冷戦 その8 勝因と敗因

検証ポイント5:なぜ冷戦は終結したのか?
「アメリカはソ連を破産させる気か?」
冷戦終結の原因は、一言で言ってしまえば、ソ連の破産にあります。アメリカと並ぶ「超大国」だと思い上がり、貴重な資源を身の丈に合わないほどに軍事に費やした結果といえます。

短期的にみれば、レーガン政権の軍事費増大によるソ連軍事費増大の誘発です。すなわち、あるレーガン政権スタッフが、アメリカの軍事費の増大に合わせて、ソ連も軍事費を増大させていることに着目しました。もしソ連がアメリカと意識的に足並みを揃えているのであれば、アメリカが大幅に軍事費を上げ続ければ、ソ連はやがて追いつけず、破産するのではないか?という発想を得たのでした。

そこで、レーガン政権は戦略的防衛計画(SDI、通称スターウォーズ計画)を提唱しました。今日のミサイル防衛システムの原形ですが、当時は途方もない計画でした。しかし、ソ連を破産させることが目的であるため、成功の確率は度外視され、レーガン大統領は自信満々に宣伝しました。ソ連軍は、SDIは技術的に不可能と思いつつ、アメリカの真意を測りかねていました。

そこに天の配剤か、当時のソ連のリーダーが、ゴルバチョフ書記長でした。長らくソ連経済には構造改革が必要だったのですが、老人の短命政権が続き、改革に着手できるわけもなく、事なかれ的に徒に時間が過ぎていったのでした。ようやく、久々の50代のリーダーが誕生し、構造改革に着手し、ソ連を再生させたいという意欲を持っていました。しかし、構造改革をするにしても、先立つものが必要です。しかし、書記長就任当時から、既に軍事費が国家支出の1/3を占めており、ゴルバチョフ書記長が何をするにしてもこの部門のコスト削減は不可避、増大など以ての外です。(レーガン政権は、ある意味最も効果的なタイミングでSDIを提唱したものです。)

そこで、アメリカに対しては「レーガン自身がノーというより先に軍備管理にイエスといい、ソ連の外交を「脱イデオロギー化」させる動きを見せ、通常兵器に関する譲歩を一方的に提案」*し、アフガニスタンから撤退し、東欧や第三世界への支援を削減したのでした。実際レーガン大統領とのサミット会談の中で、ゴルバチョフ書記長が「ソ連を破産させる気か?」と発言したと言いますから、ソ連の台所の深刻さは推して測るべし。

さて、ソ連軍でさえ対抗不能とあきらめたSDIのあり得る世界の中で、ソ連にとりより安全な国際安全保障環境への道筋を作ったのですから、これから国内改革への注力を、と考えていたでしょう。しかし、火の手は別のところから上がりました。遠い第三世界のみならず東欧諸国まで軍事支援を削減していくとなると、事態は思わぬ方向に進みます。それまで頭ごなしに押さえつけていたのが、もう押さえつけないとなれば、それまでの反動が強く出ます。すなわち、東ドイツを含めた東欧共産政権の崩壊、ひいてはソ連そのものの解体です。

但し、天晴れというべきは、ゴルバチョフ書記長の、民族自決の原則尊重でしょう。**東欧の共産党政権倒壊への道が見えたとき、明日のわが身とばかりに方向転換し、保身を図ることもできたでしょう。しかし、「ゴルバチョフは、国家元首として史上初めて、連邦共和国の各構成部分が連邦共和国そのものの解体を評決した結果に従って、辞任したのだった。」**

意外に語られないアメリカの強み
軍事大国としてのイメージが強いせいか、アメリカの強みは何かを網羅しようとする文章はあまり見かけません。ですので、ここでは冷戦期を振り返りながら、アメリカの強み、勝因を改めて考えていきたいと思います。

1) 軍事面
言わずもがなですが、規模、予算等の観点から、現在でも世界最大の軍事力を持っています。その特異性は、自国周辺に展開可能というだけでなく、世界中どこにでも大量派兵が可能ということです。事実、アメリカは冷戦中、近隣の中南米の他、朝鮮半島、ベトナム、レバノンでの戦争に関与しましたし、世界中どこでも派兵できるがゆえに、世界において大きな発言力を持っていました。

