのか?」って聞かれることがよくあります。

三つのキーワードとしては、最初に「旅」を挙げたいんですけど、「視座が移動する体験として音楽」というのをいつも考えていて、創作のプロセスそのものが「旅」である、と感じています。二つ目は「関係性」。「関係性」=「人と人との関係性」だけではなく、生命体と環境の関係性に着目していて、つまりは「エコロジカル」・・・カタカナで思い浮かべる「エコロジカル」ではなく、言葉のもともとの意味として「生物と環境の関係性を研究する学問」というのを生態学というんですけれども、そういう生態学的な機能を持った音楽を作りたいっていうことを考えています。三つ目は迷ったんですけれど、「身体」。さっきも「移動する体験」という言葉を使いましたけれども、身体を持って体験する、ということ。つまり、今ここに身体をもって、この惑星に存在している、ということ。「聴く」という体験も身体があるから出来るわけで、でもそれは「耳で聴く」だけじゃない、「きく」もあるんじゃないか、とか。そんなことを考えています。

(ゆきこ)ありがとうございます。では桑原さん、お願いします。

(桑原)作曲家の桑原ゆうと申します。私の三つのキーワードは、「言葉」「起源」「形」です。最初の「言葉」は、特に「日本の言葉」を指しています。「声明」であるとか、「法要」や「祭り」、そういった日本の伝統文化の取材をしながら、自分自身の音楽を追求しています。元を辿ると、「言葉」って音の「起源」でもあるんです。いや、「起源」というより、言葉と音が生まれるところって、そもそも同じなんじゃないか、と思うんです。同じところから枝分かれしてきている。だから、その起源まで遡って、「音」について考えたい。そういう意味でも、「起源」を二つ目のキーワードに挙げたんですけれども、自分自身のルーツとしての「起源」、例えば「日本人として生まれてきた自分自身」について考えるという意味でも、重要なキーワードだと思っています。三つ目のキーワード「形」は、作曲って「音を形づくる」「時間を形づくる」ことだと思うんですね。特に今は時間に興味があって、「時間をどう形づくるか」に焦点を当てて、創作をしています。

(ゆきこ)最後、森下さんお願いします。

(森下)森下周子(ちかこ)です。渡辺裕紀子さんと一緒に本企画をオーガナイズしていて、本日は司会をつとめさせていただきます。私は最近まで博士論文にかかりっきりだったので、あまり作曲について考えるモードではないんですけれど・・・。強いて言えば「身体(からだ)」。腹話術に興味があって、例えば小出さんが舞台上にいる、でも身体の中は小出さんじゃないかもしれない。話者と音の解離を英語ではventriloquism effectと言うけれど、その延長といいますか、パフォーマーの身体の外側と内側が解離した状態をミュージックシアターじゃなくて器楽演奏で表現するっていうのが、一番今やりたいことです。音響そのものというより空間の質のクリエイションに興味があるんですよね。奏者がグラウンディングする/しないっていうのは興味深いトピックだと思います。二つ目は「外国人」かな。ヨーロッパで生活するようになって11年、桑原ゆうちゃんとは逆で、外国の地に身を置きながら自分のアイデンティティについて考えるっていうことをずっとやってきています。もう一つは「ベルリン」にしようかな。2011年からベルリンを拠点にしていて、それは色んな意味で大きなことです。

さて一点お伝えしておきたいことがあります。もともとこのサミットには8人のオリジナルメンバーがいます。登壇している渡辺裕紀子、牛島、渡辺愛、小出、樅山、桑原、森下、それに本日は欠席の山根明季子ですね。

山根さんはシングルマザーで一人で息子さんを育てているのですが、関西の地方に住んでいて、さらに新学期始まりのPTA役員の仕事もあり、「それを断って誰かにお願いする上に不在と遠征をめぐる経済的、心理的負担のため」参加を断念されるとのことです。今朝、「皆の前でこれ言って良いの?」って聞いたら

仕事では子供関連の事情を感じさせないようにこれまで努めてきたけれど、そのこと自体が特にこれからの世代に良い影響を及ぼすとは言えない。事情をオープンにすることで、子育てをめぐる状況が良くなることを望んでいる

と返ってきましたので、ここで言っておきますね。

今日登壇しているメンバーの中にも育児中の人もいますよね。愛さんも、今日、娘さんの具合が良くないんですって?

