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ビッグかつと静かな冬

ストーブの前に陣取り、食パンの乗った皿を床に置く。

袋を開けて、中からそれを取り出す。

いつものキツネ色。甘じょっぱくて濃い、スパイスの効いた香り。

パンの上にそれを乗せたら、上からマヨネーズを。斜め格子にかけたらなんだかオシャレな気がしてくる。でも、レタスもアボガドも要らない。トーストの上にそれとマヨネーズのジャンクな組み合わせがベスト。


小さくしたままのテレビの音を聞きながら食べる。外を救急車が通り過ぎた。でもいつもより音がしないのは、雪が積もっているから。

アパートの外階段を上がる誰かの足音が響く。わけもなく手が止まる。足音は立ち止まることなく、そのうちに聞こえなくなった。

また食べ始めるけれど、もうほとんど残っていなかったからすぐに食べ終わる。空いた皿が冷たい。

皿をただ見つめていると、タイヤチェーンを巻いたトラックが、ガチャンガチャンと同じリズムで音を立てていく。目の前のストーブのせいで顔だけ熱い。


うつで入院し、退院して割とすぐ結婚した。まだまだ病み途中で、気持ちの浮き沈みに溺れそうな日々。日中は家からほとんど出ず、帰りの遅い夫を待ちながら息をつめて過ごしていた。


結婚して間もないある冬、私は駄菓子のビッグかつにハマっていた。

一度に何個か買えばいいようなものだが、敢えてひとつずつ買った。ビッグかつのために毎日家から出る。それが私の社会復帰のためのリハビリだった。

長靴で雪を踏みしめて、近所のスーパーに行く。ビッグかつをひとつ買って帰ったら、もう家から出ない。ストーブの前にうずくまり、外の音に聞き耳を立て、冬ごもりの小動物さながらの時間が過ぎる。


今は仕事に就き、家事も育児もしながら、個人事業主でもある。あの頃の自分とはまるで別人のような生活だ。

でも今の私は、あの白く積もる雪の中に埋めこまれたような生活の中から、温め、拡げ、伸びてきた。20年近く時間はかかったけれど。

積雪のニュースを見ながら、ふと記憶が蘇る。あのビッグかつの味は、決してわびしくはなかった。

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