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変わること、変わらないこと

「あんなこと言うつもりじゃなかったのに」

マユの顔が頭から離れない。黒い瞳は少しも動かず、口元はきゅっと結ばれ、いつものふにゃっとした笑顔は出ない。言ってしまったんだ、私は。言ってはいけないことを。


幼馴染のマユとは幼小中ずっと一緒。「サクちゃーん」と何かと頼りにしてくるマユのことは、同い年なのに妹みたいに思ってた。

「サクちゃんお願い!先生に用事あるから一緒に職員室行って~」

「ええ、一人で行きなよ。今日は早く帰らなきゃいけないんだから」

「だって職員室のドア開けるとき緊張するんだもん…バッとこっちを見られる感じ。ああむり。お願い!」

こんなことが何かしら毎日あった。うざいと思ったこともあったけど、不思議と悪い気はしなかった。もう仕方ないなぁ。マユは私がいないとダメなんだ。私が面倒見てあげなきゃ。そう思ってた。


中3になり、マユの様子が変わってきた。

生徒会役員に立候補したのだ。「なんでマユが!?」と聞くと「へへっ、思い切って立候補しちゃった。いつまでもサクちゃんに頼ってるわけにいかないもんね」といつものふにゃっとした顔で笑う。笑顔の奥に、芯のようなものが見えた気がした。

変な気持ちになった。うざいと思ってたはずなのに。友達が頼もしくなって嬉しいはずなのに。胸の中で黒いものがぐるぐるしてる。苦しい。

…まあ、当選しなきゃ生徒会役員になれない。選挙ではスピーチがある。マユが全校生徒の前で話せるはずない。うんそうだよ。絶対できない。当選しなかったら「サクちゃーん、やっぱりだめだったよぉ」って私のところに来る。私は「もーマユだめじゃん」と言う。いつもの日常に戻る。

スピーチの時間。マユの番。壇上に立ったマユは黒い瞳でまっすぐ全校生徒を見つめ、ハキハキとした言葉で話していた。しどろもどろに原稿を読むのではなく、自分の言葉で、語りかけるように。そこにいたのはふにゃっとした笑顔のマユではなかった。

スピーチが成功しマユは当選。生徒会の仕事が忙しいのか、クラスも違う私たちはほとんど話す機会がなくなった。「マユせんぱーい、これどうしたらいいですかね」と2年の役員が話しかけるのを見かけたことがある。「ああそれはね…」と落ち着いた様子で教えるマユ。「サクちゃーん」とおろおろしていた頃の面影はなかった。

よかったじゃん。マユが頼もしくなって。面倒見る相手がいなくなって。どうってことない用事に付き合わされることもなくなって。私は私のためだけに時間を使えるんだ。いいことだ。これはいいことなんだ。


ぐるぐる考えながら家に向かって歩いていると、後ろから呼ぶ声がした。

「サクちゃーーん」

マユだ。

「サクちゃん久しぶり。最近あんまり話せてなかったねぇ。見えたから追いかけてきちゃった」

ふにゃっとした笑顔。

「生徒会の仕事ね、はじめは緊張したけど慣れてきてね。けっこう楽しいよ。今度の体育祭でね、企画しようって話してることがあって…」

笑顔の奥に芯のようなものが見えた気がした。私はマユの話を遮った。

「へえ、楽しいんだ。よかったじゃん。でもさ、私に頼りっぱなしだったマユがねぇ…なんか信じらんない。本当に大丈夫なの?体育祭、グダグダになっちゃったりして」

思わず言葉が強くなった。マユの顔を見た。黒い瞳は少しも動かず、口元はきゅっと結ばれ、いつものふにゃっとした笑顔は出ない。
気づくと走り出してた。走って、走って、走った。「サクちゃーん」という声が後ろから聞こえてくることはなかった。


小学生のときからいつもこの場所に来ていた。マユと2人で。天気がいい日の夕方「あれ、見に行こう!」と誘い合って。夏はアイス食べながら、冬は寒いねって言いながら。オレンジに包まれる時間がたまらなく好きで。

スピーチ、かっこよかったよ
生徒会の仕事、応援してるよ

言いたかったのに。本当はこれが。なんで違う言葉が出てきちゃったんだろ。なんであんなこと言っちゃったんだろ。最低じゃん私。超カッコ悪い。

オレンジ色は昔から変わらない。私たちの関係も変わらないと思ってた。でもマユは少しずつ変わってたんだね。変わってないのは私だけだったんだね。それに気づくのが嫌で、マユの笑顔の奥に芯のようなものが見えるたびすごく嫌で、ずっとずっと目をそらしてたけど、ああ、このままじゃだめなんだよなぁ。

もう、そんなに照らさないでよ。
今、絶対ひどい顔。

明日、ごめんて言おう。ひどいこと言ってごめんって。それで、応援してるよって言うんだ。マユの目を見て、真剣に。

私も変わるんだ。マユが遠くに行くのを後ろから見てるんじゃなくて、私も歩くんだ。そして追いついて、また歩くんだ。私は私の道を。何をしたらいいかなんてわからないけど、やりたいこと、チャレンジしたいこと、ちょっと考えてみよう。


またここへ来よう。
一人で。マユと二人で。

オレンジ色は、ずっと変わらない。

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こちらに参加させていただきました。

清世さんははじめましての方でした。参加させていただきありがとうございます。小説にチャレンジしたいなぁ…と思っていたところに、この素敵な企画を目にし、思わず書いてみました。絵という素材があるので、0ベースで考えるより発想しやすかったです。清世さんの絵や色にすごく惹きこまれて、書きたい!という衝動が生まれました。

この企画は、フォローさせてもらっている禧螺ちゃんのnoteで知りました。SFの要素がありつつ現代社会に問いをかけるテーマが盛り込まれていて、発想力と一つひとつの言葉選びに、作品全体から力強さを感じました。

小説、楽しかったです。

また書きます。



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