(愛)はい、なので、もしかすると今日は中座させて頂くことになるかもしれません。

(森下)様々な事情を抱えながらのメンバーですが、そういった面を含めて、今日はゆるやかに話していければと思います。

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創作のモチベーションと委嘱料

(ゆきこ)皆さん、ありがとうございます。山根さん含めて、この8人の作曲家の皆さんから、事前に幾つかの質問を頂いています。

1時間というタイトなスケジュールの中で、まず私が一番面白いなぁ、と感じた質問を皆さんに投げかけていきます。一つは小出さんの質問から。

「委嘱(お金あり)でなくても作曲したいか?(なんで作曲したいのか?食べるため?趣味?承認欲求を満たすため?etc.)」

小出さん、質問の意図をもう一度教えてもらえますか?

(小出)「作曲家ってそもそも職業なのか?」っていう議論がありますよね。それと関連があると思うんですけれども、私の場合は、作曲の委嘱料だけでは食べていけないんです、実際。でも一年の中で委嘱としてお受けしている曲の数は、マックスで限界に近い。なので今、私は有償委嘱以外の依頼は受け付けられない状況なんですね。お金を頂くっていうことは創造活動であり経済活動でもあるので、創作することで社会の一員として働き家族に還元する、という意味でのモチベーションはあるわけなんですけれども、そうじゃなく、依頼条件もない、まっさらな状態で「何を書きたいか」って聞かれると、、、すっからかんなんです。何にもないんです。

(森下)単刀直入に聞きますが、委嘱によって額が大きい小さいってあるじゃないですか。

(小出)もちろん、ありますね。

(森下)それによってやる気が変わるということはありますか?

(小出)金額によって音楽そのものが変わるっていうことはありません。私は、最低限の金額っていうのを設定させてもらってるんですね。これ以下だったら引き受けられない、というような。それだったら、別の仕事をやったほうが、自分の心身ともに健やかでいられる、という最低ラインですね。

(森下)そういう設定があるんですね。

(小出)勝手に決めさせてもらっちゃってるってだけなんですけれど。今までの経験から、財団などの大きな組織からの委嘱の場合、大体いくら、個人委嘱だったらこのくらい、っていうのが段々わかってきて。日本もオランダも。なので、それを鑑みて設定してるって感じです。

(森下)それは変化するんですか?

(小出)個人か団体かっていうので、全く変わります。あとオランダでは、個人が作曲家に依頼する場合でも、財団(?)にそれをアプライする形なんです、個人が委嘱料を賄うんじゃなくて。要は最終的にその財団がお金を出すわけなんで、演奏家のポケットマネーで委嘱料を払うわけではありません。100%かどうかわかりませんが。

それで私が聞きたかったことは、委嘱じゃない場合、みんなはどうモチベーションをもって創作しているのかな、っていう部分なんですけれども、皆さんいかがですか?

(ゆきこ)恐らく、みんな状況が違うと思うんですけれども、まずね、小出さんは留学されてから4年経っていて、この話を聞く限り、ある程度委嘱をもらっている。それだけで凄いなぁ、いいな、と思うんですね。

(小出)いや、私の創作できる曲数のマックスが低いだけだと思います。

(ゆきこ)私個人で言うと、学生自体はとにかくチャンスがあれば書く、というスタンスだったし、チャンスがなかったら自分でオーガナイズして場所を作って書く、ということをやっていたんだけど、卒業してからは有償の委嘱のみを引き受けるようになりました。ほかに仕事をしていないし、養ってくれる旦那さんがいる、というわけじゃない。自分で家族を養わなければいけないので。

(森下)それって「音楽を書く」モチベーションとは別の話ですよね。小出さんの場合は、有償の場合は経済活動としてのモチベーションが保たれてるっていう。裕紀子ちゃんはどう、お金がなくてもやるかどうか?

(小出)例えば「素晴らしい奏者、やりたい編成。書きたい条件は揃っているけれど、委嘱料が出ない」という時とか?