これは、ソ連でも現在の中国でも難しい行為です。最大の課題は、兵站(ロジスティクス)です。旧日本軍のように太平洋に点在する島々に片道切符で送っておいて、「後は現地調達で頑張れ」、ではいずれ消滅します。事実、冷戦中ソ連が軍事顧問団以外で派兵したのは、近隣の東欧、フィンランド、アフガニスタンの他はアフリカの角周辺に留まります。

アメリカに迅速な世界展開が可能なのは、世界に点在する米軍基地の故なのです。主要なものだけでも、太平洋はハワイ、グアム、アジアは、日本、韓国、シンガポール、インド洋にはディエゴ・ガルシア、中東にはサウジアラビア(冷戦後クウェート、カタールへ移転)、ヨーロッパはドイツ、イタリア、大西洋はアゾレス諸島、カリブ海はバミューダ、バハマ、トリニダードと、空海軍を中心とした基地がおかれています。***有事には、これらの基地が補給、中継地として大活躍します。第二次世界大戦中に、ヨーロッパ、アジア戦線を戦う過程で連合軍から使用を許可された経緯がほとんどですが、これだけの地点に軍事拠点が点在することにより、世界への派兵が容易になる他、アメリカのプレゼンスが大きく現地に投影されることになります。

但し、長距離攻撃能力、ステルス性、偵察能力、大量物資輸送能力等の技術が進むにつれ、長期的に見れば、これらの基地の価値は、徐々に下がっていくでしょう。また、基地が定位置にあるだけに、最も事前察知しにくい敵からの第一撃でその戦力を喪失するリスクの方が、基地を海外に置くメリットより上回る可能性もあります。例えば、沖縄の嘉手納空軍基地では、高価な最先端技術搭載の戦闘機が、何機も屋外で野晒しです。狙いやすいですよね。そのため、上記能力の研究の他、兵士をローテーションでいくつかの基地間を定期的に移動させ、リスクの分散を図り、海上を移動可能な基地等も研究されています。

2)経済面
冷戦開始時点から、その経済力の差は、明らかでした。アメリカは、第二次世界大戦の戦場となることもなく、日本やヨーロッパへ多額な経済支援を行うだけの経済的余力がありました。一方、ソ連のGDPのかなりを担うヨーロッパ側が戦場となり、人的のみならず経済的な損失も甚大でした。そのため、ドイツのソ連占領地域や東欧からマーシャル・プランと同額相当の物資や金銭を搾取しました。

但し、冷戦当初の経済力の差を、さらに広げるにはそれなりの仕組みが、いくつかあります。第一に、基軸通貨とそれを支えるブレトンウッズ体制です。この体制の基礎であるブレトンウッズ協定で、米ドルが世界で唯一の金本位制とし、金と交換できるのは協定に参加した各国の通貨当局のみとし、米ドルを基軸通貨として国際貿易決済に用いることが定められました。世界中の金の2/3がアメリカにあればこそ、できる芸当ではあります。****

そして、この体制をメンテナンスするための機関として、世界銀行(途上国が最後に頼る金融機関)と国際通貨基金(IMF、米ドル中心の国際金融と為替相場の安定化が目的)が誕生しました。そして、暗黙のルールとして、世界銀行総裁はアメリカ政府指名、IMFはヨーロッパ諸国指名の人物が就任することになります。(後に、アジア開発銀行総裁は、日本政府指名の人物とする、暗黙のルールも加わります。)こうして、米ドルは基軸通貨としての地位を確立しました。

しかし、世界の需要に応じて米ドルを供給する決断をしたために、アメリカは各国通貨の需要に応じて相当額の国債を発行せざるを得ませんでした。当然国際収支は継続的に赤字化し、対外債務は増え続け、結果的に1972年のニクソン・ショックで金本位制を放棄せざるを得ませんでした。****それでも、アメリカの政治経済力への信頼は大きく損なわれることなく、ニクソン・ショック直後の1974年以降サウジアラビアが石油代金を米ドル建てのみとする等、基軸通貨として信頼され続けています。

事実、世界中の輸出で使用される通貨のうち、米ドルの利用率は、南北アメリカで96.3%、アジア太平洋で74%、ヨーロッパで23.1%、その他地域で79.4%にも上ります。また、海外預金、負債も6割前後が米ドル、その他諸々総合した国際通貨利用インデックスでは、2022年米ドルが69%です。*****

