見出し画像

ショートショート|寿司職人

マッチングで会うことになったひと回り年下のそのオンナの第一印象は、可もなく不可もなくって感じだった。彼女が身に纏っていたサンローランドのミントグリーンのモビルスーツは、はっきり言ってダサかった。おまけに背負っていたタンクは旧式だった。金曜夜七時に指定された新橋駅近くの代替肉専門店で、俺は始終ひとりでしゃべってた。彼女は「へぇー」とか「そうなんだ」ってまるで興味ない相槌をしながら、となりでハイボールを飲んでいた。それでも彼女と過ごす空間は不思議と心地よかった。


「10年くらい前まではさ、みんなフツーに魚を食べてたんだぜ。塩焼きにしたり、酢飯と共に握ったり。漁師って職業もあった。もちろん合法。」

「へぇー。」彼女は興味なさそうに、遺伝子組み換え米を口に運ぶ。

「そういえば昔、サーモスっていうアプリがすごく流行っていてさ。」

「さーもす?ドイツで設立された世界初の真空断熱魔法瓶の?」

「そうじゃないよ。SNSってやつ。エモい文章を書いたり、おしゃれな写真をアップしてさ。お互いにマウント取り合うの。」

「へー楽しそう。」

「それからみんなでハートやホシの数を競い合うんだ。21区内の人気のレストランなんかはみんなやってた。もう美味しいとか、不味いとか言う時代は完全に終わってた。口コミってやつ?それで店がリアル世界から削除されるなんて当たり前だったよ。今は言論の自由なんて認められていないから、ほんと時代は変わったよな。」

「ふーん。」彼女は過去なんてどうでもいいようだった。

「そこでちょっとした炎上騒ぎがあってさ。もうずいぶん前の話だけど。【激ムズ!】これはマグロ?ツナ?どっちかなクイズ
なんて写真をアップしてる寿司屋があってさ。赤坂見附の駅から歩いてすぐだったかな。」

「マグロもツナも同じでしょ?」彼女は怪訝そうに言う。

「もう完全に炎上目的だよね。」俺も呆れたように言う。

「『客をバカにしているのか!』とか『板前二級なんて経歴詐欺だ!』みたいな具合でさ。9ちゃんは荒れに荒れたよ。懐かしいな。」

「それでそのお寿司屋さん、どうなったの?」

「その板前さんは転職したよ。体調を崩しちゃってさ。ちょうどマスク着用義務法が始まった翌年だったかな。イケてるメディア系の会社にね。」

「メディア系?」


「そう。まぁ彼はそこでも寿司を握っていたけどね。」