(ゆきこ)私は2014年からドイツをベースに活動してるんですけれども、ドイツではやりたいことがあったら、自分で文化庁なりにアプライしてファンディングを獲得するわけなんです。まずプロポーザルを書いて出す、お金を調達して自分でやりたいことをやる、ということが実現しやすい。なので、やりたいけどお金がもらえない、という図式自体、イメージしにくい。

(森下)この前なんだったっけな、「妄想シリーズ」?お金や場所の制約が完全になかったら、何をやりたいかっていう議論を何人かでしてましたよね。

(ゆきこ)私が前から言っているのは、「できないこと」を「できないまま」じゃなくて、とりあえず「やりたい」っていうことを言っていこうよっていうことなんです。決まった条件の中でやる仕事もあるけれど、そうじゃないものもある。そういうアイディアを我慢しないで、とりあえず口に出してみる。それだけでも違うと思うんです。方法はそれからみんなで考えていく。ファンディングを取っていくのか、別のシステムを構築するとか、やり方はあると思うんです。

(森下)桑原さんはどうですか?先日もクラウドファンディングでお金を集めてコンサートをしたり、自分なりのやり方で創作を続ける方法を模索している印象があります。

(桑原)私は、35歳までは何が何でもがんばるって決めているんです。今34歳で、12月に35歳になるんですけれど。なので、今は頼まれたら引き受ける、というスタンスです。小出さんと同じで今は、書く量はマックス、ぎちぎちなんです。でも、もしも何も依頼がなくなっても作曲するかどうか、って尋ねられたら、すると思うんです、私は。なので、モチベーションとして、まず経済活動より何よりも「作曲がしたい」ということなんじゃないかと思います。

(森下)樅山さんはどうですか?

(樅山)私も基本的には、お金を頂かない仕事はやっていなくて、ただプロジェクトによるかなって。まだお金を頂く段階にはないけど、仲間と一緒に実験的にスタートしたような、グループとしての活動とかでは、お互いが「自分たちが出来ることを投資してやろう」というようなこともあるんですよね。でも、そのグループとして招聘されて何かやるってなったら、ギャランティを確保してもらわないといけない。ただ、自分たちが自分たちの意志でやるものに関しては、助成金を取ってくるなり、自分たちでお金を貯めてやるとか、そういう場合もあるにはあるんですよね。私もこの議論を前にしたことがあって、「委嘱がなければ作らない」って、そう言ったら「信じられない」って言われたことがあったことを思い出しました。

(森下)この世界だと、どこからが「プロ」で、有償になるのか、境が曖昧ですよね。

(樅山)そうですよね。例えば、やりたいことがあって書いたとしても、実現するにはお金が必要じゃないですか。パフォーマンスに対して、もしくは場所に払うお金だったり。特に、私がやっているものは色々な人たちを巻き込んでいたり、複数の場で展開されたり、作品の内容と発表するコンテクストとの関係が親密だったり、結構スケールが大きいことが多くて。なので、もし委嘱がない状態から始まるんであれば、自分がやりたいことに対して、まずお金を獲得する努力をするし、実現のための環境が整わないのに書くっていうことは、そういう意味では想像できないですね。それがもしスケールが小さいものであっても、ソロのための作品であっても、その作品を人々とシェアできるという環境がなければ、つまり発表する場がなければ、実際に「書く」というところまでいかないんじゃないか、と思いますね。

(森下)助成金申請なども視野に入ってくるとなると、どういう企画が通りやすいのか、誰が企画をジャッジするのかという、評価基軸の話にもなってきませんか?

(樅山)もちろん、どこかの助成金に申請するとしたら、その助成金のコンセプトに合うように企画を調整するということはありますよね。でもそれが必ずしも企画にとってネガティブになるとは限らないというか、その枠組みがあるからこそ思いもつかない作品に発展していったり。委嘱であっても、やっぱりキュレーターやプロデューサーとの密な対話を通してプロジェクトを実現していくので、自分以外の枠組みからも検証することによって企画がより多層的になるということはあると思います。自分のエゴだけじゃないっていうか。そういう意味でも、私は基本的に委嘱された仕事をやるのが好きなのかも。でも、自費でやっても良いよね、どうしてもやりたいことだったら。場所を作るために投資するっていうのでも、良いと思うんです。実際に私も、まだ作品になる前のリサーチの部分などは自分で投資することもあります。

(森下)海外だとクラウドファンディングが非常にさかんですけど、それもひとつの手段になってきそうですね。桑原ゆうちゃんは、クラファンやってみてどうだった?