一方、上記の理由で生まれたアメリカ国債は、誰が購入するのでしょう?1986年純債務国に転落したアメリカは、ともすれば米ドルの価値を下げることで、債務を少しでも減らそうというインセンティブが働きます。しかし、現実には米ドルの価値はそれほど下がらず、基軸通貨の地位は、今日に至るまで盤石です。米ドルを買い支えることで価値を支えようというインセンティブを持つ第三者がいるからです。

その第三者こそ、第二の優位性、アメリカを支える富裕国同盟(NATOと日米同盟)です。第二次世界大戦前に工業国となっていたのは、ヨーロッパ主要国と日本、アメリカ、ソ連くらいです。このうち、ソ連以外の全ての工業国の戦後復興に、アメリカが官民ともに実質「投資」し、味方につけたわけです。その甲斐あって、G7は、1980年代には世界のGDPの7割を占めるに至りました。******

その結果、アメリカは、その同盟国に各種の支援を期待できました。特に日本と西独は、アメリカの軍事的な保護の下にその軍事費を低く抑えていたわけですから、アメリカと米ドルを事あるごとに経済的な支援を求められ、応じざるを得ませんでした。日本の場合、日銀は世界最大のアメリカ国債保有者(2023年1月現在1.1兆ドル*******)であり、多くの輸出産業は、儲けたドルをなるべく円に交換せず、そのままアメリカで再投資に回す等、ドルの価値が著しく下がらないように隠れた努力をしています。(もちろん、保有するアメリカ国債の価値を下落させず、自国製品を割安で輸出増大させ、為替リスクを回避したいという下心もありますが。。。)

こうしたバックアップがあればこそ、アメリカは冒頭のSDI計画を含めた大幅軍事費や、冷戦後の湾岸戦争、アフガン戦争、イラク戦争等々を賄うために米ドル紙幣を増刷できたのでした。これぞ、フランスのド・ゴール元大統領が悔しがった「法外な特権」です。

加えて、1980年代世界三大市場といわれた、国際金融センターのトップ3(ニューヨーク、ロンドン、東京)を自国とその同盟国の中に押さえている点も、非常に心強いです。有事には、国際資金調達力がモノを言います。ナポレオン曰く、「戦争とは、金、金、金である」(但し、2023年、東京はアジア、欧州勢等に圧され、世界金融センターランキング21位にまで凋落していますが、依然トップ10のうち香港、上海を除けばアメリカとその盟友(ロンドン、ソウル)、戦略的パートナー(シンガポール)が占めています。)********

ちなみに、戦後誕生した同盟は、史上まれに見る長寿同盟ばかりです。現存する世界最長寿同盟は、中世から続く英葡同盟ですが、通常同盟はこんなに長続きしません。目的が達成された、あるいは状況の変化に応じて消えるものですが、単なる軍事面のみならず、経済的、文化的な側面にまで同盟関係を深化させたことが、長寿の秘訣かもしれません。現代の戦争は、総力戦ですから。

3)情報面
ここでは、インテリジェンスではない方の情報を取り上げます。ここに、アメリカの特徴がよく出ている側面だと考えています。人口が大きく、裕福な国が、軍事費に潤沢な資金と優秀な人材を投下すれば、それなりに軍事大国になることは、当然です。問題は、その力を使ってどのような世界秩序を思い描き、実現させ、永続させようとするかです。その点において、アメリカは、ロジックを組み立て、情報を操作・拡散し、世界を誘導するための仕組みに情報をうまく利用していると考えています。

まずは、国際世論形成力です。第二次世界大戦前から国際連盟は存在していましたが、その改良版・国際連合を戦中から発足させ、その後敗戦国を含め、世界中のほとんどの国が加盟するまでに成長しました。最もコアな安全保障理事会を始め、国連で何を主要課題として取り上げるかについては、安保理常任理事国の意向が大きく作用します。5か国すべて拒否権を持っていますから、確かに必ずしもアメリカが支持する内容の決議がなされるわけではありません。しかし、アメリカが正しいと世界に思わせる主張をし、同盟国を中心にその同調する国の多さを誇示すれば、「国際世論」なるものは、何となく生まれます。後はいかに声が大きいかです。

