覇権帝王学の基礎:情報の扱い方

今回は情報について、収集、分析・評価、活用、拡散、防諜の5つの観点より書いていきたいと思います。

収集
今の世の中、ネット検索をすれば情報が溢れていますが、逆に圧倒され、理解できたと思えないこと、ありませんか?一方、昔ははるかに情報が少ないからこそ、あるものを駆使し自らの頭で考える時間がより多くとれていたのではないかと思います。

ラムズフェルド元アメリカ国防長官は、次のようなことを言っていました。「情報には3種類ある。既知の情報、(自分が)知らないことを知っている未知の情報、知らないことさえ知らない未知の情報(unknown unknown)である。」

今日情報が多い分、最後のunknown unknownは特に見落とされがちですが、案外これがパズルの最後のピースで、このピースが合わさるとようやく全体像が見える可能性があります。(そして、本シリーズも読者の皆様のunknown unknownを書きたいという想いで書いております。)

しかし、unknown unknownを見出すのは、非常に難しいです。ある程度本やインターネット等で調べた(アメリカの情報機関でも、収集する情報の90%はオープンソース(公になっている情報)といいます)後に色々な方々とお話すると案外糸口が見つかることがあります。

但し、情報を扱うのがお仕事の方とお話する際には、一つ覚えておく必要があります。それは、情報はギブアンドテイクの関係であり、ご飯だけではなかなか釣れないということです。初回に会ってお話する際には、相手が何を知りたいのかが一つの情報ですので、愛想よく応じてくれます。そこで相手は、当たり障りはないがあまり知られていない情報を少々与えてくれる一方、こちら側の目的、知的レベル、関心事等をさりげなく見極めています。

対して、こちら側も会話の中で相手に気付きを何かしら与えるか、知らないことを教えることが暗に求められます。これにきちんと応じれば、また会ってお話することに同意してくれるでしょう。

しかし、情報を聞く一方で全く相手に与える情報がない、あるいは相手が既に知っている内容しか言わないという場合(これは感触でわかると思います)には、奢るといってももう二度と会わないでしょう。それでも会うことに応じたときは、相手はこちら側が何を知りたいかを知りたいと思っているか、こちらに信じさせたい話(虚偽、またはミスリーディングな話)をしたいと思っている可能性があります。(事例は後述)

実際、著者がワシントンにいた頃、アメリカの下級官僚のぼやきをよく聞きました。「連邦政府職員には、外国人の友人(一定期間内に何回以上面談したら該当)の有無を報告する義務があるそうで、面倒な手続きである。しかるに、日本の官僚と一度話をすると、何度も会いたいと行ってきて、断るのが大変で逃げている。」おそらくその日本の官僚は初回与えられた情報で喜び、頻繁に情報を取りたいと思ったのでしょうが、きちんとギブできる情報を用意しましょう。

分析・評価
情報を収集したらどうまとめ、解釈するかですが、意外に難しいです。昨今ビッグデータの解析能力自体は向上しているものの、ポイントは今も昔も「仮説は正しいか?」、特に仮説がなければ少なくても「対象の本質は何か?」です。

一つ専門性があると、他分野でも本質を理解する際の勘所が掴みやすいです。例えば、戦前の偉大な外交官である幣原喜重郎は、中国に赴任経験はありませんでしたが、外務大臣時代中国大陸への戦線拡大に反対しました。この時、彼が主張したのは、「心臓の複数性」でした。中国は広大なので、主要拠点を一つ落としても、すぐに他の都市が代替してしまい、いつまでも中国を負かすという状態にならないということでした。この警告を無視した軍部は幣原の言う通り、出口のない戦争にハマっていきました。