(桑原)2019年の夏に個展をやったんですね。それで、その時クラウドファンディングをしたんですけれども、恐らく「初めて個展をやる」ということに対し、お金を出してくださった方がいたんじゃないかな、と思うんです。なので、継続してクラファンでお金を集めることができるかと言ったら、難しいと思います。

(ゆきこ)愛さんはどうでしょう?

(愛)私は恐らくこの中ではぶっちぎりで委嘱の来ない作曲家だと思うんですけれども・・・(笑)

(森下)愛さんは「委嘱をもらうことに興味がない」の間違いだと思うけど・・・(笑)

(愛)私の場合はエレクトロニクスオンリーで曲を書くことが出来るんですね。演奏家が要らない訳なんです。例えば、家のパソコンで作った楽曲をインターネットでシェアするじゃないですか。それをヨーロッパの放送局が流してくれると、放送料が入ってきて、「あ、ラッキー」みたいな。そんなノリでも出来ちゃうので、ローコストと言えばローコストなんですよね。「書いたものの上演機会がないから、音にならない」ということは私の場合はないわけなんです。作っている段階から音なんですよね。なので、皆さんとは前提は違うと思うんです。

そして、「お金がもらえなくても作曲するか」という問いかけに対しては、現にお金を頂かずに作曲をしている訳なんで「やる」と思うんですけれども、「きっかけ」は必要かなって思うんです。「こういうのどう思う?」って訊かれて、「あぁ、何か形にしてみたいな」と思うモチベーションがあれば、お金を積まれなくても「やる」と思うし、現に「やってます」。私は作曲を技術に自信のある趣味みたいに思っているところがあって。私は自身のことを「作曲家」って名乗ってますけど、ジョブとしての作曲家じゃなくて、ライフワークとしての作曲家なんですね。技術に自信がなくもないので、曲が出来たらメルカリで売る、みたいなスタンスで考えてます。

(森下)メルカリ!漫画なども、書かれてますよね。

(愛)でも、それとも違うんです。積み重ねというか、技術とか経験から「他の人とは違うものが作れる」自負はあるんです。まぁ、それがプロというならば、プロなのかもしれません。

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誰に聴いてもらいたいのか

(ゆきこ)小出さんの二つ目の質問「作った作品を誰とシェアしたいか?」というのは、愛さんどうでしょう?

(愛)結局、結果論なんですよね。発信してみたら、誰かが感想をくれたり、何か感じてくれた。それが嬉しいというか。でも、こういうこともありました。母の日に、小さいピアノ曲をプレゼントしたり。ただ通常は、何かをきっかけに曲を書いた時に、それを誰に聴いて欲しい、どういう環境でシェアしたい、そういうところまでは考えが行かないかな、と思います。それって、次の段階なんじゃないかな。

(森下)これは桑原さんと小出さんにお聞きしたいんですけれども、例えば小出さんの場合は、日本とオランダとインドネシアで活動されていたわけじゃないですか。そうすると音楽の意味合いって各土地で大きく異なってきますよね、前回のサミットでも話に出ましたが。そうした場合、どこの誰にどう聞いて欲しい、ということは考えるんでしょうか?

(小出)私も愛さんと同じで、まぁどうでも良かったんです、どう聞いてもらおうと。でも年々寂しくなってきて。コンサートでばーんと初演して、終わり、反応もあんまりないっていう状況に。特にね、日本ってお客さんの反応が割と薄めじゃないですか。何か感じたとしても、思うことがあっても、(私を含めて)面と向かって話に来てくれる人ってなかなかいないです。だから聞いてくれた人が本当にどう思ってるのか、作曲家側は出しただけで去っていく、という環境が段々きつく感じるようになってきてしまって。それに伴って、モチベーションも下がっているような気がするんです。もっと、聞いてくれた人とコミュニケーションを取りたいっていう欲求があるんだけど・・・。

(ゆきこ)その心境よくわかります。牛島さんはどうですか?

(牛島)少し前に、ゆきこさんと周子さんの対談で「個人的なものが面白い」って話されてたじゃないですか。

そういう「出すあてもない作品が面白い」っていう視点もわかるんですけれど、自分が書く上では対パブリックというか、より多くの人にも聞いてもらいたいっていうのがあります。身近なところだと、自分の両親に私がやっていることを理解してもらうことは諦めたんですけれども(笑)、より広い客層にも理解してもらいたいっていう気持ちは最初から持ち合わせています。

(ゆきこ)牛島さんからは事前質問として、

作曲家・作家として活動するときに、女性で良かったと思ったことはあるか、それはどんな時か。そして、作品を作るときに自分の性を意識することはあるか。

というのを出して頂いていたんですけど、作曲する上での「心構え」みたいなものって、あるんでしょうか?

