旅する習慣(乗代雄介 /講談社/芥川賞候補受賞作品)
<著者について>
乗代雄介さん
北海道江別市生まれ。幼少期に東京都練馬区に移る。中学生のとき、「侍魂」などのテキストサイトが流行していたことや、いがらしみきおの『のぼるくんたち』の影響などからブログで「創作」と呼ばれる文章を書き始め、それが創作の原点になる。2015年、「十七八より」で第58回群像新人文学賞を受賞。これがデビュー作。受賞時の職業は塾講師。その後は発表する作品が次々と賞レースに登場。
<芥川賞とは?>
芥川龍之介賞、通称芥川賞は、純文学の新人に与えられる文学賞である。文藝春秋社内の日本文学振興会によって選考が行われ、賞が授与される。友人であった菊池寛が1935年に直木三十五賞(直木賞)とともに創設し以降年2回発表されてきました。
新人作家による発表済みの短編・中編作品が対象となり、選考委員の合議によって受賞作が決定されます。
ちなみに三島由紀夫賞も受賞された作品です。
<あらすじ>
中学入学を前にしたサッカー少女と、小説家の叔父。
2020年、コロナ禍で予定がなくなった春休み、
ふたりは利根川沿いに、徒歩で千葉の我孫子から鹿島アントラーズの本拠地を目指す旅に出る。ロード・ノベルの傑作! 第164回芥川賞候補作。
「この旅のおかげでそれがわかったの。本当に大切なことを見つけて、
それに自分を合わせて生きるのって、すっごく楽しい」(本書より)
<感想> →少々、ネタバレです
舞台はコロナ禍の今、です。
主人公である小説家の「私」が、サッカー好きの姪と一緒に、千葉の手賀沼から鹿島アントラーズの本拠地がある茨城まで、利根川沿いを歩く170頁の短い旅物語です。
ただし、この作品は、特にネタバレ厳禁。平穏な4泊5日の旅物語ですが、「お読みになる時は覚悟」をお願いします。
「旅もの」というと、『アルケミスト』(パウロ・コエーリョ著)を思い浮かべました。これは人生に必要な教えが盛り沢山。
本作も、『本当に大切なことを見つけて、それに合わせて生きるのって、すっごく楽しい』この姪の言葉が、読者の心に清々しく染みるように書かれた物語に感じました。
北関東の風光、空間の広がった情景に胸がすく思いがします。
一方で、コロナ禍は「普遍的な物の素晴らしさに気付ける必要な時期」だったのか、はたまた「(実感以上に)実は大切な何かを失っていたのかも?」という恐さも描かれています。
いずれにせよ、この作品の素晴らしさのひとつは、絶景でも大自然でもない普通の自然の流れを写しとった描写でしょうか。それはコロナ禍でも、変わることはありません。
もうひとつは、ちりばめられた文人たちの引用の巧みさです。
情景描写部分は『風立ちぬ』(堀辰雄著)を彷彿とします。大好きなあの頃の作家の香りに久しぶりに触れた気がしました。
姪がリフティングの練習をしている間、小説家は書く練習をする。『歩く、書く、蹴る』と言う二人の声を聞きながら読み進めました。
「風景も時間も記憶も、そこに人間が立って言葉に置き換えるからこそ存在できる」そんな作者の気持ちが感じられます。言葉を当てはめることで、情景が美しく立ち上がります。本作にひかれた一因かもしれません。
「小説を書くことは、"練習"に似ている」とおっしゃる乗代さん。他の作品も読んでみたいです。
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