情報の世界の教科書では、仮説をたてる際に、所属グループ全体で一つの考えに囚われてしまう集団思考や、自分たちがそうだから相手も同じだろうと未検証の前提をいつの間にかおいてしまうミラー思考を戒めます。この他、マンネリの後の大変化にも気をつけたいところです。実際冷戦終結を予測できた専門家はいませんでした。レーガン大統領の方が相方のゴルバチョフ書記長との会談の後情報機関へ今までと違うようだからソ連の内情を確認す
るようにと指示したところ、上がってきた報告は今までと同じ、という趣旨であったそうです。また、直近でいえばリーマンショックも直前まで予測できませんでした。寺田寅彦ではありませんが、大変化は「忘れた頃にやってくる。」

異変の検知方法として、定点観測があります。身近な例では健康診断や定期的な企業の財務情報開示でしょうか。最初は色々手を出して調べていても、ある程度仮説をたてられるようになれば、おのずと何を定点とすべきか見えてくるでしょう。

活用
情報を集めて、分析を終えたら、さてどう使うかです。ここではベストプラクティスとして、ロスチャイルド伝説を取り上げたいと思います。

時は1815年。エルバ島から脱出したナポレオンが再起をかけてイギリス・プロイセン軍とワーテルローで戦いました。この戦争に熱い視線を向けていたのは、ロンドンのイギリス国債市場です。これでイギリスが負ければその存亡は危うく、イギリス国債も紙切れ同然になるかどうかの瀬戸際です。

そんな時にイギリスのロスチャイルド家当主、ネイサンのところに一台の馬車が到着したことが市場関係者に知れわたりました。ロスチャイルド家は既に、ヨーロッパに張り巡らされたネットワーク網を持ち、その情報収集能力には定評がありました。そのため、市場関係者たちは、誰よりも早くロスチャイルドに戦争の勝敗結果の情報がもたらされたと思い、その次の一手を注意深く見つめました。

ロスチャイルドは、おもむろに手持ちのイギリス国債を売り始めました。市場関係者たちは、それをみてイギリスが負けたものと想像し、我先に手持ちの国債を投売りし始めました。当然、国債は暴落。しかし、その頃になりようやく真相、イギリス軍の勝利が市場関係者たちにもたらされました。はっと気づいたときには、ロスチャイルドは紙切れ同然となった国債を買い占めた後でした。当然、国債は高騰し、伝説では100万ポンドという巨万の富をロスチャイルドは手にし、イギリス・ロスチャイルド家の繁栄の基礎となったと言われています。(実際の利益額については諸説あり)

ここで考えて頂きたいのは、ネイサン・ロスチャイルドの華麗なる情報の扱い方です。彼の持ち札の情報は勝敗情報だけではありません。自分だけが知っている状態であることも知っていました。これを情報の非対称性と言いますが、情報を先んじて知る者は、往々にしてこれを利用して他者を目くらます、或いは事実に反することにミスリードし、思惑通りに事を運ぼうと企みます。これに対し、ロスチャイルドの持っていた勝敗情報だけに気をとらわ
れていると、足をすくわれます。そして、こうした弊を避けるため、渋沢栄一が日本の独自情報ルート確立のため共同通信社と時事通信社の設立に尽力したことは宜なるかなです。

拡散
活用の一形態ではありますが、ここでも、ベストプラクティスをいくつか紹介したいと思います。ニュース全般は、主要欧米系メディアによる寡占状態といえます。世界の投資家が読む新聞紙といえば、フィナンシャル・タイムス(FT)、ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が筆頭にきますし、TVでは24時間体制のCNNやBCC等が世界中で断トツのリーチアウト力を誇り、ネット検索もGoogle等が寡占に近いでしょう。

さらに付加価値をつけた分野、大手格付け機関もまた欧米の独壇場です。世界中でまず格付け情報を知りたい時に最初に出てくるのは、ムーディーズやスタンダード&プアーズ(S&P)社のものではないでしょうか。資金調達力は国家でも企業でも死活問題です。