(牛島)私の場合は、音を楽譜に書く段階ではとても抽象的な行為なので、男性的にならないと書けない、というところが、若い頃はありました。

(ゆきこ)男性的っていうのは?

(牛島)ちょっと、がんばってる、みたいな。

(森下)去年から続いているトピックに「音楽の上での、マスキュリンとはなんぞや」というのがありましたね。

(牛島)女性も男性もいる社会に出て行くときに、社会化する=武装する=男性的になるって感覚が以前はありましたね。

(森下)武装!

(ゆきこ)男性的に武装する?

(牛島)男装する、というのではないんですけれども。鎧を着る、というか。女性のままで社会性を獲得するというより、鎧を着ることがイコール、男性的になるという意識、そうならなければならないという思いがありました。

(森下)なるほど〜!そういえば、わたしと桑原さんは同じ大学出身ですけど、作曲科に女の先生いなくなかった?

(桑原)いなかった、一人も。

(森下)藝大って基本コンペ式なんですよ、毎年セレクションがあって上位数名に入ると演奏機会がもらえる。先生の中に女性がいたら何か変わってたのかなあ、考えたことなかった。

(桑原)うん、その時は何も意識してなかったけれど。

(樅山)今でも藝大って、教授は男性だけなんですか?

(桑原)教授はそうだと思います。

※東京藝術大学では、講師・准教授以上のいわゆる上位職に女性が占める割合は2割強(東京藝術大学ダイバーシティ月間2019記事より)。

(森下)そういえば、ゆきこちゃんはその辺りの感覚が全然違うという話を山根氏としたことがあります。ずっと女性の先生だったんだよね?

(ゆきこ)原田敬子先生に小学校から大学卒業までついていましたね。でも、男性の先生について勉強してきたか、女性の先生だったかで、どう音楽的に変わってくるのかっていうのは、一概には言えないですよね。難しい。私自身はその後男性の先生にも習いましたが、あまりギャップは感じませんでした。その人の本質を学ぶ、という意味では、男性も女性も違いがないかなって。

(森下)そういうところだよ!一概には言えないけど、それでも、その発言をできる人とできない人がいると思うんですよ。

(樅山)そういえば、私のついてきた先生もみんな女性でした。考えたことなかったけれど。台湾系カナダ人、エスニックマイノリティの女性でした。アジアンとしてアメリカでやっていく大変さとか、女性として活動する難しさとか、凄く彼女がロールモデルになってくれていたというか。その時には感じなかったけど、今になって思いますね。誰もが闘っていると思うけれど、その闘いを凄く近くで見させてもらったなって。

(森下)海外に暮らしていると、「男女」に加え、「人種」という軸が乗っかってきますよね。アジア人というもう一つ別のマイノリティステイタス。そういえば、ゆきこちゃんは男女差は気にしないけど、国籍の違いはすごく気にしますよね。この辺はケンブリッジ大学出版のTempoジャーナルへの寄稿記事にいっぱい書いたので、興味のある方は、ぜひ読んでいただきたいんですけれど(笑)

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未来の音楽教育

(ゆきこ)教育の話になったので、次の質問に移りたいと思うんですけれど、私たち、今30代、40代で今回も「中堅女性作曲家」と自ら中堅を謳っているわけなんですが、最初の小出さんの質問に戻って「次の世代にどういう音楽環境を育って欲しいのか」。小出さんは、今まで日本、オランダ、インドネシアと教育を受けてきて、今は日本で大学に関わっているわけなんですけれども、何かビジョンみたいなものってあるんですか?

(小出)まず、日本の音楽大学って西洋音楽しか教えてないじゃないですか。藝大は別にしても、私は東京音大出身なんだけど、西洋音楽教育に特化しているのが、日本の音大だと思うんです。それって絶対おかしいと思うんです。私は、インドネシア国立芸術大学スラカルタ校というところで勉強したんですけれども、そこはインドネシアの伝統のものしか教えていないんです。日本で言うと、能楽科と歌舞伎科と文楽科と、みたいな感じ。

(森下)現代芸術はなし?

