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テスカトポリカ(佐藤究/KADOKAWA講/直木賞受賞作品)

<著者について>

2004年「サージウスの死神」が第47回群像新人文学賞の優秀作に選ばれる。 佐藤 憲胤(さとう のりかず)名義で その後2冊の単行本を刊行、執筆を続けるも「純文学の世界で十年以上を不良在庫として」過ごしていたとのこと。郵便局にアルバイトで勤務していた2015年「誰に頼まれたわけでもないゾンビ小説を書いて、知己の編集者にその作品の話をしたところ」江戸川乱歩賞への応募をすすめられる。2016年犬胤 究のペンネームで「QJKJQ」を第62回江戸川乱歩賞に投じ受賞、佐藤 究と改名し刊行。2018年、『Ank: a mirroring ape』佐藤究で第20回大藪春彦賞及び第39回吉川英治文学新人賞受賞されています。

<直木賞とは?>

正式には「直木三十五賞」。単行本、各新聞・雑誌として出版された大衆小説の中で最も優秀な作品に贈る賞として、1935年に芥川賞とともに創設されました。

直木三十五氏は大正後半から昭和初期に活躍した大衆作家・評論家。新聞紙上、諸雑誌上で活躍し、大衆文芸の地位確立と発展に貢献されました。

週刊誌に連載した時代小説「由比根元大殺記」がヒット。さらに2年後にお由羅騒動を描いた「南国太平記」を発表。これが代表作となりました。大衆文芸作品を数多く手がけ、直木作品を原作とした映画も50本近く上映されるほど大人気だったそうです。そのような業績を称えて、文藝春秋の創業者である菊池寛氏が直木賞を創設しました。

<あらすじ>

メキシコのカルテルに君臨した麻薬密売人のバルミロ・カサソラは、対立組織との抗争の果てにメキシコから逃走し、潜伏先のジャカルタで日本人の臓器ブローカーと出会った。二人は新たな臓器ビジネスを実現させるため日本へと向かう。川崎に生まれ育った天涯孤独の少年・土方コシモはバルミロと出会い、その才能を見出され、知らぬ間に彼らの犯罪に巻きこまれていく――。海を越えて交錯する運命の背後に、滅亡した王国〈アステカ〉の恐るべき神の影がちらつく。人間は暴力から逃れられるのか。心臓密売人の恐怖がやってくる。誰も見たことのない、圧倒的な悪夢と祝祭が、幕を開ける。

<感想>→少しネタバレです。

アステカ帝国の神々への生け贄と、現代の臓器売買ビジネスとを見事に重ねた犯罪アクション小説です。執筆三年半、千枚越えの超大作です。

描かれる暴力。
血まみれの臓器が飛び交ったり、生け贄の儀式のために生きた人間の心臓をえぐりだし…
これらは人間のする事ではないと、誰もが感じるでしょうけれど、佐藤さんが描く暴力は、読者に向けたエンターテイメントの為ではない。世の中の暗い部分を知らない私にも、途中からそう感じられました。

なぜなら、
「資本主義の現代に、人間はなぜ殺し合うのか」
という佐藤さん自身への真摯な問いかけと、何かを破壊したい気持ちをストレートに表現したと感じられたから。

メキシコにかつてあったアステカ帝国の信仰や祭儀や暦や儀式、最強の神『テスカポリカ』に対する佐藤さんの深い理解をベースに、アステカ信仰を持つ麻薬密売人と、天才的外科医によって物語が描かれていきます。

コシモという青年の感情は殆ど書かれていませんが、彼に“美しさ”をみてしまった私、変なのかな?
皆さんはいかがでしょうか。

本作はフィクションの形ではあるけれど、これより酷いことが現実に起きていると読後知りました。
佐藤さんが取材を受けると、まるで容疑者に対するように、書いた動機を記者から問い詰めるられるとのこと。知るべき義務のある記者から、この言葉が出ることに疑問を持ちました。
知るべき事を、知らないふりする事の恐ろしさを、前の戦争から学んだ筈なのにおかしいなと思いました。

読後何かに助けられたい気持ちでいたら、神谷美恵子『生きがいについて』が浮かびました。
私達は、生きがいを奪い去る“苦しみ”や“悲しみ”を決して避けては通れない。暗闇の中にいる人間こそがむしろ「光」を強く感じるということ。降りかかってくる困難を避けるのではなく、その意味を掘っていくことこそ「生きがい」を深めること…

もうひとつ好きな詩も浮かびました。
チョン・ヤンヒ『白米』
寂しくて食べてばかりのあなたに/気だるくて寝てばかりのあなたに/悲しくて泣いてばかりのあなたに/炊いてあげよう/あせる気持ちをかみくだきなさい/自分の人生は自ら消化するしかないのだから…

進歩した資本主義の世の中と思いながら暮らす中で、命の売買など、到底消化しきれない運命を負っている人達がいる現実。あの神谷美恵子さんならどんな感想を持たれるでしょう…

今ちょうど9月1日、自死する学生が一番多いという日を向かえるところです。もっと酷い現実があるのだから頑張ってと言いたいのではなく、もっと大きな問題を抱えて生きていかなければならないという広い世界に目を向けてほしいと思いました。



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