なお、ただ情報を拡散すればいいというものではありません。ときには特定の情報を特定の人々に伝える必要もあります。そのベストプラクティスとして、金子堅太郎を取り上げたいと思います。日露戦争開戦を閣議決定した日の夜、伊藤博文首相はこの戦争の出口戦略としてアメリカによる仲介を想定し、当時のセオドア・ルーズベルト大統領の学友でアメリカ留学帰りの金子堅太郎を呼び、アメリカを親日に導くよう依頼します。そして、金子は約1年間に渡り、東海岸を中心に学友等のネットワークを通じて大統領と面談する他、大都市各所の上流階級、有識者のサロンや大学等で日本の立場を講演し、新聞等にも積極的に書き、アメリカ与論に大いに訴えました。当時のロシア大使が貴族出身で、カネで新聞記事を買収したことが暴露される等敵失もあり、親日に見事傾いていきました。*

このように、相手のスイートスポットを狙い撃ちすることが効果的ということもあります。

防諜
機密情報を守る観点では、日本の経歴は芳しくありません。戦前にはアメリカの元政府職員が日本の暗号「紫電改」を解読したことが暴露され、当時の外務大臣、幣原喜重郎は「いかに日本が誠実か分かっただろう」と何とも味な言葉を残しています。第二次世界大戦中、アメリカにまた暗号を解読され、特に大鳥圭介駐独大使の電報からナチスドイツ情勢がアメリカ経由でイギリスに伝達されていたといいます。

今日、安全保障を取り扱う省庁の大臣室へ来客は携帯電話を持ったまま入れますし、何度も省庁へ出入りする外国人学生等は顔パスで職員のエスコート無しで入れるそうです。(その学生は義憤にかられて、著者にやめてほしいと言っていました。。。)その上、職員は自室に招き入れることもあります。なぜか、多くの日本人は外国人が日本語を話すと、警戒心が大きく下がるようです。これはかなり不思議なこと(むしろ非常識)で、外国人が日本語を話すということはその意図について大いに警戒すべきです。

例えばアメリカの場合、国防総省に入る際には、入口ロビーで携帯電話を預け、面談予定の職員が会いに来るまで待たされ、省内ではかならず職員がエスコートし、面談する場所は必ず会議室(自室内に会議スペースがあれば別ですが)です。職員の自室等であれば、PCや机や本棚にどんな機密があるやもしれず、絶対に入れません。東京のアメリカ大使館でも、来訪者は入口で携帯電話を預けますし、職員・来客でさえ、大使室に入る前には手前の携帯
電話置き場に残す規定となっています。

ちなみに、中国にはある地域独特の言語はその地で生まれ育たないと発音できない(即ち後天的に習得できない)方言があるそうで、ワシントンの中国大使館を改造する際には、その地域の人々の建設会社に発注するといいます。(新人がその会社に就職しようとしても、事前に地元に問い合わせ、身元確認できるため)

とはいえ、どの国も失敗事例はあります。アメリカは蒋介石政権が台湾まで撤退するまで中国国民党の腐敗ぶりを過小評価していましたし、ソ連に核兵器情報を盗まれました。そのソ連も、アメリカの宇宙開発情報を不正入手していることがわかってしまうと、一見正しいが実は誤っているスペースシャトル設計情報(ガセネタ)を盗ませ、スペースシャトル開発で失敗したといいます。**

究極は人間観、世界観、歴史観の戦い
このように見てきますと、何とも魑魅魍魎たる世界のように思えますが、己の知力を恐ろしく映す鏡でもあると思います。何を見、聞き、読み、問い、理解するかは、究極のところ、その人の人間観、世界観、歴史観をそのまま表しています。どこまで何を問えるかは、どう人間や世界、歴史を理解しているかが大前提にあります。その意味で、歴史から何を学ぶべきか、相手は何を学んできたのか、を常に考えさせられます。

*詳細は松村正義著「日露戦争と金子堅太郎 広報外交の研究」参照。(力作です)
**  How the Soviet space shuttle fizzled (nbcnews.com) 参照。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?