(小出)現代芸術もあります。学生はみんなコンテンポラリーが大好きだし、たくさん作っているんだけど、独立した作曲科という学科はなかったと思います。例えば、ガムラン科の卒試は、演奏するか、論文を書くか、創作をするか、三択になっていて、そのどれかで卒業をするんだけど、創作もとても人気があるんです。演奏する人と作る人が分業ではない。伝統を学び新しいものを作る。そういう感じなのですが、私たちは最初から西洋音楽を学ぶし、大学では西洋の現代音楽を学んできたじゃないですか。だから、思うんです。「なんで私、日本人なのに西洋現代音楽を書いてるんだろう」って。オランダ行ってインドネシア行ったのに、「一周まわって、私なにやってるんだろう」ってところにいます。

私はヤマハに通っていたから、4歳くらいから「ドレミ」とかやってたなって。能役者の青木涼子さんとお仕事した時に、30代で能のことを初めて勉強して。そこで、私にとって西洋楽器の方が能より断然身近だと気付き、微妙な気持ちになりました。なんか、そこら辺がよくわかんなくなっちゃって、質問に出したんです。次の世代には、どういう音楽教育をするべきなのかって。

(森下)日本人なのに、「西洋音楽教育を疑いなく受ける」ということに、違和感があるっていうことですか?

(小出)そうですね。日本の音楽のことを知らないで育つっていうのは、おかしいと思うんです。音大の中の西洋、東洋の比重というか。

(森下)西洋のものが素晴らしいっていう視点?

(小出)うーん。まず科が少ないでしょ、日本の音楽を勉強するための専門の科。

(桑原)藝大には邦楽科があるけれども、そこに踏み込むか踏み込まないかで、全然変わってくると思うんです。やはり、そこには断絶がありますよね、それに興味を持てるか、持てないか。興味を持つチャンスがあるのかないのか。

(ゆきこ)学生時代は忙しくて余裕がないですしね。

(桑原)それもあると思います。身近にないから、それをどうしたら良いのか。

(小出)私は、そこは変えていった方が良いと思うんですよ。私が教育を受けた時代とは変化しているとは思うんだけど、西洋のものだけじゃなくて、色々なものを知った上で、自分の好きなものを追求できるような形になっていけばいいな、とは思います。

(樅山)ドレミファソラシドが前提なのはおかしい。それは、海外にいって初めて気づくことが多い気がします。

(小出)でもヨーロッパに行ったときは、思わなかったんですよね。アジアから来ている留学生も西洋音楽的に書いていたし、先生たちもそれに対して、何も言わなかった。

(樅山)私はアメリカに行ってから、凄く違和感感じましたね。なんで日本から来たのに、ドレミファソラシドでやってんの?って。そうじゃない日本の音楽何も知らないで育っちゃってるっていう事実に。選択肢すらなかったですよね。神社でテープで流れているお囃子聞くくらい。アメリカに行ってからパブリックラジオで、色んな国の色んな音楽を聞くことができて、習っている現代音楽より前衛的なものも沢山あったんです。その中に、雅楽とかもあって衝撃を受けましたよね。どうして、これを知らないんで育っちゃったんだろうって。

(小出)自動的に知らないで育ってしまうような教育システム。

(樅山)これからの教育を考えるんだったら、そこは変えたほうが良いと思いますね。色んな前提に触れられる音楽教育を目指すべきだと思います。

※後半に続きます

※2018年に行った第一回目の中堅女性作曲家サミットの様子は、以下のリンクよりご覧いただけます。

前半
01【はじめに】
02【序章とパネリスト紹介】
03【渡辺愛×山根明季子×桑原ゆうで語る~その①】
04【渡辺愛×山根明季子×桑原ゆうで語る~その②】
05【渡辺愛×山根明季子×桑原ゆうで語る~その③】
06【渡辺愛×山根明季子×桑原ゆうで語る~その④】
07【渡辺愛×山根明季子×桑原ゆうで語る~その⑤】
08【渡辺愛×山根明季子×桑原ゆうで語る~その⑥】
09【渡辺愛×山根明季子×桑原ゆうで語る~その⑦】

2020年4月JWCM初イベント企画、キクラボ01についてはこちら
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ドイツ在住作曲家。Project PPP代表。jwcw(女性作曲家会議)メンバー。オンラインで学ぶさっきょく塾やってます。

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