そこで問題になるのが、世界への情報拡散力です。海外に行けば、日本メディアよりも、アメリカのウォール・ストリート・ジャーナル紙、NYタイムス紙、CNN、CNBCを目にすることの方が多いのではないでしょうか。盟友イギリスも含めれば、フィナンシャル・タイムス、BBCも接するかと思います。また、世界のメディア各社に情報を提供する大手通信社といえば、AP社、ロイター社ですが、AP社はアメリカ、ロイター社はイギリスです。加えて、こうした欧米民間メディアが広まっていないようなエリアでは、アメリカの官製メディアであるヴォイス・オブ・アメリカ(VOA)等も、活躍しています。

アメリカが重視する課題、ストーリーが伝えられ、それに付随する専門家の意見が様々付随され、議論をさらに呼ぶサイクルが頻繁に繰り返されることで、情報が世界へますます拡散し、「国際世論」は強化されていきます。(この力を利用して、虚偽を百万遍ついて、いつしか「真実」にするということもありますが。。。)

さて、アメリカの主張が正しいと思わせるために重要なものが、国際ルール、スタンダード設定力とそれが生み出す思考停止です。人々には、全ての事柄について、全て公平に情報が行き渡っているわけでもなく、正しく善悪の分別がつくわけではありません。そこで、判断の基準となる何かしらの物差しが必要となるわけですが、その物差しを、作成者の都合のいいように作ってしまえばいいわけです。

一番分かりやすいのは、企業や政府の信用力を評価する格付け会社でしょうか。世界的に有名なのは、S&P(スタンダード&プアーズ)社、ムーディーズ社ですが、いずれもアメリカの会社です。これらの会社が評価を上下させるだけで、その企業や政府の発行する金融商品(株券、社債、国債等)が値動きします。絶対に彼らが正しいか?と問われれば、世界的に有名な会社だから、恐らく正しいと思うのではないでしょうか?情報格差により、一般人には証明のしようがないわけですが、信頼されている状況が広く世界に作られています。

特に情報が独占されて格差を生み出している場合は、なおさら要注意です。例えば、イラク戦争時ブッシュ大統領の、イラクのフセイン大統領が生物化学兵器を使用しているという主張です。CIA情報だとして、世界は信用した面はありましたが、戦後とうとうその形跡は発見されませんでした。

但し視点を変えれば、この手法は最も理想的に人々を誘導できる状況です。似たような状況が、国際法(元はヨーロッパ列強間の取り決め)から、携帯電話の第五世代(5G)等、グローバル企業間が遵守するグローバル・スタンダードまで、社会に幅広く存在します。

そして、このような評価の物差しを作ることができるなら、作成者の都合に応じて変更する能力にも長けているわけです。いわゆるパラダイム・シフト、ゲーム・チェンジです。これらの適訳がないほど、日本人には苦手なようですが、他人が設定したルールに則って勝負していればいい、というわけでもありません。新しい価値観を社会に問い、ゲームのルールをそれに合わせる(変更する)、こうした複眼的な視野、思考回路が、重要です。

どうしたら、このような複眼的な視野、思考回路ができるでしょうか?なかなか意図してできるわけではありませんが、少なくても多様性があり、言論の自由があり、新しいものにチャレンジしやすい社会に、分があるように思われます。

このように考えると、最盛期のソ連や歴代中国王朝等がこのように大掛かりな資産活用、世界秩序形成力を編み出していませんので、(もちろん、大英帝国に負うところは大きいですが)かなりアメリカ独特な強みと言えるでしょう。

*ロバート・マクマン著「冷戦史」
** O.A.ウェスタッド著「グローバル冷戦史」
***ケント・カルダー著「米軍再編の政治学」
****宮崎正勝著「ユダヤ商人と貨幣・金融の世界史」
*****"The International Role of the U.S. Dollar" Post-COVID Edition, U.S. Federal Reserve, June 23, 2023.
https://www.federalreserve.gov/econres/notes/feds-notes/the-international-role-of-the-us-dollar-post-covid-edition-20230623.html
******「よくわかるG7 世界シェアと勢力」、日本経済新聞、2018年6月5日更新
******* “MAJOR FOREIGN HOLDERS OF TREASURY SECURITIES”, U.S. Department of the Treasury, March 15, 2023.
https://ticdata.treasury.gov/Publish/mfh.txt
******** “The Global Financial Centres Index 33” , Z/Yen and China Development Institute, March 2023.
https://www.longfinance.net/media/documents/GFCI_33_Report_2023.03.23_v1.1.pdf


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