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月夜の船

月に夢が架かる頃
鞄を持った紳士がひとり
月夜の船に乗ってきました

真夜中の空中はもはや
海と変わらないように感じます

波のような大気をかき分けて
ゆっくりと船は進みます

紳士は立ちすくみ
辺りに少し不気味な空気が
漂いました

他の乗客は彼を遠巻きにして
互いの話に夢中になっていました

突然紳士の躰が光に包まれました
帽子を取るとにこりと微笑みます

やあ、私は違う星からやって来ました
驚かせてしまったのなら申し訳ない

皆さんのお話を聞いている内に
私も話をしたくなったのです

紳士が話すと薄荷の匂いが漂います
皆は恐る恐る紳士と話を始めました

紳士はとんでもない冒険譚を
ひょうひょうと語ります

恐竜の背に乗り太古の森を
旅した時のこと
海の上を歩いて
幻の海底都市を旅した時のこと

いつの間にか話に引き込まれてしまい

気が付けば朝陽が昇り
そこには紳士はもう居ませんでした

紳士が立っていたところには
小さな石が転がっていました

あの紳士は
皆のお喋りが気になってやって来た
月の化身ではないかと
手のひらの小石を触りながら
私はそんなことをぼんやり
考えてみたりします

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