余白と毒の魅力 - ある小説の感想

救いようのない幸せな平和な小説だった。

文章は素敵だった。つらいことが起こったときの身悶えするような苦しみや、愛しさが膨れ上がったときの身体を包み込むあたたかさは、見事に表現されていた。

だけどたぶん作者が主人公のことを好きすぎて、現実的な苦しみやら冷めていく恋心やらを与えられなかったのだろう。

文章は美しかったが、いつでも気高く、上品で、「腹八分目」とか「素朴」という言葉をしらないシェフが作った、料理が全部メインのフルコースフレンチといった具合だった。

批判するのは簡単だ。

感想はどうあれ、情事というのは朝5:00に起きなくてはいけないときでも夜中1:00まで引っ張ってくれる抗えないコンテンツなのだと学んだ。

山田詠美の解説の方がむしろ文章にちょっとした毒があり、心に残ったかもしれない。

朝5:30。ラジオから中島みゆきの「悪女」が流れる。

完璧すぎる女としての主人公、そして半分くらいは自分のことを重ねているのではないかという作者の人生に、違和感を覚えてしまうのは、わたしが山田詠美側の人間だからじゃないだろうか。

と、山田詠美のことをよく知りもせず想像する。

余白への魅力、毒を忍び込ませるしたたかさの重要性を知り、それらを兼ね備える難しさも学んだ。

ちょっとミステリアスなほうが色気があって人を惹きつけるのは、人生も文章も同じらしい。


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