【オリジナル短編小説】活字なんて読めねぇよ。

※このお話は、活字または活字文化を否定するものではございません。予めご了承ください。

入社1年目の青年は"活字"に悩まされていた。

彼はデスクワークがメインであるが、勿論ワープロ関連の事務が多いことは想像に難くないだろう。

あちらにも活字。こちらにも活字。いつも活字とにらめっこである。

彼は、爆発寸前だった。


それと言うのも、彼は昔から活字が苦手だった。正確には、活字に持たれるイメージが気に食わなかったのだ。

活字を読むのは立派なことだとか、活字に触れている者は頭が良さそうに見えるだとか、そんな偏見が彼の活字嫌いの原因だった。

実際、活字は語学力向上や漢字の読み書きに大いに貢献するものであるが、学生時代の彼はそれらをどうにか払拭してやりたいと意気込んでいた。

ちなみに彼は、意外や意外、漢字のテストは非常に優秀だった。彼は漫画しか読まない主義だったのだが、社会派なものや現実的なテーマのものを好んで読み耽っていたことが功をそうしたのである。

現国のテストもまずまずの結果で、これに関して彼は「何とか頑張った。」と語っている。


とにかく、この世に蔓延る活字至上主義をなんとかする手はないだろうか、と考えながら、彼は帰りの電車に揺られていた。

何も活字を好む者全てが敵ではない。活字も漫画もこよなく愛する友人が彼にはいたが、そういう者にはむしろ好感が持てたものである。

しかし、世の中には、活字以外を馬鹿にする者もそう珍しくはなかった。至上主義にしがみついて多様性を排除するのは些か本末転倒のような気もするが、どうだろうか?

そもそも、活字が賢いとされ始めたのは平安、いや下手をするともっと前に遡る。その頃から近年まで男尊女卑文化の強い日本だったが、その辺りの時代では漢字を扱えるのは男性だけだとされていた。そこも彼の反感を買ったのである。どうりで現代の活字至上主義者には男が多いわけだ、と妙に納得さえした。


…と、この時点で彼自身にも偏見があるわけだが、そこが見えないのもまた痛快である。

それならば、今の就職先を選んだ理由から問い質したくなるものであろう。

活字至上主義者とその敵対者の間にはこうも深い溝が刻まれていて、お互いが多様性を認めなければいつまで経っても平行線のままである。

とある古い映画では、労働者と指揮者の間で不満が爆発し、ついには労働者による暴動が発生してしまうが、最後は宣教者の女性に仲介者と定められた主人公が仲を取り持つ、というものがある。

仲介者とは所謂入り口のことであると考えられる。
活字至上主義者も敵対者も、入門しやすい入り口を作るという解決策が出来るのは、まだまだ先になりそうである。

この長い戦いはまだまだ続く。

その時まで、青年が仲介者となる日をまーーー



「……。」


「活字なんて読めねぇよ。」

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