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小説「ムメイの花」 #39挑戦の花

朝の日課。
家の前に立つ。
右手に花はない。

花の代わりに、首からカメラをかけている。

ブラボーとチャーリーに許しを乞いに行った昨日、
僕は2人からデルタのカメラを預かった。

せっかく手元にカメラがあることだし、
何かを撮影しようと試みる。

ところが実際やってみると
何を撮ったら良いんだろう?と悩んでしまう。

カメラを覗いていると誰かが走ってくるのを感じた。
多分、いや。100%ブラボーだろう。

「おーい、アルファ。おはよう」

僕はカメラを覗いたまま、声のする方を見た。

向かってくるのはやっぱりブラボー。
片手に本を抱え、石につまずく。
本を拾おうとするブラボーに僕は言った。

「ブラボー、そのまま!」


「アルファ……もう良いかな?」
しばらくしてブラボーは僕の元にゆっくり歩んできた。

カメラに、撮影された画が表示される。
僕が撮影をしたブラボーはピントが合わず、
納得のいく出来ではなかった。
これはモデルが悪いのかもしれない。

「うーん」
原因を考えていると今度は強い視線を感じ取った。
チャーリーが僕たちの方をまっすぐ見ながら歩いてくる。

「チャーリー、そのまま!」


「……いつまで止まっていれば良いんだ!
 動くよ、アルファ!」

言葉では強く言っているように聞こえても、
カメラを向けられるチャーリーの表情は
いつもより緊張をしている。

「うーん、だめだ。
 やっぱり上手く撮れない」

デルタの腕前がいかにすごかったのかを実感。
カメラを使いこなすだけでなく、
デルタらしさが現れるように撮影できるのが羨ましい。

僕の写真を横から見るブラボーとチャーリーは
画角が悪いだの、光の調整が悪いだの
自由に言い合っていた。

「数字のセンスがあるんだから、
 もう少し計算して撮ったらどうなんだ!」
「撮影者もリラックスしよう、アルファ」

あーでもない。こーでもない。
やりたい気持ちは僕にだってある。

「2人の言っていることはすごくわかる。
 でもできないんだよ。言うのは簡単。
 知っているのとできることは違う!」

ブラボーは八の字眉で僕を見て言った。
「風景にしてみたらどう?
 動くものでもないし。例えば空とか?」

ブラボーのアイデアを採用し、
空を写してみる。

僕はカメラを覗きながら
かつての空のことを考えていた。

花があったらロケットの燃料がなくなることはなく、
今もロケットが飛んでいるはずの空。

「今の僕がカメラで花を見たら、
 何か感じるものがあったかもしれない。
 ああ、花を撮影したいなぁ」

「残念ながらもう花はないよ!
 受け入れなきゃ、なあブラボー?」

「まあまあ、チャーリー。
 アルファは花があったら、
 どうやって撮ろうと思うの?」

「花は表情変えずに咲くけど、
 たくさんの感情を知っていることを伝えられるようにしたい。
 例えば花から見た空とかムメイの人を撮る、なんてね」

「アルファは花の魅力を知ったんだね、
 その想いを現実にしてみたら?
 花の写真を撮るんだ」

僕の前にチャーリーは聞いた。
「ブラボー、何言っているんだ?
 どうやって?花を蘇らせなきゃ無理さ」

「そう、さっきアルファも自分で言ってただろ?
 知っているのとできることは違うって。
 アルファが魅力を伝える番なのさ」

ブラボーは僕の進むべき方向に
誘導してくれているような感じがする。

「確かに、ロケットの燃料になっている花でもある。
 地球に行くためにも、
 僕が写真を撮ることができるようになるにも、
 ムメイに花を蘇らせないとだね……」

「無理だろ、アルファ?
 それはもっと頭の良い大人ができることだ。
 前に撮った写真じゃだめなの?
 デルタの写真があるでしょ?」

「チャーリーの言うことも確かだね。
 でも花を蘇らせ、元のムメイの街を取り戻すことも
 僕のやるべきことな気がする。

 そうだ!そのためにもう一度、
 チカラを貸してもらえないかな?
 花の情報を集めたいよ」

ブラボーの八の字眉の角度が緩む。
「協力しない理由なんてないさ、アルファ」

チャーリーだけはなぜか
少し不安そうな顔をしている。
「う、うん……頑張ろう」


それから数日、朝イチで
花に関する情報を交換しあうことにした。

日々更新される花の情報を書き込もうと、
大きめのスケッチブックも用意。

しかし、何日経っても
「特別な情報はなし」の一言で次の話題へ。
スケッチブックは真っ白なまま、月日だけが流れていく。

僕はスケッチブックの始めのページに
かつて右手に持っていた花の絵を描き、
その絵をカメラに収めた。

「僕は何をすれば良いんだろう」

描かれた花を撮影するだけの朝が過ぎていった。

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