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2020年1月の記事一覧

閉鎖病棟に入る(3)

同室の16歳の少年と仲良くなると、彼の友人たちとも親しくなった。隣室の17歳の少年。廊下を挟んだ部屋にいる、21歳の青年。年齢ははっきり覚えていないが、やはり20代の青年。彼らはいつも、わたしがいる部屋に集まってくる。閉鎖病棟は、することが少ない。週何度かの作業療法や、看護師に引率されての買い物があるとはいえ、基本的にはヒマである。彼らは修学旅行で旅館に泊まった子どもたちのようにじゃれ合い、時には喧嘩もした。 閉鎖病棟の窓は自分で開けることはできない。窓の外の景色は美しかっ

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閉鎖病棟に入る(5)

言葉を喪い、唸っているおじさんの斜め前に、車椅子の青年が虚空を眺めている。彼が大きな声を上げるので、剛腕の男性看護師がその頭を掴み、壁にぶつけていた。わたしはとくに義憤に駆られてでもなく、診察の雑談のなかでそのことを主治医に話した。翌日から暴力はぱったり止み、看護師はわたしに媚びるような態度をとるようになった。どうやら主治医がそれを上司に報告し、院内で研修が開かれたらしい。わたしとしては、彼らから媚びられるほうが敵意を感じてつらかった。内心では鬱陶しいインテリ密告野郎とでも思

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会社を辞めた加藤さん

取引先の加藤さん(仮名)が会社を辞めてしまった。加藤さんとは十年来の付き合いだが不思議なところがある人で、女嫌いを自称しながらフィリピン人の奥さんを娶ったりしていた。 また結婚した事実を積極的に周りに明かそうとはせず、一部の人間に漏らしただけであった。 奥さんが日本人でないことに後ろめたさがあったのかもしれない。それにしてもやや秘密主義的で、周囲との壁を意識的に作る人であったがおれに対しては概ねよくしてくれていた。 その加藤さんが昨年末に退社することになった。その