見出し画像

高瀬庄左衛門御留書(砂原浩太朗/講談社/直木賞候補作品)

<著者について>

砂原浩太朗さん

早稲田大学第一文学部卒業後、出版社勤務を経て、フリーのライター・校正者となる。2016年、第2回「決戦!小説大賞」を受賞し、『いのちがけ 加賀百万石の礎』でデビュー。本作品が2作目。

<直木賞とは?>

正式には「直木三十五賞」。単行本、各新聞・雑誌として出版された大衆小説の中で最も優秀な作品に贈る賞として、1935年に芥川賞とともに創設されました。

直木三十五氏は大正後半から昭和初期に活躍した大衆作家・評論家。新聞紙上、諸雑誌上で活躍し、大衆文芸の地位確立と発展に貢献されました。

週刊誌に連載した時代小説「由比根元大殺記」がヒット。さらに2年後にお由羅騒動を描いた「南国太平記」を発表。これが代表作となりました。大衆文芸作品を数多く手がけ、直木作品を原作とした映画も50本近く上映されるほど大人気だったそうです。そのような業績を称えて、文藝春秋の創業者である菊池寛氏が直木賞を創設しました。

<あらすじ>

神山藩で、郡方を務める高瀬庄左衛門。50 歳を前にして妻を亡くし、さらに息子をも事故で失い、ただ険しく老いてゆく身。残された嫁の志穂とともに、手慰みに絵を描きながら、寂寥と悔恨の中に生きていた。しかし、ゆっくりと確実に、藩の政争の嵐が庄左衛門を襲う。人生に沁みわたり、心に刻まれる。美しく生きるとは、誇りを持ち続けるとは何かを問う、正統派時代小説。

<感想>→少しネタバレです。

江戸時代十万石の神山藩で、軽碌の郡方を務める庄左衛門は、20余年連れ添った妻を亡くし、後に23歳の息子を不慮の事故で失くし…

五十歳から、岐路をどう生きていくか。

平凡に小録の郡方を務め、筆をとり花鳥風月をめで、ただ倹しく老いていく庄左衛門の二年間の物語です。読後も庄左衛門、この人の凛とした姿が目にやきついて離れません。彼の生き様は、現代を生きる者にも響く筈です。今、後ろ姿まで素敵な男性はどれだけいるのかな。寂寥と悔恨の中で生きる中、亡き息子の妻志穂は庄左衛門に絵を習いに通います。彼女との淡く切ない心の遣り取り、また息子のかつてのライバル弦之助とのぎこちない関わり等、それはそれは叙情的な言葉で綴られます。

藩の政争の嵐が高瀬にも襲いくることとなりますから、スリルも十分味わえます。私の一番は、若い頃恋焦がれた芳乃との邂逅、追憶かな。『おすこやかでおられましたか…あれから』と聞かれ、正直に答えてしまう高瀬。彼が乱れたのはこの部分だけと感じたから、一番です。麗しき日本語で、情景も瑞々く紡ぎだされた世界に、彼の健気さ、達観、哀愁が冴え渡ります。

『やはりこうなるしかなかったのだという気がする。違う生き方があったなどというのは錯覚で、今いるおのれだけがまことなのだろう』

特に本作品は、年齢お立場によって感じ方が違ってくるように思いました。高瀬と同じく50歳で武士を捨て文人となった江戸時代浦上玉堂を思い浮かべました。川端康成の愛蔵品の「凍雲篩雪図」からみると、激しさは違えど、高瀬の眼差しの先がみられたようでした。藤沢周平さん読みたかった方は是非!「日本はどうなっているんだ?」と不安になることもある今、小泉八雲が「ちょいとそこの西洋の旦那」と声をかけられ驚いたという、江戸の空気、麗しき日本を感じてみてください!




この記事が参加している募集

#読書感想文

189,023件

文学賞候補を読んで感想を書いていきます。今後の本選びの参考にしていただけると嬉しいです