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「あと一回」なんて言わないで。

思いがけず時間ができてしまった今日。
久しぶりに祖母に電話をかけた。

祖母は実家に住んでおり、生まれて20何年、ずっと一緒に暮らしてきた。私が家を出てからは、実家に帰れば会えるはずなのに、忙しさにかまけて実家にも寄りついていなかった。そして昨年からの某感染症の流行により、高齢の祖母にはますます会いにくくなった。

電話はちょくちょくかかってきたり、かけたりしていた。たいがい祖母がかけてきて、私が出れなくて、折り返すパターン。1か月に1回くらいはきていたのかな。それがたぶん、2か月くらいなかった。

最近連絡がないことは何となく気づいていた。でもちょうど仕事が忙しい時期だったため、さすがに何かあったら連絡があると思い、便りがないのは無事な証拠と、こちらから電話をかけることはせずに時間が過ぎていった。

そして今日。時間ができたこともあったが、なんだか急に、今すぐに電話しなきゃいけないような気がした。思い立ってすぐスマホを手に取る。

3コールくらいして祖母が出る。

「もしもし、ああ、ゆきちゃん?久しぶりねぇ。元気?」

ほ、出た。よかった。
元気だよ、おばあちゃんは元気にしてる?と聞き返す。

「それがねぇ、ちょっと調子が悪くって…」

祖母は心臓が少し悪く、定期的に通院し、薬も毎日飲んでいた。これまで大きく悪くなることはなく、よく食べるし、散歩にも行くし、元気に過ごしていたのだけど。

聞くと1か月前くらいから調子が悪かったようだ。歩くと苦しく、近所への散歩もできなくなってしまったと。通院している病院から紹介を受け、明日大きな病院に行くらしい。段取りをして、近いうちに手術をするそうだ。

命に関わるような手術ではない。祖母も病院の先生のことは信頼しており「何も心配していないのよ」と言っていた。
だけど。


声に少し元気がないのだ。

祖母はもう92歳。何かあってもおかしくはない。

でも今までずっと元気だったから。これからも元気だと思い込んでいた。いつかお別れがくるかもしれないなんて、気づけたのに、ずっと気づかないふりをしていた。

死ぬわけじゃない。手術が終わったら家で生活できるとも言っていた。

それでもなぜだか私は、電話している間ずっと泣きそうで。声が震えそうになったら「んんっっ」と咳払いしてごまかして。これを書いている今も、なぜか涙が止まらなくて。


祖母はずっと味方だった。

とても優しい人で。そして厳しい面もある。子どものころ、お線香を手にあてられて叱られたこともあったっけ。たしか理由は、父に無礼な態度をとったことが原因だった記憶がある。家の主をとても立てる人で。

ただ、ある程度大きくなってからは叱られた記憶はない。いつもにこにこしていて。話をよく聞いてくれて。家に居心地の良さをあまり感じていなかった私は、祖母の部屋が駆け込み寺のようだった。

家を出てからも、電話ではいつも「何かおいしいものを送ってあげたいんだけどねぇ。日持ちするものは何がいいかよくわからなくて」「家に来たらおすしとか、お肉とか、おいしいもの用意しておくからね」と口癖のように言っていた。

今日も、自分の身体の方がつらいだろうに、ちゃんと食べてるの、と私の心配ばかりしていた。何か送ってあげたいけど、といつもの話をしながら。


病院ってお見舞い行けるのかねぇ。
あ、でも今は会うのやめといた方がいいか…

会う、会わないの話をしていたときに、祖母がさらりと言った。

「あと一回くらいは会いたいよねぇ」

あと一回。さらりと出たその言葉の意味するところをまともに考えるのはつらすぎて、あと一回じゃないでしょ!と冗談ぽく返すことで精いっぱいだった。


こうならないと、どうして気づかないんだろう。
その存在の大きさに。今までもらってきたたくさんのものに。

「ほら、前にゆきちゃんがお財布くれたことあったでしょ。前の財布が古くなったから、そういえばもらったんだって最近開けたのよ。ゆきちゃんからいっぱいプレゼントもらったわよねぇ」

私のほうだよ。もらっていたのは。
私があげたプレゼントなんて、本当に大したことないよ。
それをまだ持ってくれていること、使ってくれていることが、私にとってのプレゼントだよ。もらってばっかりで、何も返せてない。ごめんね。


私にできることはなんだ。

自分から電話をかけること。定期的に、こまめに。これから、1週間に1回はかけよう。

会いに行く。でもこれは手術やら、世間の状況が落ち着いてからで。気持ちは会いたいけれども、会うことで逆に迷惑をかけてしまうかもしれない。だから今はこらえて。

しかし「今は」って言い続けて時間が過ぎているのに、こうなってもなお「今は」と言わなければならない状況が、やっぱりつらいけれども。


ともに過ごせる時間が、他の人よりも確実に短いことは確かで。いつかはその時間が永遠になくなってしまうことも確かで。その現実からまず目をそらさずに、受け止める。

そうした上で、今できることをする。これまでもらったと思うなら返す。もらったものに見合う大きさのものは返せないかもしれないけれど。

きっと祖母ならにこにこして「ありがとうねぇ」と受け取ってくれるはずだから。




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