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小説「ムメイの花」 #40偶然の花

朝の日課。
家の前に立つ。
右手に花はない。

ムメイに花を蘇らせるために動き出すも、
花に関する情報を掴めない日々を送っていた。
少しばかりので良いのに、情報はゼロの状態。

その代わり、日々増えていくものは
拳をつくった僕の右手の写真。

デルタのカメラを使って
見えない花を右手に握り、写真に収めている。

右手に花がいつ戻ってきても困らぬよう、
撮影のイメージトレーニングをしているんだ。

しかも頻繁にフィルム越しに拳を見ていると、
手のケアをしたり、清潔な状態を保とうとしたりするようになった。

自分の手を観察しなかったら
ケアなんて興味すらわかなかっただろう。

今朝もそんな感じでカメラを覗き込んでいる。

しばらくすると、右の方向から
ブラボーが走ってくるのがわかった。

「おーい、おはよう。アルファ」

カメラを覗いたまま、僕はブラボーの方向を見る。

片手に本を持って走るブラボーは
いつものように、僕の前でつまずいて本を落とした。

ロケットが飛ばなくなったおかげで
本を落とす音が街中に響き渡った。


「よく落とすなあ、まあいいや」

僕はカメラを下ろし、向かいのチャーリーの家を見た。

今朝のチャーリーこちら
チャーリーの家の横に設置された
物置きの影に右半身を隠している。

そしてチラチラと僕を見たり、
見なかったりしている。

見える左半身はというと、
ポケットに手を突っ込んでいた。

僕が見ていない振りをすると、
ポケットから何かを出すチャーリー。

その後、完全に物置きの影に隠れ、
背中を丸めてモゾモゾ動く。

チャーリーから視線を逸らさないでいると
驚いた様子で再び右半身だけを隠す。


「あれがかっこいいとでも
 思い始めたんだろうか?まあいいや」


僕はまたチャーリーから視線を逸らし、
見ていない振りをした。

そして近くにいたブラボーに
遅れてしまった今朝の挨拶をする。

「ブラボー、おはよう」

まだ落とされたままのブラボーの本。

不貞腐れているようにだらしなく本は開き、
ページが風にされるがまま、ペラペラとめくられていく。

もしかしたら風が本を読みたくて
毎朝ブラボーを躓かせているのかもしれない。

読みたいページが決まったのか風は止んだ。

開かれたページはどうしたことか、
黒く汚れている。


僕は仕方ないなあ、と言いながら
本を拾おうと掴んだ。

そのとき……

本が急に暴れ出し、
何かが生えてきた!

僕は焦りと驚きが混ざり、
ブラボーが躓いたときよりも
本を遠くへ放り投げた。

またもや街中に大きい音が響く。


「な、なんだ?本が動いた?!」


ブラボーは僕を見て仕方ないなあ、と言いながら本を拾う。


「アルファは何を言っているんだ?
 動くわけないだろ?乱暴に扱ってごめんよ」


両手で抱え、ブラボーが優しく撫でると
本はさらに暴れ、勝手にページが開く。
やっぱり黒く汚れたページだった。

ブラボーは驚き、僕よりも
本を遠くへ放り投げ
その場で尻もちをついた。


「ほ、本が動いた?!
 アルファ、今の見たよね?!」

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開かれたページからは
何かの”芽”らしきものが大きくなっていく。

1センチぐらい伸びると
ピタリと動きは止まってしまった。

そして、すぐに黒い粉となり
本の黒い汚れの一部になった。


僕は放られた本に近づいてみた。

「これは何の粉だ?
 ちょっとブラボー触ってみて」

「嫌に決まってるだろ!
 そういうのはアルファ、頼むよ」

僕は黒くなっている部分に恐る恐る触れる。

指についた汚れはなかなか落ちず、
擦るとさらに汚れが広がっていった。

光にあてると、きらきらと輝く。
試しに鼻にも近づけてみる。

「これは……」

ブラボーが僕の顔を見た。


「これは覚えのある、あの香り……」


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